戦闘開始/狼の進軍/逃避
「――先に行くわ!」
ウェンディが先陣を切る。
まるで風が流れる様に剣先を奔らせ、周りにいた骨兵士はその場に崩れ落ちた。
久しぶりにウェンディの剣術を間近で見るが、やはり凄まじい。
「……もう全部あいつだけでいいんじゃねーかな」
「バカ言ってないで手伝いなさいよ! 骨の継ぎ目が土で補強されているから、そこを狙って!」
なるほど、よく見ると確かに。
バラバラの骨を人の形にしているのは、粘土のような土が関節を接着しているからのようだ。
自立して動いているのはどういった仕組みかは分からないが、崩れ落ちた骨は再生する事なく、地面に散らばったままだ。
「了解――!」
広間の最奥にいるカーミラに辿り着くには、襲いかかる骨兵団を蹴散らさなければならない。
俺もウェンディの後に続く。振り下ろされた骨兵士の槍を短剣で往なし、身体を横に滑らせ、隙だらけの肩関節部分を長剣で突き崩す。
行ける――見た目は怖いが、動きはかなり鈍い!
「踏み込みが足りないわよ! 尋常の人相手だったら肩の腱にも到達していないわ!」
骨兵士は倒せたものの、遠くからウェンディの厳しいお言葉が飛んでくる。
できれば生身の人に剣を振るう機会はあって欲しくないが――。
「どお――りゃあっ!!」
アーリアの振るう連接棍、鉄球が地面を強打した瞬間、巨大な『土の槍』が地面から突出し、複数の骨兵士を貫いた。
俺がマナを補充した魔法武器だ。風魔法以外のものは初めて見たが、アレは強力そうだな。
「アレやるぞウェンディ! ――『ゲイル』!」
背後からウイングの放った風魔法がウェンディにぶつかる。
『ゲイル』――風を纏わせ、対象の動きを加速、もしくは阻害する魔法だ。
「これをやるのも久しぶりね!」
ウイングが放った風はもちろん前者で、超人的な加速で骨兵の間を走り抜けるウェンディは、次々と骨兵の急所を砕いて行く。
「おお……剣術と魔法の合体技……」
「息があってねーとできねーがな!」
感心していると
アーリアが暴れちぎるウェンディと連接棍を交互に見る。
「……シャーフ、私たちもやってみる?」
「いや、連接棍をこっちに向けないでくれ。あんな土の槍に貫かれたら死んでしまう」
「……冗談よ」
しかし、なるほど。
あれなら魔法付与された装備を使わずして、強力な剣技を振るう事が出来る。
一人だと魔法の発動までにタイムラグがあるが、剣と魔法の担当が分かれれば、ノータイムで魔法剣術を使える。
他にも火魔法の炎を纏わせる『マグナード』や、
水魔法の幻影を張る『ミラージュ』で面白い芸当も出来そうだ。
更には光魔法『パルス』で痛覚を遮断すれば、継戦能力も――。
「――って、ああ!?」
「な、なに!?」
……しまった。ブラッディグレイルを血で満たす時、『パルス』を使えば良かったんだ。
「……どうしたのいきなり?」
「……い、いや、なんでも。くそぅ……!」
自分の馬鹿さに少し嫌気がさしつつ、それを振り払うが如く、骨兵士の攻撃を往なし、横薙ぎに剣を振るう。
「膂力が足りていない! 人の首を断つにはもっと――」
「ああはい、分かりましたよー!」
人の首を断つ機会など以下略。
とりあえずウェンディは単体で大丈夫だろうから、俺はアーリアを守るように立ち回ろう。
「やっぱり楽しそうね、『自由の翼団』」
「そう見えるか⋯⋯ああいや、うん、楽しいよ」
「それに良い団名だわ」
「⋯⋯そうか?」
「そうよ――でりゃあっ!!」
アーリアの連接棍が、迫る骨兵の胴体を粉砕する。
「私なんて、行動範囲は南大陸の中だけ……籠の中の鳥よ。世界を股にかける自由の翼、憧れるわ」
「⋯⋯籠の中の鳥、か」
かつての俺とアンジェリカもそうだった。
だが、今の俺の状況は、果たして自由と呼べるものだろうか。
「もう少し、考えてみたらどうだ」
「……」
「アーリアの現状に自由があるかどうかなんて、俺には分からない。だが、少なくとも身の安全はある」
「兄上に貞操を狙われているのだけど」
……そうだった。
諭そうとしたら一瞬で論破されてしまった。締まらないなあ。
「父上もあのブタに甘いし、王宮内もあのブタの味方が大多数よ! いつか私も後宮に押しやられるのかと思うと、気が気じゃないわ! どりゃあっ!!」
腹いせの様に放たれた土の槍が、十数体の骨兵をバラバラに砕く。
ジンダール王子もかなりの問題児だ。妹に欲情するなんて変態極まりない。
アンジェリカは超絶美少女だったが、俺は色欲を抱いたことなんて一度もないぞ。
「あー……まあ……」
「そんなの絶対にイヤ! 私はね、結婚するならレイン王子みたいな人って決めているの!」
「へえ……っ!? ウィンガルド国のレイン王!?」
「違うわよ! レイン叙事詩って本知ってる? その登場人物の、カッコいい王子様よ! 私はそれを読んで、冒険に憧れたの!」
……えーつまり、アーリアがお転婆になったルーツは、少なくとも『レイン叙事詩』の影響があったと。
その作者は他でもない『自由の翼団』団長、ウイングである。
そして、作中のレイン王子のモデルは、現在広間中を無双しているウェンディである。
……あれ? 責任の一端は『自由の翼団』にあるのでは?
「……い、意外と乙女なところあるんだなー」
「わ、悪い!? 私はまだ十三歳よ! お前が同い年くらいにしては冷めすぎてるのよ!」
「それは悪うござんしたね……よっと」
なにせ生前の二十九と合わせて、三十九歳なものですから。
そう考えると俺ももうアラフォーか……肉体年齢が若いもので、全然老いた気がしないが。
「……ま、まあ、その話は後でな。今はここを切り抜けよう……」
「そうね! 安心して、最高級の食事を用意させるから!」
「わ、わーい……」
何にも安心できないが、それはとりあえずこの場を収めてから考えよう。
***
「……ここかぁ」
狼の頭部を模した兜を被った男が、砂漠を進む。
視線の先には、兵士たちが駐屯する遺跡があった。
「臭う、臭うなあ。あのガキの臭いだ」
右手には刀身から柄まで真っ黒な大剣を持ち、左手には――人の頭部を提げていた。断面から血がしたたり落ち、赤土の地面を濡らす。
「えーっと、旦那からの指令はなんだったか……ああそうだ、確か――」
その異様な姿に、兵士の一人が武器を構えながら近づく。
「待て、止まれ! ここはデゼルト王の名のもとに封鎖されてい――は?」
男は兵士に向かって、左手に持っていた人の頭部を放った。
それを受け取った兵士は、それが何かを悟り驚愕する。
「マ、マウロ様……?」
「おう。そこでたまたま会ってな、
その頭部はマウロのものだった。
驚き、応援を呼ぼうとした兵士の胴体が、黒い剣で両断される。
血飛沫を上げながら地に伏した兵士を見て、狼面の男は手を叩いた。
「ああ、そうだそうだ――『生き残りのガキもろとも、全員殺せ』だったな。
そして狼面の男――マルコは、遺跡に向かって歩き出した。
騒ぎを聞きつけた兵士が集まってくるが、マルコは剣のひと薙ぎでそれを蹴散らしていく。
「――出でよ」
血で泥濘になった地面に変化が起きる。
血泥の中から這い出る様に、ローブを纏い、剣を握ったモノたちが現れた。
その者たちが面食らっている兵士に剣を振り降ろすと、傷口が炎上し、瞬く間に燃やし尽くす。
「旦那から貰ったモンだが、へへっ、やっぱ便利だな」
それは他でもない、ウォート村を焼き尽くした集団だった。
あっという間に全滅した兵士の亡骸がごうごうと燃え盛り、その場を地獄に変える。
「さあ行くか。この場にいる誰も、生きて帰さねえぞっと」
そして、地獄の集団は歩き出した――ウォート村の生き残り、シャーフ・ケイスケイへと向けて。
***
サンドランド城下町。
宿の外に、二人の少女が乗ったマナカーゴが停まっていた。
「いいですかパティ子、このマナカーゴは私でも動かせるのです」
「んー……?」
「ウイングが言っていました。『貯蓄された燃料があるから、ゼラ公でもちょっとは動かせるぜ』と。昔、一度運転したら何故かそれからは運転させてくれませんでしたが――」
ゼラはマナカーゴの運転席に立ち、操縦桿を握り、俯いた。
「――仕方がないのです。幻狼族は本当に危険な連中なのです。ここで逃げなくては、みんな死んでしまうのです」
「え、えあ……んんー、ん!」
そんなゼラを元気づける様に、パティが肩を叩く。
「はい……パティ子は私が守ります。そうすれば、天国のシャーフ後輩も喜んでくれることでしょう」
それに励まされ、意を決したゼラは、操縦桿を強く握った。
「行きますよパティ子、目指すは東で――――」
「んんーーーっ!?」
その瞬間、マナカーゴは爆発的な加速を以って急発進する。
町行く人々はその暴走車を避け、マナカーゴは門を突破し、砂漠の地を爆走した。
「あばばば……なんという速さでしょう。パティ子、東はこっちで合ってますか」
「ん、んん!? んー、んんー!?」
「多分そうでしょう。このまま突き進みますよでゅっ……舌を噛まないように気を付けて下さごでゅっ」
舌を噛みながら、ゼラは懸命に操縦桿を握る。
サボテンをなぎ倒し、岩を踏み越え、暴走車は砂漠を突き進む。
――かつてウイングがゼラに運転を任せた際、全く同様の事が起きていた。暴走のまま進路を違えたマナカーゴは、人類未踏の地に踏み入りかけ、それ以来ゼラに運転が任されることは無かった。
そして、今回も――東に向かっているはずのマナカーゴは、様々な障害を跳ね飛ばしている中で、やがてその進路を変えて行った。
――――南へ。
***
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