町で情報を集めよう・2
***
次に俺はリンゼル魔法学園に向かった。
受付は適当な理由をつけて
「あっ」
「げっ」
と、校舎内に足を踏み入れるまでもなく、顔見知りに出会った。
魔法薬学のロナルド先生である。俺を見ると顔を歪め、足早に立ち去ろうとする。
「待ってください!」
「ええいなんだね! もう父の義理は果たした筈だがね! それに、生徒でもないのに、構内をうろつくんじゃあない!」
「いやそれが、これから生徒になるかもしれないんですよ。その事についてお話を伺えたらなあと」
「服を掴むんじゃあない! ⋯⋯うむ? 生徒になるかも、だと?」
ローブの裾を掴んで引き留めていると、ロナルド先生は足を止めた。
「⋯⋯ふうむ、話を聞こうか。私の教室に来るがいい」
「できれば別の場所で⋯⋯臭いので⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
結局、庭園にある植え込みの縁に腰を下ろした。
ロナルド先生は相変わらず不機嫌そうな顔で、頬杖をついたまま口を開く。
「⋯⋯患者はどうだね」
「おかげさまで、治りました」
「ハッ、そうだろうとも。私の魔法薬は東大陸一だからな! ⋯⋯それで、貴様はこの学園に入学するのか?」
「はい、ちょっと縁がありまして。それで、試験の合格ラインなどを教えていただけたらなーと」
「ふむ⋯⋯貴様はフリードマンの弟子と言ったな⋯⋯ならば貴様がフリードマン並みになった後で負かせば、それ即ち私の勝利と言う事になる⋯⋯」
ロナルド先生はなにやらブツブツと呟いている。少し不気味だ。
「あのー、ロナルド先生?」
「はっ⋯⋯いや、何でもない。しかし合格ラインと言うものは無いぞ。中等部への中途入学試験は、最高成績の者から合格すると言う仕組みだ」
なんと。つまり、ベストを尽くすしか無いと言うことか。
「今回の受験生は二十人程だと聞いている。中途入学枠は十五名。まっ、よほどの事がなければ不合格にはならんよ⋯⋯貴様がフリードマンの弟子なら、な」
「いや、俺はどうでも良いんですが⋯⋯」
「どうでも良くなかろう!? いいか、必ず合格し、首席で卒業しろ! その後で私と勝負するのだ!」
「⋯⋯先生は、ウイングと何か確執があるんですか?」
「ふっ⋯⋯。聞かせてやろう。私とあの男の、壮絶な――」
ロナルド先生はつらつらと語り出す。というか一瞬で語るに落ちてしまった。
「そう、あれは二十年前に遡る。私は初等部の入学式で――――」
なにやら壮大な過去話が始まりそうで、これは失敗したと思った矢先――。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。きんきゅうじたいはっせーい。先生がたは、大広間に集まってくださぁーい』
天から、間の抜けた少女の声が響いた。
スピーカーでもあるのかと辺りを見回すも、そんな近代的な装置は見当たらない。
「――っと。すまないが、急用が出来てしまった。この続きは貴様が入学してから聞かせてやろう」
ロナルド先生は立ち上がり、尻の土を払った。
「いえ、お気になさらず」
「遠慮するな。では、必ず合格するように! さらばだ!」
そしてシワがついたローブの裾を翻し、去っていった。
「⋯⋯うーむ」
試験に関する情報は得られたが、特に役に立つものでは無かった。
学園内を見て回る気も起きず、俺は町の服飾屋に寄ってから、宿屋に帰った。
***
「あっ、シャーフおかえり! ねえ見て見て、ゼラちゃんかわいいよ!」
宿屋の部屋に戻った途端、興奮した様子のパティに詰め寄られる。
何事かと、彼女が指す方を見ると、ゼラが学園の制服に袖を通していた。
「おお、着たのか」
今までゼラは、ヘソ出しのタンクトップにホットパンツと、まるで露出狂の様な格好だったが、こうしてきちんとした服を着ると、なるほど可愛らしく見える。
「良いんじゃないか、よく似合ってるぞ」
「暑いです。それに、このヒラヒラが落ち着きません」
ゼラはまるで、無理やり服を着せられた犬猫の様に、しきりに自分の体を見回している。
スカートの裾を掴んでバッサバッサと扇いで涼をとっている。上品さの欠片も無い。
「ゼラちゃん、パンツ見えてるから!」
「そうは言えども暑いのです。今までの格好では学園はダメなんですか」
「我慢してくれ。あと、人前でスカートをめくるなよ」
俺は溜息を吐き、椅子に腰掛けた。
それから服飾屋で買った『あるもの』を取り出し、ゼラに放る。
「それ、付けとけ」
大きめの、黒い革製のヘアバンドだ。
流石に学内でずっと帽子を被っているわけにはいかないので、ゼラの猫耳を隠す為のものである。
「これはこれは。どれどれ」
いそいそとヘアバンドを付けるゼラ。予想通り、猫耳は完全に隠れた。
「わぁ、ゼラちゃんお嬢様みたい!」
「ふむ、悪くないですね。私の美しい銀髪に良く映えます」
「いいなー⋯⋯」
パティが物欲しそうにしているので、俺はもう一つのヘアバンドを取り出し、パティの髪に被せた。
こっちは薄緑色で、パティの赤髪によく合う。クリスマスカラーだ。
「二人でお揃いだな」
「わっ、わぁ! ありがと、シャーフ⋯⋯」
「父親だからな!」
「⋯⋯⋯⋯うん」
また微妙な顔をされてしまった。
まだ父親
その後は『ベストを尽くすしかないという』情報を共有して、町の外に出て訓練する事にした。
「やはりこっちのほうが落ち着きます」
二人は制服から着替えて動きやすい格好になる。パティはアンジェリカのお下がりだ。
町の出口に移動し、いざ特訓と意気込んでいたところ、守衛に呼び止められた。
「あー君たち、今は外に出ない方がいいよ」
「へ? なにかあったんですか?」
「町で聞かなかったのかい? 町の近隣に強大な魔物が出てね。冒険者ギルドの方で討伐隊を募っているらしいよ」
どうやらそういう事らしい。
肩透かしを食らってしまったが、気を取り直して町の地図を広げる。
「うーん……。守衛さん、町の中で魔法をぶっ放したり、剣を振りまわしても平気な場所ってありますか?」
「ないよそんなもの……。大人しく、魔物が討伐されるのを待ちなさい」
「シャーフ後輩、私たちで魔物を倒してしまいましょう」
剣の鞘をポンポンと叩くゼラ。しかし俺はその頭に手を置き、制止する。
「討伐隊が組まれるほど強大な魔物なんだろ。俺たちが行ったところでどうしようもないし、危険だ。ここは大人しく宿に帰ろう」
「おくしましたか」
「バカ。怪我でもして入学試験を受けられなくなったら、本末転倒だろ」
しかし、あの『学生冒険団』はタイミングが良かったな。
凱旋途中にその魔物と出くわしていたら危なかっただろう。
「はい、と言うわけで撤収するぞ。俺は買い物してから帰るから、先に宿に戻っててくれ」
「……はい」
「うん、わかった……」
ゼラは無表情だが、パティは少し不安そうな表情だった。
無理もない。ウォート村に居た頃は、魔物の脅威に晒されたのなんて、それこそ水晶洞窟に行った時くらいだ。
旅をしている時も、襲い掛かる魔物は脅威になる前にウェンディが細切れにしていたし。
「大丈夫だよお嬢ちゃん、町には魔物避けの魔晶があるから。町に居る限り魔物は入ってこれないよ」
守衛さんから励ましの言葉を貰い、俺は二人を宿屋まで見送った後で、冒険者ギルドへ向かった。
***
「学園都市の南にて観測された魔物ですが、本来なら連峰の奥深くに棲息している『ブラックドラゴン』です。恐らく先日の台風で住処が破壊され、山を降りて来たものと思われます」
冒険者ギルド内では、ギルド員の男性が冒険者に向かって、討伐隊を募っていた。
例の『学生冒険団』の姿は見えない。
「このままでは街道に進出するのも時間の問題です。商人ギルドから報酬の約束も取り付けております。討伐に参加いただける方は受付までお願い致します」
しかし、ギルド内の誰も立ち上がらなかった。
その『ブラックドラゴン』とやらは、そんなに危険な魔物なのだろうか。
クリス氏の書斎で読んだ魔物図鑑の内容を思い出してみるも、記憶にない。新種か、それとも東大陸の固有種か。
「……魔物避けも効果があるか分かりません。皆様のご協力が必要です!」
ギルド員が声を張るも、冒険者たちはやれやれと頭を振り、ギルドから出て行ってしまった。
「……あのー、ブラックドラゴンってそんなに危ないんですか?」
肩を落とすギルド員に近寄り、尋ねる。
魔物避けも効果が無い――そんな聞き捨てならない言葉が、俺を動かした。
「ええ、そうですね……王都の『カルディ』に応援を要請しましたが、そこまで持つかどうか」
「あの冒険者の人たちが、討伐隊に参加しないのも危険だからですか?」
「そうですね⋯⋯彼らはその、冒険者が本業ではない方が殆どなのです。貴族や商人の方が片手間に……っと、これは失言でした」
なるほど、道理で格好がやけに小綺麗だったのか。道楽でやっている冒険者稼業で、命を落としては堪らないと。
「⋯⋯ブラックドラゴンの事について聞いても良いですか?」
「え? あ、はい。竜種に分類される魔物です。棲息地は南の『グリッペン連峰』で⋯⋯」
ギルド員の話をまとめると――。
『ブラックドラゴン』は全長20メートルを超す巨躯で、人など一瞬で灰にしてしまう高温の炎を吐き、鋭い爪は城塞を紙のように裂いてしまう。
魔法を弾く鱗は、大砲を撃ちこんでも砕けない頑強さである。
天災を形にした、と形容される禍々しい竜は、冒険者が束になってかからなければ危険⋯⋯という事らしい。
「ほほう⋯⋯ちなみに、報酬はいかほどで?」
「は⋯⋯あの、ケイスケイ様、失礼ながら、シルバーランクですよね?」
「あ、聞いてみただけです。ちなみに王都のギルドから応援が来れば、討伐できるんですか?」
「はい、そちらには腕利きの冒険者が揃っておりますので」
言外に、この町の冒険者は役立たずだと言っていた。概ね同意である。
さてしかし、このまま放って置く訳にもいくまい。
ブラックドラゴンが町に襲来し、滅茶苦茶にされてしまっては、入学の話もおじゃんになってしまう可能性がある。
「なるほど分かりました。あ、一応依頼書貰っておきます。ほんと、一応」
「……ご無理はなさらずに。学園の先生方にも応援要請が行っておりますので、あまり一人では動かぬようお願いします」
なるほど、さっきロナルド先生が呼び出されていたのはそういう事か。
俺は依頼書を貰い、冒険者ギルドを後にした。倒すのは無理でも、時間稼ぎくらいなら出来るだろう。多分。
それに、だ。
この都市は、ウイングとウェンディが青春を過ごした場所だ。
そこが破壊されるのは、嫌だった、
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