町で情報を集めよう・1

「シャーフ、あたし――」


 色々と言いたいことはあった。

 その内容は、謝りたいことが大多数だ。


 あの時、突き飛ばしてごめん。

 あの時、酷い言葉を吐いてごめん。

 意思を確認しないまま連れ回してごめん。


 だが、それらの謝罪を全てひっくるめて置き去りにするほど、言いたい言葉があった。


「ありがとう、パティ――」


 俺はパティを抱き締めた。

 ここまで付いて来てくれて。治ってくれて。

 おかげで俺は、まだこの世界に居て良いのだ。


「違うのぉ⋯⋯あだじ⋯⋯」


 しかし、パティは何やら俺の胸の中で泣いている。

 言葉を話せているという事は、魔炎障害が治った証左であるが、何が違うと言うのか。


「あだじ、シャーフにいっぱい迷惑かけでぇ⋯⋯」

「パティ⋯⋯?」

「ごべんねぇぇ⋯⋯うえぇ⋯⋯」


 見ると、パティは顔を梅干しだかパグ犬だか、とにかくシワシワに歪めて俺への謝罪を口走っていた。

 そのブッサイクな泣き顔に、思わず俺は笑ってしまった。


「なんで笑うどぉぉ」

「いや、ごめん。ほら涙と鼻水拭いて。制服が汚れるから」

「びゃああぁぁ⋯⋯」


 どうやら、パティは俺に迷惑をかけていたと思っている様だった。

 お門違い、とは言うまい。実際、大変な道のりだった。

 その道のりには、もう戻らない人たちの大きな助けもあったが、俺は俺の意志無くしてここまでは来れなかったと、そう思う。


「良いんだよ、パティ」


 その意志を折らずにここまで来れた。

 その支えとなっていたのは、ひとえに――。


「シャーフ⋯⋯⋯⋯」


 俺が頬を撫でると、パティはようやく顔のシワを伸ばし、いつもの可愛らしい顔に戻った。

 鼻の頭が赤く、それが伝播するように頬にも赤みが差していく。


「ど、どぼして、そんなに優しいの⋯⋯」

「当たり前だろ。だって俺は、パティの⋯⋯」


 俺は託されたのだ。

 パティの父親である、アレックス・スミスさんから。


「俺はパティの父親だ――パパ、いやお父ちゃんって呼んでいいんだぞ」


 そう――『娘を頼む』と。


「⋯⋯⋯⋯はへひ?」


 パティから間の抜けた声がした。

 抜けたのは間、だけでなく、なにやら魂まで抜けたように顔が弛緩して行く。


「パティ?」

「⋯⋯あっうん、そう、だよね? シャーフはあたしの⋯⋯お父ちゃん?」

「ああ、そうだ!」


 俺は両手を広げ、笑みを浮かべる。

 娘よ、さあおいで、と。


「⋯⋯うん。⋯⋯うん?」


 しかしパティは混乱しているようだ。

 突然すぎたか。ここは論理的に説明せねばなるまい。


「パティ、よく聞いて欲しい。俺はスミスさんの最期を看取った」

「⋯⋯うん」

「その時に言われたんだ――『娘を頼む』と。スミスさんは俺の恩人だ。だから俺は、その言葉を聞き届け、果たしたい」

「それで⋯⋯父親?」

「ああ! 正確には父親代理だが⋯⋯」

「……? ……??」


 パティの顔にはハテナマークが大量に浮かんでいる。

 これでもまだダメか。他になんと説明しようかと考えを巡らせていると、ゼラに後頭部を叩かれた。


「シャーフ後輩、パティ子が困っています」

「なんだお前……父娘の再会に水を差すんじゃあないよ……うわっ」

「今はそんな気持ち悪い事はどうでもいいのです」


 後ろに引き倒され、俺はベッドから転げ落ちた。

 ゼラはベッドに座り、人差し指で自分の口角を吊り上げた。


「ふふふー。どうもパティ子。ゼラです。覚えてますか」

「う……うん。ゼラ、ちゃん」

「そうですゼラです。やっとお話ができました。これからよろしくです」


 ……まあ、父娘云々は、また今度で良いか。とりあえず保留だ。

 今はそれよりも、やるべきことがある。

 俺は腰を擦りながら立ち上がり、高らかに宣言した。


「……よし、これからの話をしよう!」

「パティ子、パティ子」

「ゼラちゃん……ゼラちゃん!」

「あの……聞いて……」


 パティとゼラは二人の世界に入ってしまった。

 仲が良いのは結構だが、少し寂しさを覚えてしまう。これは父親あるあるだろうか。



 ***



「はい、と言うわけで――これから俺たちはリンゼル魔法学園に通う事となった」


 ようやく場が収拾したので、パティとゼラをテーブルに着かせ、これからの話をする運びとなった。

 テーブルの上にはルームサービスの菓子と紅茶。渇いた喉を潤しつつ、話を続ける。


「俺たちは世間から見れば孤児みなしごだ。そこに衣食住が完備された生活が提供されるというのは正直ありがたい。だから二人とも、入学する事については頷いてもらえると助かる」

「私はごはんが食べられるならなんでもいいです」

「う、うん……あたしもだいじょぶ」


 ゼラは菓子を頬張りながら肯定し、パティもおずおずと頷く。

 よし、これで二人の意思についてはクリアだ。


「しかし、問題は入学試験だ。一週間後に開催されるんだが、それまでに一属性の魔法を合格ラインまで持っていかなくちゃいけない」

「しっ、試験!? あ、あたし大丈夫かな……」

「大丈夫だ、一属性で良いんだぞ。パティは火炎魔法が得意だったろ?」


 励ます為の言葉で、裏付けもなにもないが――。

 パティは屋敷の庭で、三馬鹿たちと魔法の練習をしていた時、誰よりも火炎魔法が達者だった。

 よく、学校の魔法テストで一位になったと、嬉しそうに報告して来たものだ。


「俺はこれから、試験の合格ラインがどの程度なのかを調査しようと思う。そして一週間後の試験に向けて特訓だ」

「シャーフ後輩は大丈夫なのですか」

「俺は……まあ」


 手前味噌になってしまうが、俺は女神からの『異世界転生特典』のおかげで、合格はほぼ間違いなしだ。

 なので、パティとゼラの合格だけに気を遣っていればいい。


「そうですか。私は剣に磨きをかければいいんですね。ウェンディ直伝の剣技に」

「ああ、それも一応確認してくるよ。だが、俺もゼラもしばらく剣を振ってなかったから、試験までは修練を再開しようか」

「いいでしょう。またこてんぱんにしてあげます」

「言ってろ」


 とは言え、剣の腕は俺よりもゼラの方が上だ。

 獣の様な俊敏性から繰り出される剣技は、俺の動体視力では受けられない。

 これもあの猫耳と関係しているのだろうか。


「ぶー……」

「パティ?」


 豚の様な声に振り向くと、パティが風船の様に頬を膨らませている。


「どうした? 豚か?」

「豚じゃないもん……ううん、なんでもない」

「……そうか? 何かあったらすぐに言えな、何せ俺は……父親だからな!」

「……うん」


 パティは釈然としていない様だったが、これからの話はそこで終了した。



 ***



 翌朝。

 俺はパティとゼラを宿に残し、リンゼル学園都市を歩いていた。

 一週間、いくらタダで宿に泊まれるとは言え、日用品などは買い足さなければならないし、情報収集もしたかった。

 情報収集――試験の合格ラインもそれに含まれるが、なによりも冒険者ギルドの場所と風土だ。


 冒険者ギルド『カルディ』は全国にチェーン展開されているが、国や町によって風土は全く違う。

 接客態度や経営体制は統一されているが、冒険者の客層が違うのだ。荒くれが多かったりしたら、パティを近づけるわけにはいくまい。


 それに、ギルドに立ち寄って、依頼がどんなものかを見ておきたかった。

 場所が変われば依頼内容も変わる。近隣にどんな魔物が生息しているか、それは俺でも倒せるものなのか――といった視察も兼ねていた。


「えーっと……」


 サンディさんから貰った書類の束の中には、この都市の地図もあった。

 北端には山。山の中腹には城。そこから城壁が伸び、平原の中に巨大な城下町を形成している。

 建築物の壁には漆喰が上塗りされており、陽光を浴びて白く輝く街並みが美しい。

 海が近い事から、漆喰の原料である石灰――貝やサンゴによって形成された石灰鉱脈には事欠かないのだろうか。


 街並みも活気がある。サンドランド王都と比べて、なんというか、上品な印象だ。

 食い物や酒の屋台が建ち並んでいたサンドランド王都と比べ、こちらは服飾屋や喫茶店、香ばしい匂いを立てるパン屋など、洗練されている感じだ。

 それに、そこに寄る人々もどこか小奇麗な服装である。


「ここか……」


 やがて目当ての建物に辿り着いた。

『羊飼い』を象った印象が施された看板。それが架けられた入口。ここに来るまで何度もお世話になった、冒険者ギルドだ。

 心の中で「たのもう」と呟きながら門戸を潜る。


 中は広く、大理石の様な高級感を感じる壁床だ。

 そして静かだ。違和感を感じるほどに。俺が知る『カルディ』は、酒場と一体になっている所が殆どだったが、ここにはそれが無かった。


 その代わり、待合スペースはカフェの様になっており、ソファとテーブルが置かれ、湯気が立つカップや菓子が置かれている。それを嗜む人々は冒険者なのだろうが、町を歩く人々と違わず、小奇麗な格好だ。


「…………」


 場所ところが変われば風土も変わるのは当たり前だが、ここでは俺の格好は完全に場違いであった。

 長旅で薄汚れた服、くたびれた帽子、怪しい仮面。

 人々の奇異の視線を受けつつ、心中で「すいませんねえ」と謝り、俺は受付へと向かった。


「いらっしゃいませ。冒険者証をご提示ください」

「ああ、はい」


 受付の男性は俺の薄汚れた格好を見ても、接客態度は普通である。

 一安心し、懐から銀色のカードを取り出し、カウンターに乗せた。


「シャーフ・ケイスケイ様、ランクはシルバーですね。本日はどういったご用件で?」

「依頼書を見せて下さい」

「かしこまりました。少々お待ちください⋯⋯そちらは?」


 受付が俺の手の中にある二枚のカードを指す。

 プラチナの輝きを放つそれは、ウイングとウェンディの冒険者証だ。


「仲間の⋯⋯遺品です。もう失効しています」

「⋯⋯失礼いたしました。ただいま依頼書をお持ちします」


 この二つの冒険者証は、さてどうするべきか。

 ウイングとウェンディの家族に届けるのが道理である気がするが、しかし二人がどこで暮らしていたのかも分からない。

 調べれば分かるかも知れないが⋯⋯なんとなく、手放す気になれなかった。


「お待たせいたしました」


 と、感傷に浸っていると、受付から依頼書を纏めたバインダーを手渡される。

 しかし、やけに薄い。クインの町やサンドランド王都の冒険者ギルドでは、この倍はあった。


 中を開きページをめくるも、その内容は、

『薬草の採取』

『実験場の掃除』

 など、明らかに雑用と呼べるものしか無かった。報酬も雀の涙だ。


「えー⋯⋯魔物退治はないんですか?」

「申し訳ありません、当ギルドに寄せられた依頼は、現在そちらのみとなります」

「⋯⋯平和な証なんですね」


 魔物が人々の生活を脅かさなければ、そもそも魔物退治の依頼は生まれない。

 それ自体は喜ばしい事ではあるが、これでは俺のような冒険者は、おまんまの食い上げである。

 この都市にも『砂漠の戦姫』よろしく、慈善事業で魔物を狩りまくってる人でもいるのだろうか。ハタ迷惑な。


「⋯⋯ん?」


 床に唾を吐きたい気分を抑えていると、入口の方から何やら姦しい声がする。

 直後、魔法学園の制服を着た若者が大挙して押し寄せ、俺はその波を避けるように部屋の隅に寄った。


「受付さーん! 依頼達成してきたー!」

「オレンジエール人数分ね!」

「ケーキも!」


 制服の集団は受付に依頼書を叩きつけ、いくつかの銀貨を貰い、ジュースが注がれたジョッキを手に待合スペースで管を巻き始める。

 俺は人がいなくなったカウンター戻り、あれは何事かとギルド員を見やる。


「現在はリンゼル魔法学園が春期休暇中でして。帰郷していない学生の皆様が、こぞっていらっしゃるのです」

「はあ⋯⋯」


 つまり、暇を持て余した学生連中が、磨き上げた魔法の腕を試そうと、魔物討伐に乗り出してるって事か。


「⋯⋯依頼書、お返しします」

「はい、またのお越しをお待ちしております」


 クソ、こっちは生活がかかってると言うのに。しばらくすれば新学期が始まるから、それまでの辛抱か。


「いやーやっぱりピエール様の風魔法は天下一ですね!」

「アタシ怖かったー! でもぉ、ピエール様が守ってくれたから平気ぃ!」


 どうやら『学生冒険団』にはリーダー格がいるらしい。

 ソファの真ん中にどっかりと座った『ピエール様』は、両脇に座った女子からしなだれかかられ、周りの男子からは賞賛を受けている。

 ここはホストクラブやキャバクラじゃねーぞ。クソが。


「ハハッ、大したことはないさ。僕の魔法剣があれば、どんな魔物も怖くはないよ」


 ピエール様は綺麗なブロンドの髪を靡かせながら、整った顔で微笑む。

 手にしているのは鞘に収まった剣だ。鍔には巨大な魔晶がはめ込まれており、エメラルドグリーンの輝きを放っている。


 あれは魔法付与エンチャントされた剣か。鞘や柄に高級そうな装飾がされているが、一体いくらするのだろう。

 少なくとも、俺がゼラに贈った短剣などとは比較にならないだろう。


「さっすがピエール様だぜ!」

「フッ⋯⋯まあ、だけど、僕もまだ父上の庇護下にある事は否めない。この剣もそうだ。学園を首席で卒業した暁には、僕自身の力を示すために、本格的に冒険者になるのもいいかも知れないなっ」

「キャー素敵ーっ!!」


 はいはい、ご立派な事で。

 見たところ俺より二、三歳上といったところか。その歳で働いているのは褒められるが、今は気に食わない。俺の稼ぎ口を潰しやがって。


「もちろん、将来的は父上の後を継ぐ事になるだろう。だが、その前に僕は、僕が僕として活動した轍を、この国に残したいのだ。君たちも考えておきたまえ。でなければ⋯⋯あそこにいる様な、見すぼらしい人生を送ることになるだろう」


 ピエール様はそう言って、出て行こうとする俺を指差した。周りから嘲笑が上がる。

 輝かしい青春を送る彼らから見た俺は、恐らく滑稽に見えているのだろう。

 学校にも通わず、働きに出ている未就学児童。

 それはまあ、まさしくその通りなのだが。


「⋯⋯⋯⋯」


 しかし、ここで反論して諍いを起こしても、何も得るものはない。俺は苛立ちを抑えながら、冒険者ギルドを後にした。

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