土魔法の試験を受けよう

 悩んだ末、結局俺は土魔法の試験を受けることにした。理由は何のことはなく、剣術に次いで受験生が少なかったからだ。


「土魔法を担当しているボリスだ。フッ、ンン」


 ボリス先生は、『あなた土魔法とか必要なんですか? 手で岩盤掘れるでしょ』と言いたくなるほど、筋骨隆々の偉丈夫だった。先生用であろう黒いローブがピチピチになっている。息も荒く、この人の周りだけ気温が高い気がする。

 そして恐らく土魔法の受験生が少ないのは、この近寄りがたい容貌が原因だろう。


「ふ、ふひ⋯⋯」


 そして俺とボリス先生の他には、坊主頭の、眼鏡をかけた少年が一人だけだった。緊張しているのか、気弱そうに俺とボリス先生を交互に見比べている。

 つぶらな目がくりっとしており、その挙動も相まって、げっ歯類の様だ。


「なんだ、土魔法の受験生はこれだけか⋯⋯フッ、ハァッ! しかし安心するが良い⋯⋯セイッ!」


 何故、合間合間に筋肉を誇示するようなポーズを挟むのか。

 立派な筋肉なのは見れば分かるので、さっさと先に進めて頂きたい。


「お前達のどちらかが落ちると言う事は⋯⋯シュッ! ない。披露した魔法を採点し、ハァン! 各々の試験官で持ち寄り、ドゥルァ!」

「あの、暑苦しいです」

「⋯⋯⋯⋯」


 あ、つい口に出てしまった。


「⋯⋯ごめん」


 そしてボリス先生めっちゃ落ち込んでる。目に見えて筋肉が萎んでしまっている。肉体は立派なのに、メンタルは結構脆い様だ。


「⋯⋯ごほん。我輩の肉体美は、子供にはまだまだ早かった様だ。とにかく、お前達のどちらかが、この場で失格になる事は無いから安心しろ」


 という事らしい。結果発表は翌日になるのだとか。それはそれで生殺しにされる気分になるが。

 ボリス先生は俺と坊主頭の少年の肩に手を置く。


「そして、お前達二人は見込みがある! 人気の火魔法や風ではなく、最も美しい土魔法を選んだのだから!」

「はあ、そうですか……?」

「ふ、ひっ」

「この試験では魔法の威力ではなく"美"を見せて貰う! お前達が一番美しいと思う”美の形”を作ってみせろ!」


 俺は坊主頭の少年と目を合わせる。

 少年も『この筋肉ダルマは何を言ってるんだ』と言いたげな表情だった。

 すると遠くの方からロナルド先生が早足にやって来て、ボリス先生の、筋肉に覆われた肩を叩く。


「ボリス先生、もう少し詳しく話したまえ。受験生が混乱している。要約すると『クラッグ』を使い、地面を成形し、造形物を作れという事だ。土魔法の精度を見る試験という事である」

「おお、ロナ君! 説明感謝するぞ!」

「ロナ君はやめろと言っている……」


 ロナルド先生は溜息を吐き、『では』と去って行った。恐らく『何か起こった時』とはこの事も含まれるのだろう。


「では始めよ! お前らの"美"を見せてみろ!」


 そしてボリス先生の号令と共に、試験が開始された。

『美しい』ものを作る……俺は腕を組んで考えを巡らせる。

 そもそも、俺は『クラッグ』を使って作ったものと言えば、洞窟とパイ窯くらいしかない。出来るだろうか。


「土魔法は錬度も大事だが、なによりもそれを美しいと思う心が……」

「ちょっと考えてるんで黙っててもらって良いですか」

「あっ、うん、ごめん」


 再び萎んだ筋肉を横目に、目を閉じて想起する。


 美しいもの――。

 青空の下で、小高い丘に立った屋敷から見下ろす村の風景。


 風に揺れ、陽光を受けて黄金に輝く収穫期の麦畑。


 香ばしい匂いに振り返れば、そこには――。



『シャーフ、そろそろ――』



「……ああ」


 テーマは決まった。俺は『クラッグ』を発動させ、地面の土を隆起させる。

 土が成形され、数分後。俺の目の前には、手を後ろで組んで笑顔を湛える少女の像が立っていた。

 1/1スケール、アンジェリカ像である。我ながら会心の出来だ。


「ほう……これはなかなか。テーマはなんと?」

「え?」

「テーマだ! 何を思ってこの造形にしたのか、と聞いている!」

「あー……」


 そう聞かれると、『世界一美しい俺の姉です』と説明するのが恥ずかしい。ただのシスコンである。

 ただ、『美しいもの』と言われて想像し、一番に浮かんだのがアンジェリカの笑顔だったのも確かだ。


「えーと……俺の姉、です」

「ほう! お前のお姉ちゃんか! 良い出来である! おーい会場の皆さん、見て下さい! これはこの少年のお姉ちゃんだそうです! 良く出来ているでしょう!!」


 ボリス先生はいきなり、試験会場に響き渡る声で叫んだ。当然、周囲の視線は俺と、アンジェリカ像に向く。

 これは――美術の先生が、出来が良い生徒の作品を、何故か誇らしげに職員室中に見せて回る、あの現象に似ている。

 そして必然、この会場内の全員に俺のシスコンが周知される事となる。


「ちょっ、恥ずかしいんでやめてください!」

「素晴らしい出来だ! きっとお前のお姉ちゃんは朗らかで、可愛らしい子なのだろうな! 愛が伝わってくるな! ほらもう見てこれ、笑窪えくぼまで再現してるッ!」

「やめろつってんだろ筋肉ダルマ! あと何で『お姉ちゃん』って言うんだよ! 気持ち悪いな!」


 俺の顔はきっと羞恥で真っ赤になっていた事だろう。

 この瞬間、過去最高に『仮面を着けていて良かった』と思った。


「うむうむ、これなら十分に合格点である! して、もう一人の少年は何を作っているのか?」


 ようやく晒し上げが終了し、満身創痍な俺を尻目に、ボリス先生は坊主頭の少年の作品評価に移る。

 俺はアンジェリカ像を作るのに集中していたから、坊主少年の作業工程を見ていなかったが……。


「む? これは……もしや……」


 ボリス先生は地面に膝を着き、少年の『作品』を吟味している。

 俺も興味が沸き、先生の肩越しに"それ"を見た。


「これは……!」


 お椀の様な形の、二つの丘。その頂上には突起がある。どうみても乳――それも人の、女性の、巨大な乳房であった。


「これは……おっぱいだな!?」

「は、はい!」

「なるほど、これこそは生物が等しく賜りし母の愛! それこそ究極の美であると! お前はそう言いたいのだな!」

「あ、いいえ、ただエロくて美しいので……」

「……それもまたよし!」


 良いらしい。良いのかそれで。

 しかしこの坊主頭の少年、純朴そうな顔をしておきながら、かなりのオープンスケベである。


「うむうむ、各々の"美"を堪能させてもらった! 両者ともに、初級土魔法の精度は十分である! 合格のあかつきには、ぜひ我輩の授業を受けるが良い! 共に"美"について高め合おうぞ! ハッハッハ!!」


 アンジェリカとおっぱい単体を同列に評価されるのも釈然としないが、とにかく試験官からの反応は好感触だ。

 ボリス先生は笑いながら立ち去り、後には俺と坊主頭の少年だけが残された。


「あ⋯⋯ぼ、僕、トゥーリオっていうんだ⋯⋯」

「俺はシャーフ。⋯⋯おっぱい好きなの?」

「嫌いな男はいないと、僕はそう信じているよ⋯⋯」


 トゥーリオと名乗った少年は、瞳に力強い光を灯しながら断言する。

 ごもっともだ。しかし、あまりにオープンすぎるのも考えものである。

 それからトゥーリオは俺が造ったアンジェリカ像をしげしげと眺め、言った。


「⋯⋯シャーフ君は小さいのが好きなのかい?」

「なにが?」

「ふ、服の上からでも僅かながら、形のいい膨らみが確認できる、見事な造形⋯⋯こだわりを感じるよ……僕たち、良い友達になれそうかも⋯⋯」

「なにが?」

「じゃ、じゃあ僕はこれで⋯⋯父さんが待ってるから⋯⋯」


 トゥーリオは満足げに頷きながら、保護者の元へと帰って行った。その手には、自分の作品を抱えて。


「⋯⋯⋯⋯さて、あいつらは大丈夫かね」


 ――気を取り直して、と。

 予想よりも早く試験が終わってしまった。

 手持無沙汰になった俺は、アンジェリカ像を小脇に抱え、パティとゼラの様子を見に行く事にした。

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