入学試験を受けよう
***
そして、入学試験当日を迎えた。
筆記試験などは無く、実技のみ。六属性の魔法、もしくは剣術を披露し、試験官である教諭から合否を判定される。
俺たちはリンゼル魔法学園まで徒歩で向かい、会場である『魔法実験場』へと赴いた。受付で番号札を渡され、ゼラは『18』、パティは『19』、俺は『20』、と連番だ。
魔法実験場は山を切り拓いて作られた平坦な広場で、石壁に囲まれた四方50メートルほどの広さだった。所々に案山子が立っており、あれに向けて魔法を放つのだろうと推測する。
「だ、だだだ、だいじょうぶかな……サンディ先生からはだいじょうぶって言われたけど、だいじょうぶかな……」
ガチガチに緊張するパティの背中を押しながら会場に着くと、そこには俺たちと同年代と思しき子供たちと、その親が集まっていた。
事前にロナルド先生から聞いていた通り、受験者数は俺たちを含めてぴったり二十名。入学枠は十五名で、この中の五人が失格となる。
「しかしシャーフ後輩、このひとたちは中途入学するという事ですが、いままでなにをしていたのですか」
ゼラが会場を見渡しながら言う。
「さあなあ……だが」
見るからに、小奇麗な服装の子供ばかりだ。
恐らくだが、貴族、もしくは富裕層の子息子女が多いんじゃないだろうか。
貴族なら初等教育までは家庭教師を付けててもおかしくないし、そもそも入学金が金貨三百枚と高額だ。
それに、この都市に来た初日、貴族向けに入学説明会を行っていたのを見た。あの中の何割かの子供が、中途入学試験に臨んでいてもおかしくはない。
「来たか……シャーフ・ケイスケイ」
「まだ開始までは時間があるな。二人とも、あまり離れない様にしろよ」
「おい、私を無視するんじゃあない!!」
耳元で叫ばれ、耳鳴りを覚えながら振り向くと、ロナルド先生が居た。普通に気づかなかった。俺もなんだかんだで緊張していたのだろうか。
「ああどうも。先生は試験官ですか?」
「いや、魔法薬は試験項目に無いのでな、私とカサブランカ女史は、何か起こった時の保険だ」
ロナルド先生が親指で遥か後方を指す。その先には、保健医のカサブランカさんが立っていた。
「何か、とは?」
「例えば、緊張した受験生が魔法をあらぬ方向に飛ばし、的以外――観客に当たってしまうだとか」
「えぇ……そんなことあります?」
「ただでさえ、今年から試験的に導入された入学試験だ。我々にノウハウが無い以上、万全を期すのが当たり前だろう。……ところで、その背中の大剣はなんだね?」
「ああ、これは……お洒落です」
「……ハンッ」
鼻で笑われた。ロナルド先生は『必ず受かり、そして私に敗北しろ』とよく分からない事を言い、去って行った。
「いまのは誰ですか」
「この学校の魔法薬学の先生だよ。ほら、パティの薬をくれた」
「えっ、そうだったの!? あ、あたしお礼言ってくる!」
パティは驚き、ロナルド先生の後を追う。
しかし、慌てて飛び出したもので、急に前方から現れた人影にぶつかってしまった。
俺は駆け寄り、尻餅をつきそうになったパティを受け止める。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ。すまなかったね――」
パティにぶつかられたのは、長身の男性だった。学園の制服を着ていることから、在学生だろうか。
柔らかなブロンドの髪を後ろで束ねた、爽やかな容姿の、中性的な美男子だ。
「ケガはないかい、仔猫ちゃん? 本当にすまない、前途ある若者たちの輝きに目を奪われ、路傍に咲く健気な花を踏み躙るところだった⋯⋯」
「はえ⋯⋯こ、こねこ? はな?」
「受験生かい? ふふっ、頑張りたまえ。この学び舎で、君と共に学べる事を楽しみにしているよ、可愛らしい――仔猫ちゃん」
美男子はパティの頬をそっと撫で、踵を返して行った。ふわっ、と翻った髪が、まるで光の軌跡を残したような幻覚を覚える。
キザだが、悪い人では無さそう⋯⋯か?
とにかく、トラブルにならなくて良かった。
「気を付けろよ、パティ。ロナルド先生にはまた今度お礼を言おうな」
「う、うん⋯⋯ごめん」
「王子様みたいな人だったな」
「なんか最近、よくほっぺを触られる⋯⋯」
パティは自分の頬をぷにぷにとつまむ。
俺もつまみたい衝動をぐっと堪え、パティを立ち上がらせた。その際、彼女の身体が強張っていない事に気づく。どうやら今のやりとりで、少しながら試験への緊張は弛緩したようだ。
それにしても、試験場には在学生の姿もちらほらと見受けられる。
ロナルド先生が『試験は今年初』と言っていたから、物珍しさからの見物だろうか。
『ぴーんぽーんぱーんぽぉーん。それではぁー、これより試験を開始するよぉー。受験生の子は中央に集まってねぇー。保護者の方は試験場の外へ行って下さぁーい』
ふと、天から気の抜けた声が試験場に響き渡る。
以前学園で聞いた校内放送だ。そして、アリス学園長の声だという事に気づく。
周りを見渡しても拡声器の様なものは無い事から、おそらく魔法によるものだろうが、どの様な魔法なのか。
「ふふー、ボクの声を風に乗せて運んでいるのさぁー。すごいでしょー」
クイクイ、と袖を引っ張られ、視線を落とすとアリス学園長が居た。
相変わらずピンク色のフリルたっぷりのドレスに身を包んだ童女の姿で、これで十七歳と言うのだから信じがたい。
「あ、どうも学園長……」
「さあさ、始まるよシャー君ー。期待しているからねぇー」
アリス学園長は俺の尻を叩き、のったりした動きで試験場の中央へ歩いて行った。
「はぁーいー、お集まりいただきどうもでーすー、ボクはリンゼル魔法学園学園長のー……」
中央には高台が設置されており、アリス学園長は集まった群衆に向かって、気の抜けた演説を始める。
「というわけでぇー、各自、自信のある科目の試験場へ向かってねぇー。火の試験官は、高等部三年のヴィスコンティですよぉー。受ける方はこちらへどうぞぉー」
なんと、在校生が試験官を務めるのか。
アリス学園長が指差した先では、先程の王子様っぽい在校生が、爽やかな笑みを浮かべながら手を振っていた。
その手の甲には、燃え盛る炎の様な、赤いマナリヤが輝いている。
「ほらパティ、行って来い」
「う、うん! がんばるね!」
パティを含めた、総勢三名がヴィスコンティ先輩の方へと向かった。
……そう言えば、俺はどの科目を受験するか決めていなかった。
パティと競合してしまうから火はナシとして、他の五属性の内のどれかか。
「剣術の試験官はぁー、高等部一年、ウッドルフ君だよぉー。受ける方はそちらー」
次に指差された先にはなんと『学生冒険団』のリーダー、『ピエール様』が居た。
以前ギルドで見かけた折は魔法剣を自慢していたが、まさか剣術の試験官に抜擢される程とは。
「ゼラ、頑張れよ」
「ここから私の伝説が始まります⋯⋯おや」
しかし、ゼラ以外の受験生は誰一人として足を踏み出そうとしなかった。
剣術、人気無いのかね。あの修行内容じゃさもありなん、だが。
「ひとりでは行きづらいです。シャーフ後輩も来なさい」
ゼラは振り返り、俺の袖を引く。
「良いから行けって。俺とお前のどちらかが落ちたら困るだろ」
「バーカバーカ」
「うっせバカ。早く行け」
子供か。いや、子供だったか。
ゼラは俺をチラチラと振り返りながら、ピエールの元へ向かった。
「やあ! キミが剣術の受験生かい? なんて可憐なんだ! その細腕からどんな剣技が繰り出されるのか、ふふっ、僕に見せてごらん?」
「⋯⋯」
ゼラは無言で双剣を抜いた。
何というか、さっきのヴィスコンティさんは王子様って感じだが、こっちのピエール様はどこか嫌味たらしい印象だ。
以前、俺が冒険者ギルドで馬鹿にされたから悪印象を持っているだけかも知れないが。
⋯⋯さて、俺は何の試験を受けるかね。
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