眠りに就かせよう

「これで――最後!!」


 アーリアの気勢と共に撃ち込まれた土の槍が、最後の骨兵を砕く。

 これで広間にいるのは俺たち四人と、カーミラだけとなった。


『嗚呼……憎い……総てが……!!』


 全身に髑髏どくろ襤褸ぼろを纏った魔物は頭を抱え、呪いの言葉を吐き続けている。


『私を売った親が……』

『弟を殺された……』

『娘を目の前で犯され……』

『友達と一緒に殺され……』

『無実の罪を……』


 これは――。


「……この地で亡くなった人々の怨念と同化している?」

「……にわかには信じがたいが、そうかもな。聞いてて気持ちがいいものでもぇ」


 巨躯のどこを削れば致命傷を与えられるのか。分からないが、最大火力で葬るしかない。

 それがせめてもの、カーミラへの手向けだ。


「ええ、一撃で片付けましょう。ウイング、やるわよ」


 ウェンディはそう言って、剣を鞘に納める。


「応よ。おいガキども⋯⋯じゃなくてシャーフと王女サマ、少し下がってな」

「なにか、手があるんですか?」


 剣を納めたという事は、魔法での攻撃になるのだろう。

 あの巨躯を一撃で粉砕するほどの魔法、そんなものがあるのだろうか。


「お前さんもいつか学園に通ったら勉強するかもな、見てろ。ウェンディ――!」

「水よ――『スプラッシュ』」


 ウェンディから放たれた水流は、まるで蛇のようにカーミラへと絡みつく。


「上々だ! 『マグニード』!」


 更にウイングの放った火炎が、水流と交差する様に渦を巻いた。


「火力を上げるぞ――伏せてろガキどもォ!」

「行くわよ!」


 それは炎と水の輪舞曲ロンド

 轟音を上げながら燃え盛る爆炎は、夥しい量の水流を蒸発させ、爆発的な水蒸気を発生させる。


「ッ!」


 やらんとしている事は分かった。水蒸気爆発だ。

 爆発の瞬間、俺は土魔法『マグナウォール』を発動し、全員を衝撃から守護した。


「アーリア、目と耳を閉じて口を開け!」


 以前、どこかで見た知識だ。

 こうする事で爆発の圧力を逃し、鼓膜が破れるのを防ぐのだとか。


「『ブルーブレイズ』!!」


 二人の声が重なった刹那、爆音が広間を震わせた。

 広間ごと破壊するかと思われた水蒸気爆発はしかし、熟練の技術がなせる技か、カーミラだけを圧倒的な質量で押し潰し、焼き尽くした。


「……ッ!」


 わんわんと言う鼓膜の振動が治まり、水煙が晴れた場所には、カーミラの跡形も残っていなかった。

 骨の破片が僅かに散らばっているだけだ。

 土の魔法師カーミラ・プリトゥは、これで永遠の眠りに就いたのだろう。


「⋯⋯ふっ、どうだシャーフ、これが『合体魔法』だ」

「崩落とか大丈夫ですかね……」

「なんだオメー可愛くねーな! せっかく大技を披露してやったのに! いいか、これは高等な魔法師が二人揃って初めて出来る超絶技巧の……むぐっ」


 ウイングがぎゃあぎゃあと騒ぎ出し、ウェンディが背後から手で口を塞ぐ。


「……空気読みなさい!」

「もが!? ……もご、も」


 ウェンディが指差した先には、アーリアが佇んでいた。

 魔物化してしまったとは言え、生き別れの母の死を目の当たりにしたのだ。

『母の遺体を見つけ、弔う』――それは達成されたが、思う所があるのは当然だ。


「……お母さん、安らかに眠って下さい」


 アーリアは目を閉じ、胸の前に手を当て、穏やかな声で言った。


「そして、私はこれからこの人たちと旅立ちます。どうか見守っていて下さい」

「……!?」


 ウイングが驚愕した目で俺とウェンディを交互に見やる。

 どうやらアーリアの中では『自由の翼団』加入は決定事項になっているようだ。


「……はい、というわけで湿っぽいのは終わりよ! 感謝するわ、これでこの国になんの未練も無くなった!」


 パン、と手を叩き、アーリアは快活に宣言する。

 それに異を唱えたのはウイングだ。


「……いやいやちょっと待ちねい王女サマよう」

「それじゃあウェンディ"師匠"! 先程の剣技、とても素晴らしかったわ! 私にも教えてくださる?」

「し、師匠!? ……初めて言われたけど悪い気はしないわね……」

「おいコラオバサン! なにその気になってんだよ!」


 そう言えば俺もゼラも『ウェンディ』としか呼んでなかったな。

 今度から『師匠』と付け足してあげる事にしよう。


「どうやったらあんなに強くなれるのかしら?」

「え、ええと、そうね……東大陸の剣術イルシオンは『守る』ための剣よ。だから大事な何かを守ると言う意志があれば……」

「なにそれっぽい事言ってんだ! オレはそんなもん習わなかったぞ!」

「それはあなたが途中でほっぽり出したからじゃない」

「んなっ……誰のせいだと思ってんだテメー!」


 あーあー、また夫婦喧嘩が始まってしまった。

 俺が口を出しても拗れるだけだろうし、ここは静観しよう。


「……あ、そうだ」


 そう言えば小部屋に引き籠っているジンダール王子は無事だろうか。

 変態ロリコン倒錯趣味の困った王子ではあるが、一応無事は確認しておかなければ。

 あわよくば恩を売って、ウェンディ分の報酬も確約させて……と、そんなに上手く行くかどうか分からないが、そこは元営業職の腕の見せ所だ。


「剣を振るには意志が必要、と私は考えるわ。どんな強大な腕力を乗せた一振りも、なによりも強い意志を篭めた剣には適わない――」

「ほ、ほうほう……ウェンディ師匠は、どんな意志を篭めて剣を振るのですか?」

「このバカ団長を守ってあげなきゃっていう意志ね。そう、私の剣は守護の意志によって力を増す――」

「テメーちょっと崇められて気分良くなって自分に酔ってんだろ。そんな話聞いたことねーぞ……」

「団長、ちょっと行ってきます」


 その漫才を背に、俺は笑いを噛み殺しながら小部屋へと歩を進めた。

 ウェンディ、普段から饒舌な女性ひとではあるが、あんな一面があったとは知らなかった。今度から訓練の際は、ちょっとからかい交じりに褒めそやしてみるとしよう。


 俺はもはや、アーリアが仲間になろうがなるまいが、どちらでも良いと考えていた。

 この『自由の翼団』と一緒なら、どこまででも行ける。何事も成せる。そう思えた。

 当初は『せいぜい利用させてもらおう』とか考えていた自分が恥ずかしい。彼らは俺を仲間と思ってくれているし、俺も――。


「⋯⋯⋯⋯あ?」


 小部屋への通路に踏み入った瞬間、足元に何かが転がってきた。

 薄暗くてよく見えないが、バスケットボールほどの大きさのそれは、びちゃびちゃと水音を立てながら止まる。


「な――あ?」


 それ・・が何かを理解するが早いか、通路の奥から声がした。


「よう、久しぶりだな。あの時のガキで間違いないな?」


 地底から響くような低い声。

 いや、今いる場所はまさに地の底だ。

 ならばヤツは、最もこの場に相応しいのだろう。

 この、かつて地獄の様な殺戮が行われていた場所に。


「お、お前、は……」


 暗闇の中から現れた男は、狼の顔を象った兜を被り、全身を重厚な鎧に包んでいた。

 忘れもしない。あの夜、ウォート村を焼き払った下手人だ。


「名乗る程のモンじゃあねえさ。ただただ、死んでくれ」

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