変な男を拾おう
二日ほど降り続いた雨は嘘のように止んだ。
マナカーゴは現在、夕陽が照りつける、ぬかるんだ道を走っている。
「この『ヴェーナ大橋』というのを渡れば東大陸なんですね」
「ああ。もうすぐ見えてくる筈だ」
ゼラが床に広げた地図の、南大陸と東大陸を隔てる『アーパス川』を指しながら言う。
今は『アーパス川』に対して直角の道を進んでいる。このまま走り続ければその内『ヴェーナ大橋』に辿り着く。
「看板があります。『この先 ヴェーナ大橋』。道は合っていたようですね」
「細心の注意を払ったからな……というか視力良いな」
一瞬で通り過ぎた看板の文字を読んだゼラの視力に驚く。
そして安堵する。ここまで来て逆方向でした、なんて言ったら洒落にならない。
途中途中の村々で、何度も間違いないか確認した甲斐があった。
さて、ここに来るまで他の冒険者や行商と会話する機会があり、そこで聞いた話を整理しておこう。
今から向かう『ヴェーナ大橋』は全長3キロメートル、幅は50メートルもある巨大な石橋だ。何代目かの土の魔法師が強大な魔法によって掛けたものらしい。
橋の中腹には
『ヴェーナ大橋』がある辺りは河口が近く、
透明度が高いその水域は、晴れた日には地上から水底まで覗け、『水中の宝石箱』呼ばれる。その光景は一見の価値があり、とも。
橋を渡ったすぐそばには、旅人が寄る漁村もあるのだとか。
「んー⋯⋯むにゃ⋯⋯」
パティは荷台で安らかな寝息を立てている。
「⋯⋯っ、⋯⋯おぶ」
ゼラも眠たいのか、時折船を漕いでいる。
表情は固定されてるから、本当に眠いのかは分からないが。
「⋯⋯うん、今日ぐらいは宿を取るか。橋を渡ったところにある漁村に泊まろう」
やはり、車中泊ばかりでは体が持たない。
俺は『最後の手段』で眠気と疲労をリセットできるが、パティとゼラはそうではない。
運転こそしていないが、間違いなく疲労は蓄積されて行っているだろう。
ここらで少しばかり、きちんとした寝床と、温かい食事にありついてもバチは当たらないだろう。
「⋯⋯おお。賛成です。魚料理は好きです」
「おっ⋯⋯やっぱり猫だから魚が好きなのか」
「いちいち猫だのなんだのと類似点を挙げつらうのはやめなさい。私はおいしいものなら何でも好きです」
「ああ、悪い悪い」
「最近ウイングに似てきましたね。その帽子にウイングの呪いがかかっていますよ」
「そんなわけあるか、バカ⋯⋯ん?」
いざ橋渡りと意気込んだものの、前方から濁った音が聞こえてくる。
「なんだ⋯⋯?」
「川が汚いです」
「は? ⋯⋯うわ、本当だ」
ゼラが指差した方向――やっと見えてきたアーパス川の方を見やる。
清らかなはずの川は泥水のような濁流。全てを押し流そうとする勢いで流れている。
「雨のせいで川が増水したみたいだな」
「新鮮な魚が⋯⋯」
これでは『水中の宝箱』もクソもない。
風光明媚な清流を期待していただけに少し残念だ。
「まあ、漁村まで行けば携帯食料以外のメシにありつける。それで良しとしろ」
「不本意ではありますが、それでよしとします。とっとと橋を渡ってしまいましょう」
***
しかし――『ヴェーナ大橋』があると聞いていた場所には、何もなかった。
いや、正確には橋の残骸はあったが、マナカーゴで通れるような状況ではない。
恐らく上流から流れてきた岩か何かが支柱を破壊し、
橋のなれの果て――瓦礫の山が水中に散乱して川の流れを遮り、岸のあちらこちらで氾濫が起こっている。
「…………どうするか」
「どうしましょうかねこれ」
「んーむぅ」
三人でマナカーゴから降り立ち、川の水が及ばない場所からその惨状を眺める。
「ゼラ、地図をくれ」
ゼラから周辺の地図を受け取り、他に道が無いか探す。
しかし、上流にもうひとつの橋があるにはあるが、かなり遠い。
「んー、んむっ!」
頭を抱えている俺にパティがロックケーキを差し出してくれた。
それだけで頑張る気力が湧いてくる。が、これは俺一人が頑張ったところでどうしようもない気がする。
ロックケーキ、
「仕方ない、上流に向かおう。足を止めるのが一番ダメだ⋯⋯っておいゼラ!」
ゼラの方を振り向くと、そこには靴しか残されていなかった。
靴の本体は川に向かって歩いており、泥の中をズボズボと、まるで田植えの様相を呈している。
「危ないぞバカ!」
「バカと言った方がバカです。何か光りました。たぶん金目のものです」
「何かって⋯⋯ああもう」
俺はマナカーゴの荷台からロープを取り出し、輪っかを作ってゼラに投げる。
さながらカウボーイである。
「腰に巻け!」
「これはどうも」
ゼラは輪っかをキャッチし、自分の細い胴体にくぐらせた。
「ほ、よ、てい」
最悪な状態の足場を軽々と、ゼラは浮かぶ瓦礫や、岩を足がかりに進んでいく。
何処を目指しているのか。何かが光ったと言っていたが、俺には何も見えないが……。
「むー! むんっ!」
「パティ、危ないから!」
ゼラの勇姿⋯⋯勇姿? に興奮するパティを抑えつつ、『プリティヴィーマータ』を発動し、土で形成した腕にロープの端を掴ませる。これで流される事はないだろう。
「ほ⋯⋯はっ」
やがて足を止めたゼラは、泥の中に手を突っ込み、何かを拾い上げた。
「……なんですかねこれ」
「お前⋯⋯それ⋯⋯」
それは――泥だらけの、人の頭部だった。
一瞬ギョッとしたが、頭だけではなく、どうやら首から下も繋がっているようだ。
「おい⋯⋯それ、生きてるのか!?」
ゼラは水難者の首筋に、ビタンと手を叩き付ける。その衝撃で、ビクリと体が動いた。
「脈はあるようです」
「なんて脈の測り方してるんだ……引っ張り上げるから、その人をしっかり掴んでてくれ!」
俺は『プリティヴィーマータ』を操作し、ゼラごと水難者を引っ張り上げた。
***
――水難者の正体は『変な男』だった。
全身を覆っていた泥を水魔法で洗い流すと同時に、男は目を覚ました。
その風体は奇妙なものだった。
つば広帽子を被り、顔は仮面で隠されている。
口元もマフラーで隠れ、180はあろう長身は大きな外套で覆われている。
「どこかで見たような変な格好です」
「俺を見ながら言うな⋯⋯大丈夫ですか?」
男は地面に座り、俺たちに向かって深く頭を下げた。
「いやはや、助かったよ。南大陸に向かう途中だったのだが、上流の橋を通過中に橋が壊れてね」
「それは災難でしたね。こっちで温まってください」
静かに、しかしはっきりと話す人だ。
魔晶で焚火を熾すと、男は服も脱がずにそれに当たった。
「マナカーゴと一緒に流されてしまい、流れ流れてここまで来て、どうやら『ヴェーナ大橋』にぶつかって止まったらしい。海に投げ出されなくて幸いだったが、マナカーゴは……全壊したな」
男は視線を川の方へ向けながら肩を落とした。
浮かぶ瓦礫の山は、男が乗っていたマナカーゴのなれの果てだったのか。
「ん……? もしかして、『ヴェーナ大橋』が壊れたのって……」
「恐らく、僕のマナカーゴが支柱を破壊したのだろうな。ウィンガルドに向かう途中だったのなら、悪い事をした」
「いや、あなたが悪いわけでは」
これは天災のようなものだ。誰が悪いわけでも無いが、困った。
上流に架かっている橋も使えないとなると――。
「ゼラ、地図」
「私は地図ではありません」
「いいから寄越せ。えーっと……」
ゼラから再度地図を受け取り、『アーパス川』を遡って行く。
橋があるのはここと、上流……だけだ。後は、川の源である山をぐるりと迂回して行くルートしか残されていない。
「それじゃ遅すぎる……」
「魚料理が食べられません」
辺りも暗くなってきたので、今日はひとまず川から離れた場所で野営する事にした。
「んんー……あぁ……」
寝れば事態が好転するわけでも無いが、パティがまた頭を抱えて呻き出したのが大きな理由だ。
急がなくてはならない。さりとて橋は渡れない。さて、どうする――。
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