お風呂を作ろう・前
その一週間後。
ピエールの取り巻きは小屋にまで押しかけてくる事はなく、ゼラは平和な生活を手に入れていた。
それから一週間経った。が、特に生活に変化はなかった。平日はお互い疲れ果てて寝ているし、特に会話も無い。
パティは『いいなー! あたしも一緒に住みたいなー!』と駄々をこねていたが、事情を話すと納得してくれた。
冒険者ギルドに出した捜索依頼は、なしのつぶてで、俺は山中を走り通しの日々が続き、ようやく二回目の安息日である。
今回こそはゆっくり体を休めようとしたところ――。
「問題が起きました」
――ゼラがマナカーゴにやってきて、毛布にくるまった俺に跨りながら、そう
「そうか⋯⋯おやすみ⋯⋯」
「問題が起きたと言ったのです。なぜ寝るのですか」
「寝ると言った。お前は何故邪魔をするんだ」
せっかく、いじめ問題も臭い物に蓋をする形で終結し、安息日を休養に充てられる様になったと言うのに。
それを解決と呼んでいいのかはさておき、俺は毛布から這い出て、眉間に皺を寄せる。
「⋯⋯なんだよ」
「お風呂です」
「風呂なら毎日入ってるだろ⋯⋯」
学生が使う風呂は寮内にあり、俺も毎日の授業後には寮に寄って汗を流している。小屋には風呂が無いからだ。
数十人が広々と浸かれそうな広い浴槽であり、恐らく女子寮にも同じものが――女子寮?
「ああ⋯⋯風呂入るのに、女子寮に行かなきゃいけないのか」
「そうなのです。この一週間、パティ子の手を借りてこっそりと入っていましたが、ついに昨日、ピコーンの取り巻きに見つかってしまいました。逃げましたが」
「ピエールな。うーん、だからって、風呂なんてどうしようもないだろ」
「そこで私に提案があります」
「⋯⋯なんだ?」
俺は身構える。また休日を潰される予感がしたのだ。
「この広場にお風呂を作りましょう。あたりを木々に囲まれた、隠れ家的なお風呂を」
「⋯⋯そうか。それは素敵だな。また今度な」
「寝直さないでください。明日までに準備しておくとパティ子に言ってしまったのです」
「⋯⋯それはお前、自業自得ってやつだよ」
「パティ子がガッカリしますよ」
「問題をすり替えるな。風呂はお前の希望だろ」
わざわざ広場に風呂を作らなくても、他にも手はある。
例えば、町の宿屋に風呂だけ入りに行くとか⋯⋯いや、それを毎日となると、結構な出費になるか。
金がかからない方法⋯⋯旅の途中と同じように、川などで身体だけ拭くとか⋯⋯それだとあまりにもゼラが憐れだ。
「お前は憐れだなあ⋯⋯」
「なんですかいきなり。それにこれはシャーフ後輩の為でもあるのです。もうすぐ暑い季節がやってきます。お風呂で汗を流して、寮からこのお家まで歩いていたら、すぐに汗だくになってしまうでしょう」
それはその通りだ。寮からここまで歩くと、およそ十数分。真夏にもなれば、風呂に入った意味がなくなる距離だ。
「修練場から小屋に直帰して、広々とした自分だけのお風呂に入れるのです。どうです素敵でしょう」
「それは素敵な話だな⋯⋯。で? その風呂を作るのは誰だ?」
「今回は私も譲歩して、手伝ってあげましょう」
「何様だお前。大体、どうやって風呂を作ればいいかとか知ってるのか? ただ地面を掘って水を張ってもダメなんだぞ」
とは言うものの、俺も露天風呂の造り方など知る由もない。
と言うか、学園の敷地内に勝手に風呂を作ったら怒られそうだ。
「ふっ。私とてこの二週間、ただ剣を振っていただけではありません。より良い生活のために、情報収集もしていたのです」
「ほー? 風呂職人の情報でもあるのか?」
「近からずとも遠からずです。どうやらこの学園には、土魔法を使って建造物を作る事が得意な人がいるようです。王城にある大浴室も手がけたとか」
「へえ! それはすごいな」
「手がけていないとか」
「どっちだ⋯⋯どっこいしょっと」
俺は起き上がり、寝巻きから制服に着替え、仮面を着けた。
「おお、やる気ですね」
「このままだと猫に耳元で暴れられて寝られそうにないからな。その人に話だけでも聞きに行こう」
「それでこそシャーフ後輩です。
ゼラの尻に軽く膝蹴りを入れ、マナカーゴから出て学園へと向かった。
***
城の大広間は、生徒達が集う憩いの場である。一階から三階までが吹き抜けになっており、広々とした空間にはベンチや花壇、噴水なんてものもある。
生徒達はそれらに腰掛け、やれ次の授業は何を受けるだの、やれ今日のお昼は何を食べるだの、青春トークに花を咲かせる⋯⋯らしい。
俺が通う修練場は城の外にあり、ここを利用する機会など無いので、全てパティに聞いた話だ。
もっとも本日は安息日であり、生徒の姿はまばらにしか見えない。
「それで、建築に詳しい人って言うのは?」
「あっちです。一階にある隅の教室です」
ゼラが指差す方へと進み、教室の扉の前にたどり着く。各先生方は一つずつ教室を所持しており、そこで一日の半分以上を暮らしているらしい。教員寮もあるが、各々が『研究』や生徒への指導要領の精査に余念がないのだとか。これもパティから聞いた。
「ここは⋯⋯土魔法の教室か?」
鉄製の重々しい扉には『創土魔法 ボリス』と書かれた、これまた鉄の看板が掛かっていた。
ボリス先生――入学試験にて俺の試験官を担当した、筋肉ダルマだ。
そう言えば、あの時一緒に土魔法の試験を受けた、坊主頭の眼鏡少年は受かったのだろうか。
そんな事を考えていると、向こう側から扉が開き、その当人――トゥーリオが現れた。
くりっとした瞳が俺を捉え、嬉しそうに細まった。
「あっ、きみは⋯⋯! しゃ、シャーフ君、だっけ」
「久しぶりトゥーリオ。いきなりで申し訳ないんだけど、ボリス先生はいる?」
「う、うん、いるよ。先生は今『
なんだ、『美時間』って。とてつもなく嫌な予感がしたが、トゥーリオに誘われるまま、俺とゼラは教室に入った。
土魔法の教室は、教卓や机などなく、中央に公園にあるような砂場だけがあった。それを囲む様に、椅子が並べられている。
砂場、と言えども、詰まっているのは砂ではなく赤土だ。
「あ、あれで土魔法の練習をしてるんだ⋯⋯。ボリス先生が、あ、集めてきた土なんだよ」
「へぇ⋯⋯トゥーリオはずっと土魔法の授業を受けているのか?」
「う、うん」
「いいなあ⋯⋯」
「い、いいの?」
教室内には俺たちだけだった。隅にある棚には、恐らく生徒が作ったであろう土像が並んでいる。鳥、猫、犬⋯⋯乳房は恐らくトゥーリオ作だろう。
「い、一番出来がいいのを、残してるんだ。つ、次の授業では、それを超えるものを作ることを目標に⋯⋯」
「な、なるほど⋯⋯楽しそうな授業だな」
「乳がありますよお兄ちゃん。乳単体です」
ゼラが興味を惹かれたのか、乳房の土像をツンツンと突く。
「おいやめろバカ。あと"乳"って言うな、品が無い」
「い、いいんだよ⋯⋯お、女の子が僕のおっぱいを突くのって、なんか良いね⋯⋯ふひっ」
「お前も"僕のおっぱい"とか言うな⋯⋯気味が悪いな⋯⋯。それで、ボリス先生はどこに⋯⋯?」
先程トゥーリオは、ボリス先生は在室だと言っていたが、教室内に姿は見えない。
辺りを見渡しながら、なんとなく砂場に踏み入ると、ぐに、と柔らかくも固い感触が、靴越しに伝わった。
「ぬふぅ⋯⋯」
「⋯⋯んっ?」
次の瞬間、気色悪い呻き声とともに、俺が踏んだ土が隆起した。
咄嗟に足を退けると、見る見るうちに土は人の形に――と言うか、土に埋まっていた人が身を起こし、立ち上がった。
二メートルはあろう体躯。全身に土の鎧を纏ったその人は、以前『オンボスの檻』で見た
「土を愛し、土に愛される事⋯⋯それ即ち、真なる美に近づく事也⋯⋯フシュゥゥ⋯⋯」
「⋯⋯こんにちはボリス先生」
「⋯⋯むっ! 我輩の美時間を邪魔する不届き者が誰かと思いきや、貴様は試験の時の、お姉ちゃん大好きケイスケイ君ではないか! フンッ!」
中から現れたのは、ブーメランパンツ一丁のボリス先生だった。全身がツヤツヤと光り輝いているのは、泥パックの様な効能だろうか。
「あー⋯⋯邪魔をしてごめんなさい。少し、相談したいことがありまして」
「ふむ、つまり我輩の授業を受けたいと言う事だな?」
「あっ、違います」
「えっ、違うの? そんなあ⋯⋯」
「話を聞いてもらってもいいですか?」
「うん、ごめん⋯⋯」
相変わらず、すぐに落ち込む人だ。筋肉も萎んでしまっている。
「トゥーリオはなぜ乳を作るのですか」
「え、エロいからね⋯⋯。こ、こんどゼラさんのおっぱいも作らせてもらって良いかい⋯⋯ふひ」
「この私のないすばでぃーに目をつけるのは慧眼であると褒めておきましょう。しかしまずはそこのお兄ちゃんに話を通し、しかるべきモデル代を⋯⋯」
背後ではゼラとトゥーリオがアホな会話をしている。
「⋯⋯ハァンッ! さて! 我輩に何用かね?」
その間に立ち直ったボリス先生は、サイド・チェスト――横向きになり、胸筋を見せつけるポーズを取り、言った。
「⋯⋯とりあえず、服を着てもらってもいいですか?」
「あっうん。⋯⋯まあなんだ、せっかく訪ねてくれたのだから、美茶でも淹れよう。椅子に座っていたまえ」
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