仕事を探そう
***
翌日からウェンディは単体で、俺とゼラはペアで情報収集にあたった。ウイングは宿でパティの子守りである。
「情報収集といっても何をすればいいのでしょうか」
「とりあえず⋯⋯冒険者ギルドに行こう」
ウェンディは王城周りを調べると言っていたので、俺とゼラは別方面を調べるべきだろう。
さて、情報収集と言えども、なんの情報を集めるのか――端的に言えば、なぜ『遺跡侵入禁止令』が発令されたか。その理由を調べる事が主目的だ。
それが分かれば、遺跡に入るための裏道が見つかるかも知れない。というのがウイングの見解である。
ついでに、割りのいい依頼があれば受けてこいとのお達しだ。
「やはりこの白いヒラヒラを売るしかありませんね。今なら私を一生養える権利が付いて来ますよ」
「それを売った金でパティは治療する。お前は養わない」
「ワガママな後輩ですね」
「お前がいつも俺に要求している事だよ」
などと軽口を叩きつつ、サンドランド城下町を歩く。
プライマルウェポンの入手が絶望的とはいえ、このオームクロークがある。最後の手段が残されているからか、かなり気は楽だった。
ただ、ここで最善を尽くさないと一生ゼラの奴隷になってしまう可能性が高い。それは出来る限り避けたいので、時限が来るまではなんとしてでもプライマルウェポンの入手に尽力しなくては。
「まあ私はパティ子が治ればいいので、ご入用の際はいつでもどうぞ」
「それなら値引きしてくれてもいいぞ。十割引でどうだ」
「それではパティ子が得しても、私になんの得もありません。嬉しいことは分け合ってこその親友ですよ」
それでは俺が一方的に損するだけなのだが、ゼラの損得勘定の中に俺は含まれていないのか。
そもそも俺は友達ではなく搾取対象であるらしい。クソガキめ。
***
城下町の町並み、建造物は砂煉瓦を用いているのか白く、それでいて低い。
道端には簡単な柱と布を組み合わせただけの屋台が建てられており、果物や干し肉が並べられている。
「じゅるり⋯⋯」
「ほら、早く行くぞ」
それにつられそうになるゼラを引き止めつつ、冒険者ギルドへ辿り着いた。
全国チェーンの冒険者ギルド『カルディ』は、その土地によって建物の有様も変わるらしく、クインの町では石造りだったが、ここでは砂煉瓦造だ。
「人が多いですね」
ゼラの言う通り、ギルド内はかなり混み合っていた。
「遺跡の噂を聞きつけた人たちが足止めを食らっているんだろう。依頼が残ってるといいが⋯⋯」
クインの町は比較的穏やかな雰囲気だったが、こちらでは所々で罵声や言い争うような声が聞こえてくる。
「遺跡に行けねえってどういうことだよ!」
「こっちゃ噂を聞きつけてわざわざ東から来たんだぞ!」
ギルドの受付は混み合っており、とても割って入る事は出来なさそうだ。
「⋯⋯こりゃ情報収集って感じじゃなさそうだな」
「引き返して宿で休みましょう」
「アホ、こうなったらせめて依頼を受けるぞ」
「パティ子がウイングにいじめられている気配がします。すぐに戻らなくては」
俺は依頼書がまとめられたバインダーを手に取り、逃げようとするゼラを引っ張って隅へ移動した。
しかし、予想通りと言うべきか、バインダーの中身はスカスカで、受けられそうな依頼は少ない。
「シャーフ後輩、依頼に行くのは百歩譲って良いのですが」
「依頼に行くのは大前提だが⋯⋯なんだよ」
「このウインドダガー、最近
と、ゼラから魔晶がはめ込まれた短剣が差し出された。
これは俺がゼラに贈った魔法武器である。ウインドダガーなどと大仰な名前をつけた覚えはない。
「ああ⋯⋯ここに来るまでに結構使ったからか。待ってろ、いまマナを充填するから」
西大陸からここに至るまで、マナカーゴの運転が出来……任せられないゼラは、周辺の哨戒を担当していた。
魔物を見かけたら風の刃を飛ばして撃退、運転手は交代したら哨戒役に回り、ゼラは休憩――と。図らずも、俺の贈った短剣がこの強行軍に役立っていた。
最も、ゼラ以外はみんな魔法が使えるので、短剣を使っていたのはゼラだけである。ゼラもゼラで無駄に風の刃を乱射していたので、すぐに魔晶内のマナが枯渇してしまっていた。
「お前な、もっと大切に扱えよ。魔晶には使用限度があるんだぞ」
「大切に扱ってますとも。シャーフ後輩の分身だと思って使ってます」
「俺の分身を酷使するな」
小言を言いながらマナリヤに魔晶を当て、マナを充填する。
この作業もすっかり慣れたもので、輝きを失いかけていた魔晶は、すぐに緑色の光を湛え始めた。
「私はみんなの安全のために頑張りましたよ」
「ただのサボテンに向かって撃ってたのを、俺は見てたからな。サボテンさんが可哀想だと思わないのか」
「ああいう形の魔物だったかもしれないです。トゲを飛ばされたらひとたまりもありませんよ」
確かに、前世で実在した『ジャンピング・チョーヤ』という種類のサボテンは、そんな習性を持つらしいが、今はそういう話はしていない。
マナを充填し終えた短剣を鞘に納め、ゼラに手渡した。
「ほら、気をつけて使えよ」
「どうも……おや」
手から手に渡る瞬間、短剣がひょいと浮き上がる。
風魔法が暴発したのかと思ったが――。
「ふぅん。お前、マナ充填ができるのね」
そうではなかった。いつの間にか隣にいた人物が、短剣を取り上げたのだ。
フードを目深に被っているため顔は見えないが、声からして女性だろう。体格は俺やゼラと同等なところを見るに、子供かも知れない。
そいつは光を放つ魔晶を、値踏みするように顔の前に掲げている。
「それは私のです。返してください」
ゼラが手を出す。フードの女は片手でプラプラと短剣をぶら下げ、もう片手を顎に当てた。
「お前たち、見たところ冒険者?」
「そうだが、それはこいつの短剣だ。話はまず、それを返してからだ」
「あら失礼。冒険者、しかも子供が魔法屋みたいな事をしているものだから、珍しくて、ついね」
短剣が放られ、ゼラの手に着地する。ゼラはそれを腰のベルトに結い付け、俺の背後に回った。
「失礼な人ですね。シャーフ後輩、もっと言ってやりなさい」
「俺の後ろに隠れるなよ……それで、あんたは俺たちに何か用か?」
俺が訪ねると、フードの女は小さく『んー』と唸り、それから両手を叩き、言った。
「お前たちに良い仕事があるわ。そうね、ここじゃなんだから場所を変えましょう……ついてらっしゃい」
「いま忙しいから、他を当たってくれ」
俺が拒否すると、フードの女は『はぇ?』と間の抜けた声を出した。まるで、自分の誘いが断られるとは、露ほども考えていなかったようだ。
こんな怪しいのに構っていられないので、俺は引き続きバインダーを捲る。
「しょうがない……ゼラ、何でもいいから依頼をこなすぞ。ちょっとでも稼がないとだ」
「このサボテンフルーツ採取とかどうでしょう。私のサボテン捌きは中々のものですよ」
「やっぱりただのサボテンって分かってたんじゃねーか。お前がやったのはただの環境破壊だ、反省しろ」
「サボテンっておいしいのでしょうか」
と、フードの女を無視して話を進めていると、今度はバインダーが取り上げられてしまった。
フードの女はバインダーを捲り、バカにしたようにふん、と鼻を鳴らす。
「銀貨十数枚、金貨一枚……しけた依頼ね。私の仕事なら、そうね、報酬は金貨五百枚でどう?」
「……あのな、こっちは遊びでやってるんじゃないんだ」
大体、そんな高額の依頼書があるならば、この冒険者ひしめくギルドでは既に受諾されてしまっている。
だとすれば、フード女の言う『仕事』とはギルド無認可依頼。それも金貨五百枚などという高額、間違いなくイタズラだ。
俺とゼラが世間知らずの子供冒険者に見えたから、からかってやろうと言う性質の悪いものだろう。
一度拒否したくらいで退かない所を見ると、どうにもしつこそうだ。
一旦ギルドを出て、撒こう――そう考えていると、ゼラが先に立ち上がり、言った。
「話を聞かせてもらいましょう」
「何言ってんだお前……」
「むしろシャーフ後輩こそ、なぜにべもなく断るのです。金貨五百枚ですよ金貨五百枚。路銀も、パティ子の薬も、すべて賄えます。話を聞くくらいはしても良いでしょう」
しかし、あからさまにイタズラだと分かっているものに付き合うのは、時間の無駄だ。
「あのなぁ……」
反論しようとするも、しかし、フードの女は俺とゼラの腕を掴む。
「決まりね! ここはむさ苦しいから、静かなところで話しましょう! ついてらっしゃい!」
ものすごい力で引っ張られ、あまりの傍若無人さに反論しようとするも――。
「ケーキとお茶くらいご馳走してあげるから!」
「本当ですか。行きましょうシャーフ後輩。なんなら来なくてもいいので私が二人分食べます」
と、食べ物に釣られたゼラの乗り気に拍車がかかり、俺はギルドの外へと連れ出されてしまった。
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