魔法薬学の先生に会おう
***
リンゼル学園都市――。
ハイドレイさんから説明を受けた通り、そこはリンゼル魔法学園を中心とした、様々な商人ギルドや魔法師ギルドが集まる街だった。
山の中腹にそびえる白色の城、あれが恐らくリンゼル魔法学園だ。
そこからずらりと城壁が広がり、麓の城下町を形成している。
先程の王都ウィンガルディアも巨大だったが、こちらも負けてはいない。
向こうがウィンガルドの脳幹部とすれば、こちらは心臓部であるとの例えは、全く的を得ているだろう。
「この都市は東大陸の産業、その全ての出発点と言えましょう! 見てくださいこちらの農業施設! 地下から汲み上げた水を自動的に散布し――学園の生徒が設計を考案し、魔法師ギルドと鍛治ギルドの協力の元で作成され――」
と、都市内を徐行運転で進んでいると、街中から声が響いて来る。
見ると、ローブを着込んだ魔法師らしき男が、豪奢な身なりの人々に対して説明をしていた。
「ですので是非、ご子息ご息女の当校への入学を――」
「シャーフ後輩、あれはなんですか」
「多分だけど、貴族に学校の素晴らしさを売り込んでいるんじゃないか?」
「そうですか。⋯⋯なぜですか」
「納得したんじゃないのか⋯⋯。これも多分だが、お金持ちの子供が入学したら、その親から援助金があるんじゃないか。あとは、『どこそこの名家の子が入学した』って評判にも繋がる⋯⋯とか?」
学校説明会みたいなものだろうか。
リンゼル魔法学園は東大陸で最高の学府――と言うブランドは周知されている様だが、そんなところでも貴族に売り込む必要があるのか。
「お金持ちの子供がたくさん必要な学校なのですか」
「そこまでは知らんが⋯⋯まあ、学校を運営するのもタダじゃないし、必要なんじゃないか?」
「だとすると、入学金も高そうですね」
「⋯⋯そうだな」
お値段、果たして如何ほどか。
今の俺の全財産は、アーリアからの金貨五百枚と、サンドランドからの金貨数枚ちょっと。あとは銀貨と銅貨がちらほら。
入学金だけなら何とかなるかもしれないが、そこに授業料や生活費を足し、それから収支などを考えると――。
「…………ぐぅ」
「ぐぅの音は出ましたね」
「うるさい……」
「だいいち、治ったパティ子が入学を望むか分かりませんよ」
「それはそうだが、だからと言ってこの歳から働かせるのも可哀想だ」
「私とシャーフ後輩は働いてますよ」
「いや、お前もだよ、バカ」
冒険者の仕事には危険が付き纏う。
一応、こいつはまだ女児であるからして、年長者である俺が保護するのは当然である。
「パティと友達になるんなら、一緒に学校に通えればきっと楽しいぞ」
「は……」
「なんだよ急に固まって……不気味だな⋯⋯」
「……なんでもないです。パティ子、もうすぐつきますよ、起きましょう」
ゼラは荷台で寝ているパティの方へ行ってしまった。
もしかして、学校なんて面倒くさそうだから嫌なのだろうか。
「……まあ、全てはパティが治ってから決める事か」
俺は独り言ち、山の上の城に向けてマナカーゴを進めた。
***
城門は開け放たれており、側には受付を兼ねていると思しき魔法師が居た。
「敷地内のマナカーゴの進入は禁止です。そちらへ停車願います」
そう促され、城壁の側にマナカーゴを停める。
ゼラにはパティを見ていて貰い、俺は改めて受付へ向かった。
「当校に何かご用件ですか?」
「ウイング・フリードマンの紹介で、魔法薬学のダンタリオンさんに会いに来ました。お目通し願います」
魔法師の男性は怪訝な顔をして、首を傾げる。
俺の風体が怪しさ満点だったからと思いきや、そうではなかった。
「ダンタリオン教授でしたら、二年前にご逝去なされましたが⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯はい?」
「今は教授の御子息である、ロナルド殿が魔法薬学科の教授を務めております。そちらに面会いたしますか?」
俺は即座に頷いた。
ダンタリオン教授、ウイングは『ジジイ』と形容していたからに、かなりのご年配だったのだろう。
ウイングが旅に出てから十年経つから、その間に不幸があっても不思議ではない。
だが、その子息が教授を務めている――恐らくウイングからの手紙は届いているだろうし、話は出来るだろう。
そう思っていたが――。
***
時刻はちょうど昼時。
リンゼル魔法学園内は、昼休みであろう生徒たちでごった返していた。
「いまは春季休暇中ですが、学校に残る生徒もおります」とは受付の弁だ。
生徒たちはブレザータイプの制服の上からローブを羽織っている格好だ。男子はスラックス、女子はスカート。色や意匠は違うが、学校の制服というものは、西大陸のものとそう変わらないらしい。
「こちらです」
俺は受付にいた魔法師に連れられ、学園内を歩く。
「受付を離れて良いんですか?」
「代わりのものがおりますので。それより⋯⋯気を悪くしないで頂きたい」
その言葉の意図を、俺はすぐに察した。
構内を歩く生徒たちは、俺の姿を無遠慮にジロジロと見つめている。
俺の格好が薄汚れているのと、怪しいのが原因だろう。
「こちらです。では私はこれで⋯⋯」
「え? あ、ありがとうございます」
奇異の視線を浴びながら教室のひとつに案内され、受付の魔法師はそこで戻って行った。
取り次いでくれない事に少し疑問を覚えつつ、俺は扉をノックする。
「開いている」
ぶっきらぼうな返事が返って来る。
俺はドアを開け、中に踏み入った。
「失礼します⋯⋯うっ」
途端、刺激臭が鼻を突き、むせ返りそうになるのを抑える。
教室内は真鍮製の器具が所狭しと並べられており、それに接続されたガラス製の容器は魔晶の火にかけられ、赤、青、黄色――様々な色の液体が湯気を立てていた。
「なんだ貴様は。その格好、当校の生徒では無いな」
そして、その激臭の中で、椅子に座りサンドイッチを食べている男。
短く刈りそろえた茶髪、不機嫌そうに歪められた顔、恐らく薬品でシミが出来た白衣、歳は三十歳くらいだろうか――彼がロナルド氏なのだろう。
「突然すいません。俺はシャーフ・ケイスケイと言います。ウイング・フリードマンの紹介で……」
俺が用件を言い終わる前に、ロナルド氏は不機嫌そうな顔を更に歪めた。
「ウイング・フリードマン、だぁ……!?」
「は、はい。手紙がこちらに届いていると思うのですが」
「
突如激昂して立ち上がったロナルド氏。
俺は驚き、石化薬とやらをかけられる前に固まってしまった。
「……フン、まあいい。それでなんだね、手紙? ああ……これか」
ロナルド氏は椅子に座り直し、教卓に詰まれた書類の山の中から封筒を取り出す。
あれだ。ウイングがサンドランド王都に辿り着く前、書いていたものだ。
ロナルド氏は汚いものを触る様な手つきで封を切り、中身の手紙を汚物を見る様な目つきで眺める。
「魔炎障害の特効薬……サラマンダーに桃……ハッ、『ブレイズ』」
ロナルド氏は――指先から発した火炎魔法で、手紙を燃やした。
「なっ……!」
怒りが頭を染めそうになるのを必死で抑える。
この人の言動を見るに、過去にウイングと確執があったのかもしれないが、それはあんまりじゃないか。
「前時代のレシピをよくもまあ、ここまで自信たっぷりに書き連ねたものだ! 私から学年首席を奪った栄光も、ハッ、冒険者などに身をやつしてからに、衰えたものだな!」
「……前時代?」
「そうさ! もはや魔物の素材などを利用せずとも、魔炎障害、魔水障害……マナによる病に効く薬など、簡単に作成できるのだよ!」
ウイングが東大陸を離れたのは十年前。そこから技術の進歩があったという事だろう。
それ自体は喜ばしい事ではあるが、この男の言動に、少なからず反感を覚えていた。
「貴様はどうやら、
「……」
「それで、奴はどうした? 大方、貧弱な癖に冒険者などに夢見て、どこかで怪我でもして……」
「――死にました」
俺がそう告げると、今度はロナルド氏が固まった。
次の瞬間、この男が大笑いでもしようものなら、俺は殴りかかっていたかもしれない。
だが、そうでは無かった。
「……そうか」
ロナルド氏は、笑みを浮かべた表情のまま、がくりと肩を落とした。
そして踵を返し、奥に設置された薬棚から、一本の薬瓶を取り出す。
「これを患者に飲ませろ。味は最悪だが、良く効く。それから⋯⋯暫し待て」
ロナルド氏は教卓の引き出しから空白の羊皮紙を取り出し、羽根ペンを走らせた。
その書を封筒に入れ、薬と一緒に俺に渡した。
「この学内にある保健室に連れて行け。これは保険医への紹介状だ。少なくとも、三日はそこで安静にさせていろ」
「は、はい⋯⋯ありが」
「礼はいい。さっさと失せろ! あいつの関係者が目の前にいるというだけで、反吐が出そうなのだ⋯⋯! 私は父の義理を果たしたにすぎん、いいな!」
追い出される様に教室を出る。
過去、ウイングとの間に何があったかは知らないが、悪人というわけではなさそうだ。
「――クソァ!! フリードマンめ! 勝ち逃げとは卑怯だぞ!! もう一度勝負しろこのォアアーーッ!! オギャーーーッ!!」
扉を閉めた瞬間、教室から癇癪の様な叫び声と、ガラスを割る様な音、それから爆発音が響く。
俺は弾かれる様に駆け出し、マナカーゴへと戻った。
***
ウイングがロナルド氏からどんな恨みを買い、旅立つに至ったかは不明だ。
ただ薬は本物で、保健室のベッドで眠るパティは、頭痛を訴える事なく、安らかに眠っていた。
保健室――とは言え、そこは校舎とは別棟となっており、小さな病院の様だった。
「ここは町の人も利用できる病院も兼ねているのよ。それにしても大変だったのねえ、子供たちだけで、はるばる西大陸からなんて。ベッドはまだ開いてますからね、良かったら休んでいって頂戴ね」
保険医である、優しそうな年輩の女性――カサブランカさんはパティに薬を飲ませた後、そう言ってくれた。
そのお言葉に甘え、本日の宿はここに決まった。
「この子もすぐに良くなりますからね。記憶が戻った後には少しショックもあるだろうけど、落ち着かせてあげてね」
「ショック⋯⋯とは?」
「魔炎障害というのはね、マナの炎によって脳の考える部分が阻害されてしまうものなのだけど、記憶の蓄積は行われているの。だから、記憶を失ってから今までのことは、全て覚えているままで、記憶を取り戻すのよ」
それを聞いて、少し不安になる。
パティはウイングとウェンディにかなり懐いていた。村の事だけでもトラウマを負うには十分なのに、二人の死を記憶したままなんて⋯⋯。
「ふかふかです。このベッドはふかふかですよ⋯⋯ぐう」
見ると、ゼラは既にベッドに横たわり、寝息を立て始めた。
「⋯⋯俺も、ひと眠りするか」
「そうしなさいそうしなさい。私は少し外すけど、何かあったらそこのベルで呼んで頂戴ね」
俺は外套と帽子を脱ぎ、ベッドに身を投げた。
久方ぶりの、きちんとした寝床だ。すぐに睡魔がやって来て、俺は眠りに就いた。
***
そしてゼラに起こされた時、俺は己の間抜けさを呪う事となった。
「パティ子が⋯⋯」
パティが――いなくなっていた。
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