Chapter.4 風の吹く地で

身の振り方を考えよう

 マナカーゴ、車内――。


「むんっ……繋がりたまえ……」


 俺は『ブラッディグレイル』を天高く掲げ、祈りを捧げる。

 しかし、何も起こらなかった。


「何をやっているのですか。気味が悪いです」

「んーむー、ん!」


 飯を食っている二人から抗議が飛んでくる。


「いや、俺にとっては大事なことなんだ。放っておいてくれ。ぬぬぬ……」


 今度は杯の表面を、ランプの魔人よろしく手で擦ってみる。

 しかしそれでも何も起こらない。


「……くそっ、こんな事ならカーミラさんに聞いておけば良かった……」


 そう――南大陸で手に入れたプライマルウェポン『ブラッディグレイル』だが、用途は判明しているものの、用法が不明なのだ。

 魔晶も見当たらないので、どの様にすれば起動するのか見当もつかない。

 振ってみたり、叩いてみたり、血を垂らしてみたりしたが、うんともすんとも言わない。


「もしかして……壊れた?」


 あの『オンボスの檻』での大混乱の中、もしくは『マグナウォール』で空高く舞った際に、破損したと言う可能性も考えられる。


「…………」

「シャーフ後輩、ごはんがまずくなります。ひとまずそれは置いておきなさい」

「ああ……」


 杯を置き、俺は車内の床に座った。

 ウイングとウェンディがいなくなり、広くなった車内の仕切りは取り去られていた。


「パティ子、憐れなシャーフ後輩にごはんをあげましょう」

「ん!」


 その成果かは不明だが、パティが俺を怖がることはすっかり無くなっていた。

 相変わらずゼラを通してしかコミュニケーションは取れないが、それでも手ずからメシを手渡してくれたり、隣で寝たりと、かなり距離は縮まっている様に感じる。

 しかし――。


「ん……ぁぁ……っ」

「パティ……!」


 パティが突然苦しげな声を上げて皿を取り落とし、中のスープが床に零れる。

 苦しそうに頭を抱えるパティ。ゼラが立ち上がって寄り添い、その背中を擦る。


「……最近、頭痛の頻度が増えているように見えます」

「……ああ」


 サンドランド王都を出発してから、二週間程が経とうとしていた。

 パティが訴える頭痛は、魔炎障害が悪化している証左なのか。

 とにかく……急がなくてはならない。


「パティ子は寝ていてください。シャーフ後輩、いまはどの辺りなのですか。東大陸ウィンガルドまでは、あとどれくらいなのですか」

「地図が正しければ、もうあと三日ほどで南大陸と東大陸を繋ぐ『大橋』に着くはずだ。そこからは街道沿いに……」


 南大陸を横断するには、約二か月はかかる。

 南大陸の中心に位置する王都までの道程は、一か月かかるところを三交代でかなり時短できたが、今は運転手は俺だけだ。

 それでも、ここまでかなり飛ばして来た。


「……シャーフ後輩、短剣を構えながら運転するのはなぜですか」

「寝たら死ぬぞって自分に暗示をかけてるんだよ。眠気覚ましだ」

「……そうですか」


 実際、運転中に寝そうになったら最後の手段を使っている。

 短剣を胸に突き刺して死んで、復活して眠気をリセットしていた。

 死ぬと今までの怪我は全て再生するが、それは疲労や眠気も同じらしい。

 勿論、パティやゼラが見ている前でそんな事はできないので、夜間走行中に限るが。


「やはり私も運転しましょう」

「やめろ、心中するつもりか」

「失礼な」


 試しに一度だけ、俺が助手席についてゼラの運転を見守った事があった。

 結果は二秒で中止。即座に爆走を始めたマナカーゴのブレーキをかけ、それからゼラには魔物の見張りに専従してもらう事となった。


「いい加減お尻が痛いです。ウィンガルドに着いてパパッとパティ子を治したら、ふかふかのベッドで寝ましょう」

「ああ、そうだな。⋯⋯あとは、身の振り方を考えなきゃだ」

「しもふり⋯⋯」

「ああ、ああ、肉もな。ウィンガルドに着いたらいくらでも食え」


 ゼラは置いておいて――。

 そう、身の振り方だ。

 パティの魔炎障害が完治したその後、どうするか。如何にして生計を立てるか、だ。

 護衛報酬の金はあるにしても、いつまでも宿屋で暮らしていては金は減る一方だ。

 東大陸の物価を知らないからなんとも言えないが、とにかく居住地を定める必要がある。


 金貨を使って家を買う――それも候補だが、果たして金貨五百枚、前世の世界基準だと約五百万円で、家が買えるのかどうか。

 そもそも俺はまだ十歳の子供だ。後見人もないのに、家を販売してくれる業者などいるだろうか。


「んー⋯⋯むぅ⋯⋯」

「よしよしパティ子、大丈夫です。私がついてますからね、よしよし」


 それにパティだ。

 冒険者稼業なんて危険なことはさせたくないし、出来れば学校にも行かせてあげたい。

 中等部に上がる寸前で村が滅んでしまったのだ。叶うならば、パティにはその続き――平穏な人生を歩んで欲しい。


「まず冒険者ギルドがある町の安宿を探して⋯⋯地盤を固めるにしても何年かかる⋯⋯そもそも魔法学府の入学金っていくらだ⋯⋯」

「ブツブツとうるさいですね⋯⋯まずはパティ子の治療、後のことはそれから考えればいいでしょう」

「う、うるさい、俺はスミスさんから託されたんだ。つまり俺は――パティの父親代わりなんだ! 娘の事で頭を悩ませるのは当然だろう!」


 そう――スミス氏の最期の言葉。


『どうか娘を頼む』


 俺はパティを託されたのだ。

 果たせなくなってしまったスミス氏の代わりに、パティの父親として⋯⋯。


「きっ⋯⋯」


 俺の決意を聞いたゼラは、一瞬固まった。


「な、なんだよ」

「気色悪いです。非常に。とても。うわってなりました」

「⋯⋯⋯⋯なんだよ」

「なら私はパティ子のお母さんですか。こうして既成事実というものは作られて行くのですね」

「バカかお前は⋯⋯ああすまん、バカだったな」


 ゼラが無言で俺に掴みかかった瞬間――。


「――おや」


 天井の幌が、ポツリという音を立てた。

 それは連続し、段々と強さを増し、やがて地面を叩く雨音が響き渡る。


「雨ですね」

「雨だな。⋯⋯あっ、水桶を外に出しておこう」


 東大陸に近づいたからか、ここ数ヶ月で初めての雨だった。


「ついでに体も洗えます。行きますよパティ子、全部脱ぎなさい」

「んーむぁー」

「猫って水が嫌いじゃないのか? ⋯⋯あっおい、ついでに洗濯も頼む!」

「頼まれましたとも」


 ゼラはあっという間に真っ裸になり、パティを連れて外に飛び出していく。あいつに恥じらいというものは無いのだろうか。


 まあ、水も限られている旅路だ。

 風呂もなく、体を拭くくらいしか出来なかったから、今日のところは何も言うまい。


 ちょうど水の残量も心許無くなっていたところだ。

 排ガスも無いこの世界で、酸性雨など心配しないでも良いから、飲料水にも使えそうだ。


「恵みの雨ってヤツ、だな」



 ***



 ――後になって知った事だが、この時の雨は東大陸でも記録的な大豪雨であった。

 そして、雨雲は雨だけでなく、ある出会いも運んで来たのだ。

 俺の二度目の人生における、分岐点となる出会いを――。

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