賭けに出よう
***
「アーリア・キネ・クーリーヤよ。長いからアーリと呼んで頂戴」
寂れた酒場の様な場所に着き、フードを取り払った女は、髪を掻き分けながらそう言った。
肩までの黒髪に褐色の肌、強気そうな表情の十代前半の少女は、サンドランド王女の名を名乗ったのだ。
「ケーキはどこですか。みたところ店員もいないようですが」
その正体を訝しむ俺、そしてケーキの有無を訝しむゼラ。
「ここは私の秘密基地のようなものよ。ああそうね、まずは腹ごしらえと行きましょうか」
アーリは勝手知ったる様子で、乱暴に酒場の戸棚を漁る。その様は王族と名乗られても、全く説得力がない。
そして取り出したのは、皿に盛られた茶色い塊だった。
「なんですかこれは」
「ロックケーキよ? この町の名産品」
「ケーキというのはクリームがたっぷりの白くてほわっとしたやつです。これはまるで、うん――むぐ」
俺は背後からゼラの口を塞ぐ。こいつが言わんとしている事は分かるが、これはパウンドケーキやドライケーキに近い、南大陸の定番ケーキなのだろう。
そしてそれは今はどうでもよく、まずはこの推定王女の正体と、目的を確かめる事が先であり、ゼラに喋らせていてはいつまでも話が進まない。
「ええと……お前、いや、あなたは本当にサンドランド国の王女なのですか?」
「ええ、そうなるわ。あと、敬語は使わなくて結構よ」
「いや、そんなわけには⋯⋯」
仮にこの少女が本物の王女だったとして――だとすると、予想外だった。
自ら『砂漠の戦姫』を名乗るくらいだから、王族という地位を笠に、ワガママ放題なおてんば姫を想像していたが、目の前の少女はどこか落ち着いた様子だ。歳相応の溌剌さはあるが、しっかりと芯を持ち、余裕を保っているようにも見える。
「ま、本物と証明する方法はないけれどね。でも、依頼は本物よ」
「ほう、食べてみるとなかなか。甘さは控えめですが、噛みごたえがあってお腹にたまります」
「全部食べて良いわよ。ええと⋯⋯」
「ゼラです。あっちの変態仮面剣士はシャーフ後輩です。いただきます」
「ゼラと、シャーフコウハイ⋯⋯変な名前ね、でも覚えたわ」
ゼラは皿のロックケーキを、ぼりぼりと音を立てて頬張る。これで話を聞かないわけにはいかなくなってしまった。
「⋯⋯それでですね」
「敬語。いらないわ」
「⋯⋯わ、分かった。それで、依頼とはなんだ? 先に言っておくが、俺とそこのバカはシルバーランクの駆け出し冒険者だ。あまり期待されても大きなことはできないぞ」
「ええ、依頼は二つで、私の魔法武器を直して欲しいのと、護衛よ」
アーリアはそう言って、カウンターの下から棒状のものを取りだした。
ガタンと硬い音を立てて、二メートルほどの長さの、金属製と思しき棒がテーブルに置かれる。
「これは……」
先端に鎖が付いており、それを継手とし、棘がついた鉄球が接合されている。
さらに、その先端には魔晶が嵌め込まれているが、黄色のそれは、輝きが弱まっていた。
「連接棍か」
「そ、良く知ってるわね」
それは『フレイル』とも呼ばれる武器だ。
正直、少女の手には大きすぎる得物に見えるが、アーリアは軽々と持ち上げてみせる。
「この魔晶のマナが枯渇して困っているの。さっきの手際で充填してくれるかしら?」
「……王女様なら替えの武器なんて沢山あるのでは?」
「これしかないのよ。それに父上は、私が冒険に出ることに反対しているから、家からの支援はないの」
なんとまあ。砂漠の戦姫の活動は、ほぼアーリアのソロ活動だったのか。
「よくもそれで、冒険者なんてやってこれたな」
「味方がいたのよ。王宮内も一枚岩じゃないってコトよ」
デゼルト王はアーリアに冒険に出てもらいたくないが、逆に推奨する一派も存在するということか。おそらくお付きの魔法師とやらも、その一派だろう。
俺はひとまず頷き、先を促す。
「分かった。マナの充填は問題ないが、護衛とは?」
「簡単な話よ。私を王都の外へ連れ出し、南方の遺跡まで連れて行ってくれればいいの。検問を越えるのに、ひと芝居打ってもらう必要はあるだろうけど」
「……待て、遺跡と言ったか? そこは立ち入り禁止になっているんじゃないのか」
「父上が私を止める為にそうしたわね。でも、遺跡⋯⋯いえ、『魔法師の迷宮』に侵入する手筈は整えてあるわ」
やはり『遺跡侵入禁止令』とは、アーリア王女を留めるためのものだったか。
というか『魔法師の迷宮』ってなんだ?
「もぐ、六大魔法師は隠遁した先で迷宮を作るそうですもぐ。冒険者はそこを、もぐ踏破したら財宝が貰えるのです」
俺が首を捻っていると、ゼラがケーキを咀嚼しながらそう説明した。
「迷宮……ダンジョン? なんで六大魔法師はそんな事を……。というか、お前もなんで知ってるんだ」
「ごくん。前にウイングから聞きました。六大なんちゃらの目的は私に聞かれても知りません」
「おお⋯⋯。初めて先輩らしい事を言ったな」
「私はいつでも先輩らしいです。失礼な男ですね」
まさか迷宮を踏破する必要があるとは。
俺はてっきり、『六大魔法師が次代に役目を継いで隠遁する』と聞いていたものだから、
『あーいらっしゃい。あ、魔法武器作ったんだけど、いる?』
みたいなのを想像していたが、そうでは無かったのか。
「そんな簡単に伝説の武器が手に入るわけないでしょう」
ゼラが俺の肩に手を置き、ふんと鼻を鳴らす。
「人の思考を読むな⋯⋯怖えよ⋯⋯」
まあ、その辺りは後でウェンディにでも聞けば、詳細は分かるだろう。
俺はゼラからアーリアに向き直り、口を開く。
「だが護衛と言っても、お付きの魔法師がいるんじゃないのか?」
「怪我をしてしまって療養中よ。流石に私一人では難しいから、こうしてお前たちに声をかけたの」
「なぜ、俺たちに? さっきも言ったが俺とゼラはシルバーランクで……」
「私の慧眼によって見定めたのよ。光栄に思いなさい」
……あまりにも胡散臭い。
「⋯⋯そこまでして、プライマルウェポンが欲しいのか?」
この世界の魔法を司る魔法師――それらが作った伝説の武器ともなれば、欲しがる人間は多いだろう。
だが、親――それも王様から止められてまで、それを欲しがるとは。子供が抱く冒険心と、一言に纏めるには異常ではないか。
「⋯⋯それは、お前には関係ない話よ。さあどうするの? この仕事を受ける?」
アーリアは毅然とした表情を変えないまま、俺に向かってフレイルを突きつけた。黄色の魔晶が目の前で揺れる――どうするのだ、とでも言いたげに。
「⋯⋯⋯⋯」
金貨五百枚――それだけあれば、間違いなくパティを治療できる。
しかし、このアーリアが本物かどうかはまだ不明。それに、侵入が禁じられている遺跡、迷宮に踏み込んだとなれば、サンドランド王国に罰せられるだろう。
だが――、
「その依頼、受けよう」
俺は右手の甲を魔晶に当てる。
マナが流れ込み、弱々しかった光は、鮮やかな黄色を取り戻した。
――残された時間は少ない。
リスクを取らずして、事を成せる状況ではないのだ。
「ありがとう。じゃあ、夜にまたここに来てくれる? あ、報酬は後払いよ」
「構わない。だが、もし嘘だった場合は相応の覚悟をしておけ」
「それは心配しないでもいいわ。クーリーヤの名において、必ず支払うわ」
俺は頷き、ゼラの手を引いてその場を後にした。
「良かったのですか、ウイングに相談しないで」
人混みをかき分けて宿を目指していると、ゼラが俺の耳元で言った。
「これから話をするさ⋯⋯事後承諾になるが」
「そうですか。でも、ウェンディが一緒に来てくれれば百人力ですね」
実は、一度宿に戻るのはそれが目的でもあった。
ウェンディは強い。
剣術の訓練をつけてもらっている時、俺もゼラも、彼女に一太刀たりとも当てた事が無いのだ。
それは対魔物にしても同様で、目にも留まらぬ剣さばきであっという間に魔物を屠る。
普段は優しく話好きのお姉さんだが、戦闘能力においては『自由の翼団』の中でも頭一つ抜けているのだ。
そんなウェンディが助力してくれるのであれば、『魔法師の迷宮』攻略は盤石だろう。
例え、何が待ち受けていたとしても。
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