遺体を探そう
俺を先頭にして扉の先に進むも、やはり骨弾は飛んで来なかった。
扉の先は通路になっており、魔晶のカンテラで照らしながら先へ進む。
「ここは奴隷売場だったんだよな。アーリアは何故それを知っていたんだ?」
「王宮の書斎に潜り込んだ時、この国の歴史を記した書を目にしたのよ。酷い国でしょう?」
「⋯⋯ああ」
通路を進むと、やがて視界がひらけた。
そこは広間になっていた。壁床がぼうっとした蒼光を放っていて、カンテラが必要ないほど明るい。
広間の隅には水路が整備されており、水の魔晶から発生した水が勢いよく流れ出している。水の行く先は分からない。
遥か高くの天井からは、微かに月光と思しき光が差し込んでいた。
「……うっ」
広間の奥には人骨がうず高く積まれ、壁にも同様に
「ここは⋯⋯」
一番最初の階段は、
二番目の、先ほどまで居た小部屋は、恐らく準備室。
最後の広間は――奴隷を労働以外の用途で購入した、クソッタレな
いくらはるか昔の出来事とはいえ、その残滓に胸糞が悪くなる思いだ。
「⋯⋯この国が嫌い。奴隷制度が無くなってもなお差別意識は根付いていて、そのせいで母は王宮を追い出され、ここまで追いやられた」
「アーリア⋯⋯」
「母を庇わなかった父上が嫌い。豚の様な兄上が嫌い。
アーリアは唇を噛み締めながら心情を吐露する。
俺は何も言えなかった。何を言っても、白々しく伝わる気がした。
「⋯⋯アーリアの母さんを探そう」
「⋯⋯ええ」
ここにカーミラさんの遺体があるかは定かではない。
あるとしたら、積まれた人骨の山の中だろうか。他になにも見当たらないので、ひとまずそこから手を付けよう。
俺は遺体が無い事を祈った。追放され、最期に行き着いたのがこんな場所だなんて、あまりにも救いがない。
「⋯⋯ねえシャーフ」
白骨を除けていると、アーリアが口を開く。
「なんだ?」
「私とタバサを、お前の団に入れてくれないかしら」
「⋯⋯⋯⋯正気か?」
「正気よ。以前から考えていた事でもあるわ。どうせ王位は兄上が継ぐから関係ないし……それでこの国がどう傾くか見ものね」
⋯⋯本当に、この国が憎いんだな。
いや、カーミラさんの末路を知って、元から抱いていた不満の種火が燃え上がった、と言ったところか。
気持ちは分かるが、王女誘拐なんて事になったら団がお尋ね者になってしまう。
「アーリア、少し落ち着いて――」
「――良いだろう!」
アーリアを諭そうとすると、背後から大きな声が響いた。
「あ、団長。起きたんですね」
声の主は、腕を組んでしかめっ面をしたウイングだった。
その隣にはウェンディも立っている。
「『あ、団長。起きたんですねー』――じゃねーよバァカ! テメコラ、団長様に闇魔法かけやがって! お前を退団させて王女サマが新メンバーだコラ!」
どうやらバレていたらしい。
「あとこれ! 着けとけっていっただろバカチン!」
ウイングは俺に仮面を放って寄越し、俺はそれを付けた。
「シャーフ⋯⋯」
ウェンディは俺に歩み寄り、その片手にはブラッディグレイルを持っていた。
「⋯⋯これ、やったのね?」
「⋯⋯はい」
「白いマナリヤ、不死の伝承は本当だった⋯⋯」
「はい。でも、今回は適材適所です」
「ええ、でもね⋯⋯私が教えた剣術は、敵の攻撃を受け流し、傷を受けないためのものよ。どうかこれからは不死の肉体に頼らないで⋯⋯剣が鈍るわ。だから、それと――」
傷つくところは見たくないから――ウェンディの言いたいことは分かった。
二人は本心から俺の身を案じてくれている――。
「テメー罰として東大陸行くまでマナカーゴの外で走らせっからな!」
⋯⋯こっちの帽子の人は、それほどでもないかもしれない。
ともかく全員無事で切り抜けられた事に安堵を覚え、同時に罪悪感も覚えた。
「⋯⋯ごめんなさい」
「いいえ、私たち大人がもっと頼りになれば……。こっちこそごめんなさい」
「あの、それで⋯⋯王子は?」
なんだか急に恥ずかしくなり、無理やり話題転換を試みる。
「とりあえず起こしたがな、これ以上危険な目に遭いたくねーつって聞かねえから置いてきた」
「私もめでたく
ウイングとウェンディは同時に肩を落とす。
「⋯⋯兄上が申し訳ないわ。父上に言って、必ず報酬は支払わせるから」
「良いのよ⋯⋯。あ、と、じゃなくていいんですよ王女。私の受けた依頼は『迷宮の攻略』ですから。それは私では果たせず、貴女が雇ったシャーフが達成したのですから」
ウェンディが笑顔で言い、俺の肩に手を置く。
「ハッハー、弟子に先を越されるたあ、『史上最年少の剣聖』も衰えたかねえ?」
「あなたは何もしてないのに偉そうね⋯⋯ほら、早く骨の山を退けなさいよ」
「なっ⋯⋯オレは団長だぞ! エラそーに指示すんな、これだからオバサンは⋯⋯」
またもや夫婦喧嘩が勃発するも、ウイングはそそくさと骨の山に手を掛ける。
どこから聞いていたのか知らないが、遺体探しをしているのを察して、手伝ってくれる様だ。
まるでそうする事が当たり前のように。
女神ユノは俺を『善き人』と言ったが、本当の善人とはこの人たちの事を言うのだろう。
「しっかし、飛んで来た骨はこれだったのかねえ。もうボロッボロだが⋯⋯」
壁床が薄く光っているのは、放置された骨から流れ出た黄リンが壁床に付着し、燐光を放っているのかもしれない。
もしくは魔法によるものか。
「それで、どうかしら団長さん。私とタバサの入団の件は? さっき『良いだろう』って言ったわよね?」
「えっ!? あーいや、団のマナカーゴも手狭でなあ。二人も増えるってなるとなー……」
「いきなり気弱になってるんじゃないわよ⋯⋯。王女様、お気持ちは察しますが、私どもの団はそんなに良いものではありませんよ」
「マナカーゴなら大丈夫、専用のものがあるから。父上にも必ず話をつけるわ」
ウイングに詰め寄るアーリアと、それをなだめるウェンディ。
「⋯⋯頑張れ団長っ」
俺はその光景を横目に、足元に転がってきた骨を拾い上げる。
例えばこれを『床の腕』が撃ち出して『骨弾』にしていたのだろうか。
『――よ』
……ん?
いま、何か、声がしたような。
『憎い――』
今度ははっきりと聞こえた。
それは他の三人も同じだったようで、各々が手を止め、辺りを見回した。
この声は、ブラッディグレイルから響いたものと同じだ。
『――憎い――憎い憎い憎い――!!』
「……骨の中から声が」
アーリアが骨の山に手を伸ばす。
その瞬間、骨の山が盛り上がり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
「まずい、離れろ!」
「アーリアッ!!」
爆発の様に骨が飛び散る。
ウイングが叫び、俺はアーリアの腕を引き、ウェンディに襟を引っ張られる。
俺たちは広間の隅まで吹き飛び、雪崩の様に迫る骨の中、それは姿を現した。
『憎い――私を追った国が――娘を奪った奴らが――総てが――憎い――!』
それは、
五メートルはあろう巨体。それは土で出来ているのか、身体を起こすとボロボロと土片が崩れ落ちる。
身体のそこかしこには髑髏が張り付き、それらがケタケタと鳴り、まるで嗤っている様だった。
「魔物……!?」
ウェンディが剣を抜き、ウイングも右手のマナリヤを突き出す。
俺も剣を抜こうと鞘に手を掛けた瞬間、アーリアの呟きが耳に届いた。
「……お母、さん?」
「……なに?」
――切り離されたマナリヤはブラッディグレイルになった。
では、残った肉体は?
――魔物とは、動物がマナに侵されて変化したものだ。
なら、人はどうなる?
マナの淀みを調律する。
それには紋章が付与されたマナリヤを要する。
マナリヤを使うイコール、体内に少なからずマナが残る。
残ったマナは――人を
あの魔物が土の魔法師プリトゥ――いや、カーミラのなれの果てなのか?
『憎い――おああぁァァァァッ!!』
カーミラが雄叫びを上げ、髑髏が笑い声を大きくすると、足元の白骨が組み合わさり、人の形を再現した。
手に骨の剣や槍を持った、骨の兵隊が次々に起き上がる。
多少意識は残っているようだが、魔物と化してしまい、正気を失っているのか。このままでは骨の兵隊がこちらに向かってくるのも時間の問題だろう。
「この数はやべーな……」
その、あまりの量にウイングとウェンディは武装を解除した。
「ウェンディ、一旦ここを離れるぞ!」
「ええ! シャーフ、王女を! さっきの小部屋まで戻るわよ!」
寿命を迎えた六大魔法師が隠遁するのは、魔物化する肉体を、人の手が届かない場所へと封印するためなのだろう。
それを『処理』する強者が現れるのを待ち、報酬にプライマルウェポンを渡す……これが『六大魔法師』の仕組みなのだろう。
世界を保つ上で、無くてはならない役目なのだろう。
「お母さん、なの……?」
だけどそんなものは、遺された家族にとってはどうでも良い事だ。
俺は背と腰の鞘から剣を抜き、骨の軍団と対峙する。
「おいシャーフ! 何やってんだ、早く――!」
「すいません団長、ちょっと追加報酬が欲しいんで」
「はあ!?」
俺が受けた依頼内容『母の遺体を弔う』――報酬はメシ。
一国の王女様と会食できると考えれば、ここで体を張っても悪くない。
「……ああもう、仕方がねーな! これも取材だ!」
「……そうね、たまには弟子に良いところも見せないと」
俺の両隣にウイングとウェンディが立つ。
「……あれがお母さん、なら」
そしてアーリアも連接棍を構え、並び立った。
「眠らせてあげなくちゃ――シャーフ、手伝って」
「ああ、勿論だ」
『――――!!』
カーミラの声にならない号令と共に、骨の兵隊が一斉に此方を向く。
かくして砂漠の地で、過去最大級の戦闘が幕を開けた。
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