魔法学園に入学しよう

 ***



 騒ぎで人が集まってきそうになったので、俺たちは保健室に退避した。


「えー……申し遅れました、私はサンディ・クレイソンと言います」


 偽ウェンディは疲れた顔をして、そう名乗った。

『クレイソン』――姓が同じだ。やはりウェンディの親族である説が濃厚だ。

 だが、彼女にウェンディの事を伝えるべきか迷った。本来なら伝えるのが道理なのだろうが、まだ本当に親族だと決まったわけではない。

 クレイソンという姓は東大陸ではポピュラーなのかもしれないし、顔も偶然似ているだけかも⋯⋯。


「ハイドレイ様の遣いで、貴方達に謝礼を渡しに参りました。あるじは多忙な為、直接手渡せない非礼を詫びる、との言伝も預かっております」


 と、俺が逡巡していると、サンディさんは二の句を継いでしまった。

 そしてなんと、そういう事らしい。

 即日で謝礼を貰えるとは、ハイドレイさんも律儀で義理堅い人だな。


「貴方への謝礼は『住居の提供』と仰せつかっております。つきましては――」

「それは――パティの格好と関係があるんですか?」


 ベッドの上で気絶しているパティを見やる。

 保健室から抜け出したパティを、サンディさんが保護してくれたらしく、マナカーゴに乗っていた。

 サンディさん曰く『川辺で倒れていた』との事だ。誘拐じゃなくて本当に良かった。


 そして、パティはわ寝る前と服装が違っていた。

 パティは今まで、屋敷から持ち出したアンジェリカの服や、ウェンディに見立ててもらった旅人用の軽装、寝る時は寝巻きに身を包んでいたが、今はそのどれでも無かった。


 深緑色のブレザーに灰色のスカート、白色のソックスに艶のある革靴。それらの上からローブを纏っている。あれは――。


「あれはリンゼル魔法学園の制服です。服が泥だらけになっていたので、勝手ながら着替えさせていただきました」

「まずはパティを保護して下さって感謝します。……そして、あつらえたように採寸が合っていますね」


 パティとサンディさんでは体格が違う。あの制服はサンディさんの所有物というわけでは無いだろう。


「御察しの通り、貴方達にはこれからリンゼル魔法学園に入学して貰います。シャーフ様とゼラ様の分の制服もお持ちしました」

「そっ⋯⋯れは、願っても無い話ですが⋯⋯」


 つまり、ハイドレイさんが用意した『住居』とは、学寮の事だった。


「入学金、そして卒業までの授業料も当方が負担します。まあ、落第して学園を追い出されたりでもしたら、面倒は見きれませんが」

「⋯⋯って言いますけど、いくらなんでもそれは、俺たちに好条件すぎでは⋯⋯」


 例えば前世の日本だと、子供一人が自立するまでかかるお金は軽く一千万を超える。

 それを三人分も。養育費を途中からとはいえ全額負担とは。

 いくら命を救った恩返しとは言え、度が過ぎているように思えるのだ。


「サンディさん、なにかあるんですか?」


 裏があるのでは――と疑いの目を向けると、サンディさんはニッコリと微笑んで頷いた。笑顔がウェンディにそっくりだった。


「そう、ご明察。こちらからも条件があります。それは主がヴェーナ大橋に居たことは、誰にも話さない事です」

「⋯⋯なぜ、と聞いても?」

「理由は答えられません」


 予想するに――。


 ハイドレイさんはかなりの地位に居る人だ。サンディさんの様な従者がいる事と、マナカーゴの見た目も豪華だし。

 そんな人が、友人を訪ねると言う理由で、行楽旅行をしていたと周囲にバレたらまずい。


 ――と言った理由だろうか。

 つまり、口止め料も込みというわけか。

 少し引っ掛かったものの、俺はその条件に頷いた。


「よろしい。もし、どこぞから噂が流れた場合は、まず貴方を尋問させてもらいますので、あしからず。それさえ守れば後は自由です。学園に在籍さえしていれば、冒険者稼業を続けるもよし、学業に専念するもよし、です」


 ⋯⋯学園に在籍さえしていれば?

 その言葉に違和感を覚える。


「……俺たちを、学園に留めておきたい理由があるんですか?」

「監視の為です。万一、主の外出を他に漏らされたら困りますから。それだけです」


 サンディさんはこちらを睨みつけ、強く言う。

 その表情は、『これ以上追及するな』と言外に言っている様だった。


「……分かりました。その条件、お受けします」


 箝口令それさえ守れば、此方には好条件のオンパレードだ。

 少なくとも卒業までは衣食住が確保でき、冒険者稼業をやっていいのなら金も貯まる。

 更に魔法の研究機関が集うこの都市なら『ブラッディグレイル』の用法も判明するかもしれない。




「それでは、詳細はこちらになりますので、目を通しておいて下さいね。後は、こちらが学園の制服になります。洗い替えの分も含めて三着ずつ入っております」


 書類の束と、大きな包みを押し付けられた。


「一週間後にまたこの学園にお越し下さい。では私はこれで。あ、それまでは町の宿屋をお使いください。その書類の中に地図が入ってますのでー」


 サンディさんはお辞儀をして立ち上がり、首の骨をバキバキと鳴らしながら、保健室から去って行った。


「はー終わった終わった……やっと休みだわ……ほんとこの仕事きっつ……」



 ***



 さて、保険医のカサブランカさんにお礼を言い、俺たちは指定された宿へと向かった。

 ちなみにパティは気絶したままだったので、俺がおぶさってマナカーゴまで運んだ。


 宿はかなり大きく豪華な宿で、高級な装飾を身につけ、華美な服身を包んだ富豪らしき人々が泊まっていた。学校説明会に来ていた貴族達だろうか。

 今までの旅人用の安宿とは大違いで、俺たちは場違いである。

 ジロジロと見られ、コソコソと囁かれるので、さっさと部屋に引き上げた。


「パティ子はまだ起きませんね」

「ああ、ゼラも寝てて良いぞ」

「では遠慮なく」


 食事は部屋まで運ばれて来た。パティの分を残して平らげ、満腹になったゼラは大きなベッドに倒れ込み、すぐに寝息を立てた。

 三組ののダブルベッドを擁しても、なお余裕がある間取りの大きな部屋。少し居心地の悪さを感じつつ、俺はサンディさんから貰った書類を開いた。


「ふむふむ⋯⋯」


 読破した、その内容を要約すると、こうだ。


 リンゼル魔法学園。

 初等から高等までの最大九年間在籍が可能。

 全校生徒数は約一千人。全寮制。

 山中に建てられた、ウィンガルド王家の旧城を校舎として使用している。

 山すべてが学園の敷地であり、外からでは見えないが学生の魔法実験場などもあるらしい。


 学科は多数あり、六属性の魔法は必修で、他には魔法薬学、魔導機学など。

『魔法機械』とはマナカーゴや、先ほど見かけた畑のスプリンクラーのような、魔晶を用いた機械工学の事らしい。


 他にも魔法付与エンチャント武器や、魔晶の作成技術など⋯⋯つまり将来魔法師ギルドや、鍛治ギルドに加入するための職業訓練といったところか。


 そして、進級には『単位』が必要である。授業ごとや、四半期ごとに実施される魔法試験において、合格点を取る事で単位が付与される。


 しかし、名門校と言うからには、全属性の魔法を扱えないとダメなのかと思ったらそうではなく、『単位』の取得には一属性、もしくは一つの学科に特化していれば良いらしい。

 最初の書類に書かれた学校経営方針には、

『子供の個性を伸ばし、心身ともに成長させる環境を〜』とある。


「これ以上無いほどの好条件だな⋯⋯」


 なにせ現在の『自由の翼団』は、いわば孤児の集まりだ。無料で学校に入学できて、更には職業訓練まで。

 ハイドレイさんが何者かは知らないが、情けは人の為ならずとは、本当にこの事だと実感し、俺は書類の束をテーブルに置いた。


「⋯⋯ん」


 すると、一枚の紙がテーブルから落ちる。

 どうやら見落としていたことに気付き、その紙を拾い上げる。


「中等部入学⋯⋯⋯⋯試験?」


 入学試験。略して入試。

 六属性の魔法を、それぞれの担当教諭の前で披露し、どれか一つでも水準を満たしているならば合格。

 元々、初等部からのエスカレーター組が殆どで、中途入学の枠は少ないらしい。

 それこそ初等部で落第、退学した人員を補充する意図だとも書かれている。

 退学――俺やアンジェリカを例に取れば分かるように、この世界に義務教育など無いのだ。


「無理です」

「うわっ!?」


 椅子に座っていた俺の顔のすぐ横に、いつの間にかゼラの頭があった。


「起きてたのか⋯⋯音も無く近寄るなよ⋯⋯」

「いつ起きようとも私の勝手です。それより、私は魔法が使えないので無理じゃないですか」

「ああ、それだが⋯⋯」


 そう、ゼラは身体のどこにもマナリヤが無い。魔法が使えないのだ。

 こいつの頭に生えている猫耳と、何か関係があるのかもしれない。

 だが同じく獣っぽい、というか獣そのものだったマルコはおかしな魔法を使ってたしなあ⋯⋯。


「まあそれは置いておいて。試験科目はもう一つあるんだよ。しかも、これはお前にぴったりだ」

「なんですか。見た目を競うのですか」

「バカ。剣術だよ」


 そう、科目はもう一つある。剣術だ。

 東大陸に伝わる『イルシオン』という二刀流の剣術。俺とゼラが、ウェンディから毎日のように叩き込まれたものだ。


「どうやら、この国において剣術ってのは結構重大な技能らしいぞ。ゼラはウェンディにも認められたほど筋がいいし、問題ないんじゃないか?」

「ほうほう。どれどれ」


 ゼラは興味が湧いたのか、俺が差し出した書類を受け取った。


「つまり、私の剣術無双伝説が幕を開けるのですね」

「その自信はどこから来る⋯⋯。まあとにかく、魔法が使えなくても剣を振れれば学校には居られるってわけだ」

「では塗り替えて行きましょう。私とシャーフ後輩で、この学園の剣術の歴史を」


 俺は仮面の下で微妙な顔をする。

 正直、冒険者稼業で魔物を相手取るにも、魔法があれば十分だ。

 それにウェンディ以外から教わるというのも、謎の罪悪感を覚えてしまう。

 その罪悪感をゼラに押し付けるつもりはないが、とにかく俺はこれから剣術を続けるつもりは、あまり無かった。


「⋯⋯俺は必要最低限の単位だけ取って、後は冒険者稼業やるつもりだ」

「む、それはなぜですか」

「なぜって⋯⋯確かに衣食住は確保されてるが、お前もパティも女の子なんだから、これから色々と必要になるだろ」


 例えばクラスで何かが流行した時、それを買えなかったばかりに仲間はずれに――とか。

 後は学校が休みの日とか、友達と遊びに行くのにお小遣いがないと、悲しい思いをする事になる。

 他には⋯⋯下世話な話ではあるが、これから下着のサイズも変わってくるだろうし、女子には色々と入り用だろう。


 それに将来の事だ。

 今はパティを養う立場にあるが、成人したら――もしくは学園生活中に、好きな人でも出来るかもしれない。

 相手は父親代理たる俺がじっくりと審査するとして、嫁入りの際に恥をかかないようにしなくては。


「⋯⋯とにかく色々あるんだよ。俺は学園生活を楽しむより前に、卒業した後のことを考えて動く」


 俺の青春は、すでに前世で済ませている。

 ならば、今はパティやゼラが全力で青春を謳歌できるように、後方支援に回るのが道理であろう。


「う⋯⋯うぅん」


 そんな事を考えていると、ベッドでパティが目を覚ました。

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