部屋の掃除をしよう

 つつがなく入学式を終え、授業開始は翌日となる。

 生徒たちはどの授業を取るか⋯⋯と言うか、『必要最低限の単位だけ取ってどれだけ遊べるか』を考えるのに必死な様だ。


 ――さて、晴れてリンゼル魔法学園に入学できたからには、やらなくてはならない事があった。

 恵まれたルックスを活かして女の子ときゃっきゃウフフの青春?

 剣術で爽やかな汗を流して芽生える友情?

 魔法の才能を活かして俺ツエー?


「――そんなもの、道端のゼラにでも食わせておけ!」


 と、青春をすべて放棄する宣言をし、俺は冒険者ギルド『カルディ』へと向かった。

 剣術の修行も翌日からなので、自由でいられるのは今日までなのだ。


 冒険者ギルド『カルディ』――市井・・からの依頼を、冒険者へと仲介する組織。依頼を出すには、その町の住人でなければならない。

 俺も旅の道中、依頼を出そうとしたものの、『規則なので』と、にべもなく断られたものだ。住所不定の冒険者では、達成報告の受け取りもままならないので然もありなん。


 しかし、今の俺は『リンゼル魔法学園の生徒』であり、『リンゼル学園都市に籍を置く者』である。つまり、カルディに依頼を出せる立場にあるのだ。

 これこそが、俺が定住地を求めていた、大きな理由の一つである。


「人の捜索依頼を出したいのですが」


 カルディのカウンターに、リンゼル魔法学園の学生証を出すと、それを受け取った受付員は頷いた。


「はい、確かに。では、こちらの書類に必要事項をお書きください」

「捜索対象が複数いる場合はどうすれば?」

「個別に依頼金が必要となります」


 つまり四人分か。


「依頼金の相場は?」

「人捜しですと……金貨十枚が相場です。上限値は設定されておりませんが、人の捜索は当ギルドでは受ける方が少ない為、高めに設定する事をお勧めします」


 十万円から、ってところか。

 そして人捜しを受ける冒険者が少ないのは、このギルドで活動する冒険者の特色という事だろう。

 貴族や商人、そして学生の片手間冒険者が多い――時間がかかる人捜しを、進んで受ける層は少ないのだろう。


「じゃあ⋯⋯」


 俺は二人分・・・の書類を書き上げた。

 まず一つ、捜索対象はサミュエル・マイノルズ。 眼鏡のサムだ。

 三馬鹿は北大陸のケント――鉤鼻のノットの、遠縁の親戚が経営する孤児院に引き取られている、らしい。

 ただインターネットもない世界で、『エイマーズさんの孤児院』という名前だけで調べるなんて、不可能に近い。

 実際に、北大陸のイーリス国まで行って、虱潰しに孤児院を当たらなくてはならない。

 しかし俺は、剣術大会終了までウィンガルドに縛られている。北大陸まで出向くなんてとても出来ない。なので、冒険者に三馬鹿との連絡経路を繋いで貰おうという目論見だ。


 サムが見つかれば、他の二人とも芋づる式に連絡がつくだろう。サムを選んだのは、三人の中で一番しっかりしていたからだ。


「依頼金は⋯⋯」


 ひとまず相場の三倍、金貨三十枚を積んだ。

 金ならブラックドラゴンのマナ結晶を売却したので、かなり懐に余裕はあった。


 さて、次にアンジェリカだ。

 あのウェンディが日夜西大陸中を飛び回っても、髪の毛一本すら見つからなかったアンジェリカにかける懸賞金は――。


「アンジェリカ・ケイスケイの⋯⋯発見者には金貨百枚で」

「ひゃ、百枚ですか? 依頼の取り下げ時に払い戻しはされますが、それでも手数料として、一割は頂く事となりますが⋯⋯」


 俺の提示した額に、受付員は驚いていた。

 言外に『もう少し安くても大丈夫ですよ、依頼受諾者は現れますよ』と諭している様でもあった。


「構いません。それで、見つかる可能性が上がるのなら」


 ある程度場所が絞れている三馬鹿と違って、アンジェリカは全く手掛かりがない。

 この広い世界で彼女を見つけられるのであれば、金貨百枚など惜しくもない。

 金貨の詰まった革袋をカウンターに置くと、受付員は恭しく頷いた。


「⋯⋯かしこまりました。それではこちらで審査の後、依頼書に掲載させて頂きます」

「審査はどれくらいかかりますか?」

「三十分も掛かりませんよ。不安でしたら、そちらの待合所でお待ち下さい」


 俺は首を横に振り、カルディを後にした。

 これから俺が住む山小屋を住めるようにする為、掃除用具を買いに行かなくてはならなかった。

 明日からまた厳しい剣術修行が始まる。疲れて帰ってきて、眠るのが埃まみれのベッドとか、そのうち何かの病気に罹りそうだ。


「俺はこれで⋯⋯よろしくお願いします」

「はい。⋯⋯あっ」


 振り返ると同時に受付員が声を上げる。

 呼び止めようとしたのではなく、俺の背後に人が立っていたので、ぶつかる事を危惧した声だった。

 目端で捉えていた俺は半歩横に避け、衝突を避けるものの、その人物は俺の肩を掴んだ。


「っ⋯⋯」

「やあ。お姉ちゃん大好きなケイスケイ君⋯⋯だったかな?」


 その人物はピエール・ウッドルフだった。

 エメラルドグリーンの髪を靡かせながら、どこか含みを感じる笑みで、俺を見下ろしている。


「こんにちは、ウッドルフ先輩。何か御用ですか?」


 わざわざ人の肩を掴んでまで呼び止めたという事は、何か用事があることは明らかだ。俺は足を止め、ピエールに向き直った。


「特に用と言う程ではないのだけどね。ただ、キミは学園生になったのだろう? 寮で見かけなかったから、心配になって声をかけたのだよ」

「そうですか、それはご迷惑を⋯⋯」


 と、言いつつ、ピエールの顔には『心配』の二文字など全くもって見受けられなかった。恐らく、町に迷い込んだ野猿でも見るような興味本位なのだろう。


「男子寮が満員だそうで、空きが出るまで仮住まいをあてがって貰いました」

「ふぅん、そうなんだ。それよりさ」


 ⋯⋯『それよりさ』って。

 結局、俺に何か聞きたいことがあるのは確かだが、寮のことは本題に行くための足掛かりだったのだろう。


「君と一緒に試験を受けに来た、あの珍しい銀髪の子⋯⋯名前はええと⋯⋯フランシー」

「ゼラですか?」

「ーヌ⋯⋯そう、ゼラちゃんだね。失敬失敬」


 誰だよフランシーヌって。

 そしてゼラに何の用だろうか。試験でゼラの剣術を絶賛してたと言っていたが、その事についてだろうか。


「彼女は⋯⋯イイね、とてもイイ。聞けば、キミと共にこの学園都市にやってきたと言っていたが、キミはゼラちゃんと、どんな関係なんだい?」

「⋯⋯はいぃ?」


 まさか俺とゼラの関係について問い質されるとは。

 そして瞬時に理解した。このピエールとかいう男、ゼラに気がある。何故なら鼻の下が伸びているからだ。せっかくの色男が台無しである。


「⋯⋯成り行きで行動を共にしていただけです。友達⋯⋯仲間?」

「ほう! では恋仲ではないと!」

「それだけは勘弁してください」


 俺が否定すると、ピエールは満足そうに鼻を鳴らした。

 昔の人は良い言葉を残している――『蓼食う虫も好き好き』――と。この場合ゼラがたでで、ピエールが虫である。

 しかしまあ、このピエールも女には困らなそうな見た目なのに、わざわざゼラに目を向けるとは、とんだ物好きもいたものである。


「では、キミとゼラちゃんは恋仲ではないと!」

「はあ、そうですが……。と言うかまだ俺もあいつも、恋だなんだって歳じゃないですよ」

「歳はまあ関係ないよ。キミも、もう少し歳を重ねたら理解わかるだろうね!」


 いや、歳は関係大有りだろう。もしかしてこのピエール、少女に情欲を抱くタイプの人間なのだろうか。ピエールの歳は十四~十五くらいだろうが、それでもゼラの平たい身体に興奮するのは、常人には難しいだろうに。


「ちなみに……ゼラちゃんの好物とか、知ってたら教えてくれないかい?」

「肉と魚と甘味ですね。では俺はこれで」

「えっ、いやっ、もう少し詳しく……チッ」


 ピエールの舌打ちを背に受けつつ、俺はカルディを後にした。

 良かったな、ゼラ。早速モテモテの兆候が出て来たぞ。



 ***



 次に俺は商業区にある、一番大きな雑貨店へと向かった。

 そこで箒やハタキなど、埃を殲滅する為の掃除用具を見繕う。


「えーとなになに……『風の魔晶を組み込んだ箒。ひと掃きすれば突風でゴミを巻き上げ』……」


 まさか掃除用具にも魔法付与がされているとは。

 しかしお値段は金貨二枚とお高い。それに効力の程が分からない以上、手出しが出来ない。あのボロ小屋で風魔法を使おうものなら、倒壊する危険性もある。


「……普通の箒でいいか」


 一度綺麗にしてしまえば、あとは継続して掃除するだけでいいのだ。わざわざ目先の利便性を優先して、高額な商品を買う事もあるまい。

 そう思って、隣の普通の箒を手に取ると、棚の向こう側が見えた。


 次の瞬間、息を飲んだ。

 見慣れたモフモフの赤毛、その後ろ姿が居た。

 そしてその隣には、ブロンドの長髪を後ろで纏めた、長身の後ろ姿。


「すいません先輩⋯⋯あたし、お風呂用具が必要って知らなくて⋯⋯」

「ははっ、気にしなくていいよ。私も丁度、洗髪用の石鹸を切らせていたところなんだ」


 パティと――ヴィスコンティ先輩だった。

 二人は並び立ち、石鹸を物色している。


「これなんてどうだい? 女子の間では人気らしいよ」

「わあ、良い香りです! ⋯⋯ん?」


 パティはスンスンと鼻を鳴らし、差し出された石鹸の香りを嗅ぐ。そこで何かしらの違和感を覚えたのか、辺りを見回した。


「どうしたんだい?」

「⋯⋯シャーフのにおいがする⋯⋯」


 ⋯⋯犬か!

 邪魔をしてはいけないと、俺は即座にその場を後にした。急いで会計を済ませ、店を出て、ボロ小屋へと帰った。


「なんだよ⋯⋯石鹸とか必要なら、言ってくれれば⋯⋯いや!」


 買ってきた箒を手に、掃き掃除を始める。

 埃と一緒に、正体不明のモヤモヤを掃き飛ばす様に、一心不乱に――。


「良い事だ。うん、良い事」


 パティが学内の人間と仲良くするのは、大変喜ばしい事だ。いつまでも、村にいた時のように、俺に引っ付いているわけにもいくまい。

 ヴィスコンティ先輩もパティを気に掛けてくれている様だし、ここはお任せするとしよう。

 彼にピエールの様ないやらしさは感じないので、父親代わりの俺としても一安心というものだ。


「⋯⋯だよ、な?」

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