幸福を論じよう
「――そこの道行くお方、占っていきませんか?」
リンゼル魔法都市を出て、南へと向かっている道中。
街道の傍に、フードを目深にかぶった占い師がいた。卓の上に水晶玉を乗せ、唯一見える口は妖しげな笑みを浮かべている。
「⋯⋯⋯⋯何やってんだ」
普通占い師といえば『占いの館』を構えていたり、路地裏でひっそりと営業しているものじゃないのか。
それが突然、こんな青空の下に、それも辺りに何もない街道に現れられても、違和感と胡散臭さしかない。
そして声が女神ユノのものである。これにより、胡散臭さが二乗された。
「お久しぶりですねえ、こっちもようやく落ち着きましたので、少しばかりお顔を見に来たんですよう。さ、さ、どうぞ掛けてください」
「そんな暇はない。急いでるんで、これで」
「大丈夫ですよう、ほら」
「⋯⋯?」
女神ユノが指差した方を見やると、遠くの方に街道を走るマナカーゴが一台。
しかし、異常にゆっくりな速度だ。学園都市に向かっているのだろうが、あれだと何時間かかるやら。
「時を遅らせてるのか?」
「そんな感じです。この通り、お時間は取らせませんので、少しお話ししましょうよう」
そこまで言われては致し方ない。
俺は水晶玉を挟んで、ユノと向かい合って卓に着いた。
「いやいやどうも、お疲れ様です。ようやく安住の地が見つかりそうですねえ」
「⋯⋯まあ、そうだな」
「これからどうするおつもりですか? 二度目の青春を謳歌しちゃいます?」
「そんなつもりは無い。俺は学業は最低限に、とにかく生活資金の確保に勤しむ」
「えぇー!? 勿体なっ! 異世界転生して魔法の才能あって学園入学とか、もうウハウハじゃないですか! 可愛らしい幼馴染までいてからに!」
「⋯⋯⋯⋯」
俺が汚物を見るような目で睨むと、ユノは咳払いをした。仮面の下からでも憎悪が伝わったのかもしれない。
「まず勘違いを正しておこう。俺はこの世界で成りあがったり最強になったり、複数の女の子を侍らせたりするつもりは全く、これっぽちも無い」
「あらーそうなんですか?」
「と言うか、アンタが一番最初に言ったんだろ」
それは、女神ユノとのファーストコンタクトの事である。『実際に異世界転生した方の声』というものを見せられたのだ。
そこには『理想と違った』という声が数多く寄せられており、俺自身はこうはなるまいと思ったものだ。
「まあまあ、どう生きるかは関与しませんとも。ただ勿体ないですねえ、せっかく幼馴染ちゃんも治ったのに、自分は父親だなんて言っちゃってー。もしかして前世で結婚できずに子供がいなかったこと悔やんでます?」
「ビンタするぞお前……あれは、俺なりに考えたんだよ」
「ほほーう? どんなお考えか、後学のために聞かせてもらって良いですか?」
全知全能の神様に、後学もクソもあるのだろうか。
っと、こいつは確か神様『代理』と言っていたっけか。
「……例えば、だ。俺は五歳の頃、パティを助けた。それからずっと一緒にいて、更に病に伏せったのも、なんとかした」
「そうですねえ。パティさん側から見れば、これはもうゾッコンですねえ」
「……ああ。だから、学園への入学は、良い機会だと思ったんだ」
「どゆことですかね? ちょっと神様にも分かる様に説明していただけます?」
神様なら察しろよ。と言うか、なんで俺はこんな話を
……まあいい、自分の意志を再確認する意味でも、語っておこう。
「パティは普通の、感情豊かで、可愛い女の子だ。きっと、大人になったら素敵な女性になると思う」
「ふむふむ。モブっぽいお顔ですが、女は愛嬌と言いますしねえ」
「ぶん殴るぞ。……それで、あんな事もあったんだから、将来的には幸せになって欲しいんだ」
「村が焼け落ちた事ですね?」
頷く。
人の一生における幸と不幸の量は平等と言うが、それを信じるならば、最大の不幸を受けたパティは、これから最高の幸運に恵まれた人生でなければいけない。
「学園には多くの生徒が集まるだろ? その中で、俺よりもパティに相応しいヤツがいるかもしれない。いや、きっといる。俺なんて、ただの……子供なんだから」
「ははあ、つまり、自分は後方支援に回って、パティさんの人生を幸せにプロデュース! って感じですか」
「……概ねそんな感じだ。要約どうも」
「なるほどなるほど、あなたの愛の深さが窺い知れるお話ですねえ。ですが、それには大きな穴がありますよ」
女神ユノは立ち上がる。俺も釣られて立ち上がると、水晶玉や卓、椅子が消えた。
「……穴?」
「最大の幸福とは、人によって違うものです。女性に踏みつけられる事がそうである、という様な人もいますしねえ」
「そんなマイノリティな話はしていない。俺は一般論での幸福を言っているんだ」
「これは極論でしたねえ。ですが、あなたが今言った通り、パティさんは普通の女の子です。ならば、一般論に沿って言えば、一番最初に好きになった
――――それは。
「私から見れば、あなたは綺麗事を並べて、どうにかしてパティさんの目を他に向けようと、そう仕向けているようにしか見えませんねえ」
「そ……そんな事は、ない……」
「『俺がパティを幸せにするっ』と即座に言えない時点で、耳触りのいいお為ごかしなんですよねえ」
女神ユノはまるで、歌でも口ずさむように、軽々しく言う。
その表情は、フードに隠れて見えない。
「故郷への悔恨でしょうか。それとも恩人への負い目でしょうか? あなたは、あなた自身が幸せになる事など無いと、そう思っているのでしょう?」
「お……お前なんかに、なにが分かるんだ。神様だからって……!」
「神様じゃなくっても分かりますとも、だってあなたは分かりやすいですから。今だって危険なドラゴンを足止めしようと、己の身も顧みず、たった一人で――」
「黙れ!!」
俺が叫ぶと、女神ユノは黙った。
「……消えてくれ。期限までに北には行く。だからもう、消えてくれ」
「出過ぎた真似をしましたね、ごめんなさい。ではでは私はこれで!」
女神ユノは背景の風景に溶ける様に、その姿を眩ませていく。
そして、
「幸と不幸の総和が半数ずつだと言うのなら、あなたもそう在って然るべきでしょ? きっと、あなたはあなた自身の幸福を、まだ見つけられていないだけなんですよ――この世界で」
そう言い残し、消えた。
「俺自身の、幸福……?」
そんなものは。
まずアンジェリカ、それから三馬鹿を探し出して、それから⋯⋯。
⋯⋯それから?
『それは別たれたものを元に戻すだけで、あなた自身の幸福じゃありませんねえ』
――うるさい、いつまでいるんだ、早く消えろ。
――俺が何を幸福と思うかなんて、俺の勝手だろ。
『ならば、パティさんの幸福も、あなたが勝手に決めるものではありませんねえ』
――頼むから、黙ってくれ。
「…………」
しばらく待っても、返事は無かった。
遠くのマナカーゴが、通常の速度で動き出した。
***
女神ユノは何がしたかったのか。俺が『北に行く』と約束したら、すぐに消えたところを見るに、恐らく意思を確認しに来ただけか。
さて、気を取り直してブラックドラゴンである。
俺は『マグナウォール』で十メートル程の高さの足場を作り、そこから南を見渡した。
指で輪っかを作り、見渡す。こうする事で視界が狭められ、遠くのものが見えるようになる。
「……あれか」
遥か遠く、草原の上に小さな黒点が見えた。
辺りに人はいない。被害が出る前にあそこへ向かい、足止めをしよう。
『あなた自身の幸福を――』
俺は首を振り、女神の
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