慟哭を手向けよう

 天井は脆くなっており、簡単に突き破れた。尚も天に向かって伸び続ける『マグナウォール』。アーリアに体を引っ張られ、俺たちは乱暴に地上に投げ出された。


「⋯⋯崩れて⋯⋯」


 アーリアが魔晶を手放した途端、『マグナウォール』は音を立てて崩れて行く。

 膨大な質量の土がオンボスの檻に降り掛かり、地下空洞を埋めて行く。

 サンドランドの穢れた歴史も、ウイングも、ウェンディも、全てが地の底に埋まってしまった。


「⋯⋯ぐっ」


 地獄の様な地の底から這い出ても、地上にも地獄が広がっていた。

 恐らくカオスレギオンの手による、兵士達の焼死体が散らばっている。


「あっ⋯⋯」


 空から何かが降ってくる。

 俺の手に収まったそれは、恐らくウイングが土台に載せてくれたであろう『ブラッディグレイル』だった。


「馬鹿⋯⋯野郎⋯⋯」


 確かに、何を失っても欲しいとは思った。

 だが、こんなのはあんまりだ。

 燃えて行く二人の最期が、目から焼き付いて離れない。

 それと同時に――。


『――――ってな』


 ――ウイングに託された言葉も。


 託されてしまった。

 羽の様に軽かった男の、重い想いを。

 それがウイングの希望あしただというなら、俺はそれを繋がなくては。

 後ろを振り返ってはならない。前だけを向かなくては。

 それがこんなにも胸を締め付けるなんて、知りたくなかった。


「⋯⋯アーリア、王都に戻ろう」

「シャーフ⋯⋯大丈夫なの?」


 大丈夫なわけがない。

 だが今は、一刻も早くここから離れなければ。

 ふらつく体に鞭を打ち、アーリアの肩を借りながら、使えるマナカーゴが無いか探す。

 しかし――。


「全て、燃えているわ⋯⋯」


 兵士たちが使っていたであろうマナカーゴは、全て燃やされてしまっていた。


「徒歩で⋯⋯」

「⋯⋯何時間かかると思うの。それに、魔物も出るわ」

「クソっ⋯⋯あいつ、どれだけ周到なんだ⋯⋯!」

「――そりゃそうだ、なんせ旦那からの依頼だからなァ」


 ――――後方から絶望が聞こえた。


「いやあ参ったぜ。ガキは化け物だわ、右腕は無くなるわ、生き埋めにされそうになるわ⋯⋯こりゃあ旦那に追加報酬貰わなきゃ割りに合わねえな」


 絶望マルコは、俺たちが入った正方形の石室から現れた。

 折れた黒い剣を左手に持ち、ゆっくりと此方へ足を踏み出す。


「だがまあ、これで晴れて任務達成だ。ああそうだそこのメスガキ、テメエ、己に生意気な口を聞いてくれたな」


 一歩踏み出すたびに地響きが起こる。

 そんなはずはないのに、あいつの一歩一歩が地面を揺らし、その振動が耳朶を揺らす様だった。


「テメエはそうだな⋯⋯変態な好事家にツテがあるんだ。そいつらに売り飛ばしてやろうか。四肢を切り落としてオモチャになってから、もう一度生意気な口が聞けるか試してやろうか」


 段々と地響きが大きくなり、そして――。


「んじゃあ、とにかく死――――ぶ」


 地響きが最大級まで大きくなった瞬間――目の前を何か大きなものが通り過ぎて行った。

 それはマルコを轢き潰し、肉と骨が綯い交ぜにされる様な、耳新しくもない音が響いた。


「⋯⋯⋯⋯へ?」


 それはマナカーゴだった。

 それも『自由の翼団』が所有するものだ。

 車輪に赤黒いものが絡まり、スリップとドリフトを繰り返し、赤い轍を残しながら、遠く離れた岩にぶつかり、停車する。


「な、なにが⋯⋯?」

「い、行ってみましょう」


 アーリアの肩を借りながらマナカーゴへ向かう。

 途中、赤い轍には内臓や鎧のかけらと思しきものが落ちていた。

 それらを踏みつけながら、ようやくたどり着いた車内には――。


「あば⋯⋯⋯⋯」

「んー⋯⋯⋯⋯」


 パティは目を回し、ゼラは白目を剥きながら気絶していた。


「お前たち⋯⋯なんで⋯⋯うわ」


 車内は惨憺たる有様だった。

 積まれた荷物は全てひっくり返り、携帯食料や水が床を浸している。

 その中に、羊皮紙の束を見つけ、俺は慌ててそれを拾い上げた。


「レイン叙事詩⋯⋯」


 未完成の第四巻、その原稿だろう。

 もはや書き手が失われてしまった物語。

 これも、繋がなくては――。


「⋯⋯あれ?」


 噛み締める様に原稿を開く。

 しかしそれは、思っていたものとは違っていた。



 ***



『金髪のクソガキへ。


 お前さんがこれを読んでるって事は、多分オレはもうこの世にいないだろう⋯⋯。


 ⋯⋯なんつって。


 まあ、何らかの理由で、バカやって動けなくなってるだろうと思うから、お前さんにこの手紙を残す。


 ウェンディにも、もしもの時はこの手紙をお前さんに渡す様に言ってあるから、読まれねー事はないと願いたい。


 さて、オレの性格上、表立って言うのは死ぬほど恥ずかしいから、お前さんが遠く離れた場所に居ると信じて書いておく。


 ――楽しかったぜ。


 レインのクソッタレへの当て付けなんざ、途中でどうでもよくなっちまった。


 ちょっとの間だが、なんつーか、あいつとの間に子供が出来てたらこんな感じかなーとか⋯⋯■■■』


 文章は黒く塗りつぶされている。


 それから行間を開けて再開された。


『あーやめやめ。しんみりしてたらお前さんがオレに会いたくなっちまうかもしれねーからな!


 こっからは要点だけ書いておくぞ。


 パティ子の魔炎障害を治したかったら、ウィンガルドの魔法学府を訪ねろ。


 そこの魔法薬科の教授、ダンタリオンって爺さんが魔法薬の権威だ。


 お前さんが取ってきたサラマンダーの卵の殻、それから新月に採れたバストロ農場の桃のエキス。

 場所が分かんなかったら冒険者ギルドで聞けな。


 それさえ持っていけば、薬を作ってくれる。

 金なら心配すんな、それも話を付けてある。


 あんま時間がねえからな、急げよ。


 あー、あと、お前さんと、パティ子と、ゼラ公が成人したら、酒でも飲もうぜ。


 五年後か? それまでに再会できるに越したこたあねえが。


 んじゃ、またの再会を願って。


 ウイング・フリードマン』



 ***



 涙が頬を伝う。

 喪失の痛みが胸を締め付ける。


「う⋯⋯」


 俺は膝をつき、手紙を抱き締め、声を上げて泣き続けた。


「うあぁ⋯⋯あああ⋯⋯!」


 どこまでも優しかった二人。

 もう還らない二人が眠る地底に向かって、慟哭を吐き続けた。

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