剣術の勧誘を受けよう

 ***



「…………」


 サンディさんのマナカーゴに揺られ、学園都市に着いた頃にはすっかり夜になっていた。

 そして俺は、針のむしろに座らされていた。

 勿論比喩であり、実際には宿の部屋のふかふかのソファの上であったが――。


「えーっとぉ、まずー、シャーフ・ケイスケイ君ねー。長いから"シャー君"でいいかー」


 しゃーくん。サメか。

 ピンク色の、フリルをたっぷりあしらったゴシックドレスを着た、金髪の少女がソファの上で足を組む。

 彼女は『アリス・マールト』。リンゼル魔法学園で、学園長を務めている――らしい。

 どう見ても俺とそう変わらない歳の童女にしか見えないが、事実らしい。


『現代の風の魔法師マールトが東大陸にいるんだよ。まあ、まだガキなんだが』

『アリス・マールトのマナリヤには、風の紋章が刻まれている』


 以前、ウイングがそんな事を言っていた。

 本当だとすれば、彼女こそが六大魔法師が一、風のマールトという事になる。


「えーとぉ、ブラックドラゴぉンを倒したんだってねえ、お疲れ様ぁ」


 異様に間延びした口調で、アリス学園長は俺の頭に手を伸ばす。しかし届かず、すぐに諦めた。


「シャーフ後輩、この人たちは誰なのですか」


 ゼラが俺の背後に立ち、頭に手を置く。俺はそれを振り払い、首を振った。

 俺だって、どうしてこんな状況になったのか分からないのだ。


 状況を整理しよう。そう、あれは学園都市に帰った時――。



 ***



「……それじゃあ、サンディさんは俺たちの試験勉強を見に……?」

「そういう事です。……ハァ」


 道中話を聞くと、サンディさんはどうやら、ハイドレイさんから命ぜられ、そういう事になったらしい。

『やっと休みだわ』とぼやいていた彼女の後姿を思い出し、俺はなんとも申し訳ない気持ちを抱いた。


「しかしシャーフ君、私が来たからにはもう安心するといいでしょう。剣術での一位通過は約束しましょうぞ」

「いや、本当に大丈夫ですんで……あ、それよりも俺より剣が上手い奴がいるんですよ! そいつにお願いします!」

「ほっほ、それはそれは。私は弟子が二人でも三人でも問題ありませんよ」


 あ、カシムさんの中では、既に俺が弟子になる事は決定事項なのか。

 ゼラに全てを押し付けようと思ったが、また別の方法を探るしかあるまい。


「ひとまず、今日は貴方の泊まっている宿に向かいます。マナ結晶の換金は明日以降で――」


 サンディさんがそう言い、学園都市の門を潜ろうとした瞬間――。


「おーやぁ、そこにいるのはー、カシムのじっちゃんとサンちゃんじゃーん」


 ――アリス・マールト率いる、魔法学園の先生軍団が現れた。

 軍団と言っても五人程度で、老若男女混合の、恐らくブラックドラゴン討伐部隊だ。その中に、昼間冒険者ギルド見かけた『ピエール様』の姿もあった。


「むっ!? 貴様、シャーフ・ケイスケイ!? 試験勉強もせずに、こんな時間に何をしている! 早く家に帰って研鑽を積みたまえ!!」


 ついでにロナルド先生もいた。ピンク色の湯気が立つ鞄を抱えており、あの中には魔法薬がたっぷり詰まっているのだろう。

 カシムさんは御者台から飛び降り、帽子を脱ぎ、一団に向かって恭しく礼をした。

 俺とサンディさんもそれに続く。


「お久しぶりです、アリス嬢。皆様総出で、どちらへ?」

「ちょっとねぇー、黒いドラゴぉンが出たって言うからぁー、やっつけに行くんだよぉー」

「それなら心配いりませんぞ。こちらのシャーフ君が倒しましたゆえ」

「……おぉー? そうなんー?」

「ええ。そして彼は学園に入学予定であり、私の剣の弟子となります」

「おぉー。ちゅーことは、学園の先生、やってくれるのぉー?」


 勝手に話が進んでいる。

 これはマズいと思い、俺は一団の前に躍り出た。


「ちょ、ちょっと待ってください! 俺は……」

「貴様ァァ!! 入学前にブラックドラゴンに挑むとは! 怪我したらどうするのだァァ!! 貴様は学園を首席で卒業し、この私に負かされるという重大な役目があると言うのに!!」


 しかし、ロナルド先生に肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられる。

 この人も大概、人の話を聞かない人である。


「ちょっとおじーちゃん!? 先生の話、断るって言ってなかった!?」

「ほっほ、そうでしたかな? もう歳なもので、そんな昔の事は忘れてしまいましたよ」

「わーいわーい、これで理事会にせっつかれないで済むよぉー」

「しかしアリス嬢、条件があります。私は、シャーフ君が学園で剣を学ぶというのであれば、学園にて教鞭を取りましょう。つまり――」

「うーんでもぉー、入学試験はちゃんと受けないと、めっ、だよぉー」

「勿論です。ほっほ、なあに、このカシム、必ずやこの子を合格させて見せましょう」


 話を聞くに――学園は剣術の先生を欲しがっていて、以前からカシムさんに声を掛けていた様だ。

 カシムさんは俺が剣術を学ぶことを条件に先生になる、と学園側に条件を提示し、学園側はそれを受理した。

 俺が頑なに『剣を学ばない』と言えば、カシムさんの話は無くなり、学園側は損害を受ける事になる。


 つまり俺は――詰んでね?



 ***



 という事で、回想終わり。

 それからは話をしようという事になり、場所は宿屋、俺の部屋に移された。


 アリス学園長を除いた先生方は学園に戻り、部屋の中には俺とパティとゼラ、サンディさんとカシムさん、そしてアリス学園長のみとなった。


「えーっとぉ、まず自己紹介するねぇー、アリス・マールトじゅうななさいー、学園長やってまぁす」

「……十七歳!?」


 俺は驚いて隣に座るパティと、背後のゼラを見やる。

 パティは十一歳。ゼラは年齢不詳だが恐らく同じくらい。

 アリス学園長は、どう見繕っても、それより下にしか見えなかった。


「パ、パティです!」

「ゼラと言います」

「ほっほ、カシムです」

「しってるよじっちゃんー。さてさてシャー君はー、レイ……ハイドレイの命の恩人なんだってねぇー」


 アリス学園長は、テーブルの上の菓子を勝手に貪りながら、眠そうな瞳で言う。


「は、はい。正確には、俺とゼラですが」

「それは私のお菓子です」

「……後で買ってやるから、ちょっと黙ってろ」

「あーんごめんねぇー、学園に入ったらータダでお菓子食べ放題だからさぁー」


 その瞬間、ゼラの赤い目が、ギラリと輝いた気がした。


「やーすごいねぇー、この国の英雄だねぇー」

「……ハイドレイさんって、そんなに偉い人なんですか?」

「すごいねぇー。……英雄がてらさぁー、剣なんて学んでみないー?」


 俺の問いは無視され、代わりとばかりに剣術の勧誘が返ってきた。

 この人は恐らく、なんとしても俺に頷かせ、カシムさんを学園に引き入れたいのだ。


「お話はありがたいのですが、俺は……」

「あーちょっと聞こえなかったぁー。『もちろんやらせて』……なんだってぇー?」


 アリス学園長はわざとらしく耳に手を当て、聞き返してくる。

 勿論、俺は『もちろんやらせてほしい』なんて言っていない。

 これはアレだ、ロールプレイングゲームで良くある、『YESを選ぶまで無限ループ』するヤツだ。まだ一回目だが、そんな気配がする。


 もう詰んでる感が満載だが、なんとか抵抗を試みてみよう。


「……俺には、剣の師がいました。ですが、旅の途中でその人は亡くなりました。俺は、あの人以外から剣を習う気はありません」

「だいじょーぶだよぉ、そこのじっちゃんは頭おかしいくらい強いからぁー。その師匠とやらよりもぉー」

「強弱の話をしてるわけじゃ⋯⋯それに⋯⋯」


 その無神経な発言に、俺は少しムッとした。

 ウェンディだって強かった。他の誰にも負けないくらいに。

 それに、彼女以外から剣を習うのは乗り気がしない、と言うのも本心だった。


「ほう。私たちのウェンディが、そこのおじいさんに負けると。それは聞き捨てならないですね」


 ゼラも同じ気持ちだったのか、俺の頭を鷲掴みしながら言った。頭皮が強く引っ張られる。ハゲてしまう。


「なんでお前は俺の頭を掴む」

「ちょうどいい場所に頭があったので」

「離せっ、この⋯⋯バカ!」

「ではこっちを」


 ゼラは横にスライドし、今度はパティの頭を鷲掴んだ。モフモフとかき混ぜ、パティの髪が綿飴のようになってしまった。


「んもー⋯⋯やめてよー」

「牛のようですよパティ子」

「牛じゃないもん⋯⋯」


 良かった、パティが治っても、二人の仲は良いままだ。

 安堵し、ハッとする。今は話し合いの途中だった。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 しかし、部屋の面々を見渡しても、皆沈黙していた。

 アリス学園長は目を丸くし、カシムさんは目を細め、サンディさんは――泣きそうな顔だった。


「アンタ、いま、ウェンディ⋯⋯お姉ちゃんが⋯⋯死んだって?」


 サンディさんは、震える声でそう言った。



 ***



 ――ウェンディ・クレイソンという女性について、俺が知っている事は少ない。

 なにせ短い付き合いだ。そしてもう彼女は還らぬ人となり、彼女について知るには、他人からの伝聞しかない――。


「ウェンディは、サンディにとって、歳が離れた姉でした。それが十年前、突如家を出奔したのです⋯⋯『クラウンガード』の地位を捨てて」


 サンディさんは、部屋から出て行ってしまった。

 追いかけようとするとカシムさんに阻まれ、その口からはウェンディの過去が語られた。


「クレイソン家は、代々クラウンガードを輩出している家系です。かつて、私もそうでした」

「その⋯⋯クラウンガードというのは?」

「三年に一度行われる、東大陸における最強の剣士を決める大会があり、それに優勝した者が就ける、栄光ある騎士の座です。王直々に、佩剣はいけんの儀式が執り行われます」


 クラウン⋯⋯王冠か。

 即ち、王様直属の近衛騎士といったところか。


「私の息子⋯⋯つまりサンディの父は、大いに嘆きました。そして当時七歳だったサンディに、姉のようにはなるな、と厳しく言い含めたのです」

「⋯⋯⋯⋯ウェンディは」

「いや、申されるな。私には、あの子の最期を聞く権利など無い」


 カシムさんは瞑目する。顔に刻まれた皺が、深くなった様に見えた。


「サンディは、姉に比べて素質が無かった。それでも厳しい修行に耐え、クラウンガードの座を勝ち取ったのです。いつか――ウェンディが帰ってきたら、自慢してやるのだと言って」


 ⋯⋯⋯⋯ん?

 サンディさんが、王直属の騎士?

 つまり、ハイドレイさんはウィンガルドの――王様?


「⋯⋯⋯⋯」


 そりゃ、お忍びの外出が秘匿されるわけだ。

 そして、ハイドレイさんが会いに行こうとしていた旧友とは、ウイングの事だったのだ。


「魔法薬学のロナルドくん、というかダンのところに、ウイングから手紙が届いてたんだよねぇー。ボクが偶然それを見つけてぇー、ハイドレイにこっそり教えちゃったんだぁー」

「そして、それはここだけの秘密でお願いします」


 首肯する。元よりその約束だ。

 そしてハイドレイさんがレイン王という事なら、俺はやらなくてはならない事があった。



『――――あいつに伝えてくれ』


『――――ってな』



 俺はカシムさんの目を真っ直ぐに見据える。


「――ハイドレイさんに会うには、どうしたら良いでしょうか」


 問うと、カシムさんは首を横に振った。


「厳しい言い方ですが、シャーフ君の様な国外の者は、王への謁見は許されていません。ただ一つ――」

「⋯⋯⋯⋯」

「剣術大会『銀の旋風シルバーウインド』で優勝し、クラウンガードの座を勝ち取れば、佩剣の儀式で王とまみえる事、叶いましょう」


 それには、つまり、


「シャーフ君。私の元で、剣を執りますかな?」

「⋯⋯王様に会うには、それしか無いのなら」


 この瞬間、このウィンガルドでやるべき事が決まった。

 託されたものを果たす為に、俺は剣を執る。


 これが俺にとっての幸福なのかは分からないし、あの女神はきっと否定するのだろうが、少なくとも『やりたい事』なのは確かだ。

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