ウイングと一緒に行こう

 ***



「⋯⋯何があったんですか」


 宿に戻ると、ウイングが床にうつぶせに倒れ、その上にパティが座っていた。


「……おう、戻ったか。いやな、パティ子が暇そうだったんで、馬になって遊んでやってたんだが」

「はあ」

「……意外と重くて」


 ……体力っ。


「んー、むうー!」


 パティはウイングの頭をバシバシと叩く。

 現在のパティはまるで幼児の様だ。しかし身体は十歳なので、幼児と同じように接した末路が今のウイングである。


「パティ子は続きを所望しています。ウイング、早く馬になりなさい」

「オレは団長だぞ……」

「ほらパティ、団長が潰れちゃうから……」

「やー!」


 俺が抱え上げようとすると、パティはその手から逃れる様にウイングから離れ、ゼラの後ろに回り込んだ。


「……はあ」

「助かったぜシャーフ……んで、どうだったよ?」

「ああ、はい。実は――」


 それに傷つきつつ、腰を擦りながら立ち上がったウイングに先程の事を話す。

 王女を名乗る少女から、魔法師の迷宮攻略を持ちかけられた事。その依頼を勝手に受けてしまったが、団の助力を頂けないかと。


「⋯⋯怪しすぎねーか? 」


 ウイングは苦笑した。


「まあそうですよね⋯⋯」


 それはそうだ。

 許可が下りないかと思いきや、ウイングは顎に手を当てて、うーむと唸る。


「だがまあ、お前さんが話す少女と、話に聞くアーリア王女の容姿は合致している。他に取っ掛かりがないのも確かだ。やってみてもいいが⋯⋯」

「が⋯⋯なんですか?」

「ウェンディはいねーぞ? 」

「あれ、まだ戻ってないんですか?」

「いや。お前さん達より先に帰ってきて、さっき出て行っちまったよ。なんでも大口の仕事を見つけたって言ってな」

「え、本当ですか? そうなると、俺だけで護衛か……」


 うーむ、アテが外れてしまった。

 こうなったら仕方がない、白い剣――ハルパーを使う事も選択肢に入れなければなるまい。

 あの剣は俺が死なないと出てこないので、一度、何らかの手段で自死する必要はあるが、その分威力は絶大だ。


「⋯⋯分かりました。じゃあ、俺とゼラで」

「おいおい、オレを忘れて貰っちゃあ困るぜ? つーかオレが行く。ゼラ公はパティ子のお守りをしてろ」

「は……団長が、ですか?」


 と、如何にして死ぬかを考えていると、なんとウイングが同行を申し出た。

 しかし、この人が戦っている所を見たことが無い。

 魔法は達者なようだが、先程の体力の無さから見て、果たして戦闘が出来るのか不安だ。


「お前さんの活躍をこの目で見ておかなくちゃあな! 安心しろ、魔法薬の在庫はたっぷりだ」

「ああ、そういう……」


 つまり、ネタ集めの為に現地取材がしたいという事か。

 元々、俺がこの団に置いてもらえるのは、そんな契約だったので断る事も出来ず、さりとて、ゼラよりは遥かに頼りになるのでありがたい。


「あとはまあ、なんかあった時にお前さんを抱えて逃げるくらいは出来るからよ」

「本当ですか⋯⋯?」


 パティを背中に乗せて移動するだけで疲れていたのに、信じていいのだろうか。

 ちなみに彼女の名誉のために補足すると、パティは平均的な十才児の体型である。


「つまり私は宿で休んでていいのですね」

「おう。パティ子を見ておけ。外には出るなよ? 王都とはいえ、あんま治安はよくねーからな」

「無論です。おみやげをよろしくお願いします」


 と言うわけで、ウイングと一緒に魔法師の迷宮攻略に臨む事となった。



 ***



「おー、そういや話したことなかったな」


 宿を出て酒場に向かう道中、ウイングに魔法師の迷宮のことを聞くと、そんな返事が返ってきた。


「これから挑むんですから、参考までに教えてくれますか?」

「迷宮っても、なんつったら良いんだろうな⋯⋯オレとウェンディが以前、オームクロークを取得した時は⋯⋯」


 ウイングはなにやら歯切れが悪い。


「覚えてないんですか?」

「うーん……なんつーかな⋯⋯オレとウェンディは、他の冒険者の一団に混じって迷宮に挑戦したんだが――」


 ウイングが語る。



 ***



 ――当時、東大陸を出たばかりの、十五歳のウイングとウェンディは、北大陸に魔法師の迷宮が出現したとの噂を聞き、その攻略に参加した。


 冒険者ギルドで仲間を募っていた一団に随伴し、

『手に入れたプライマルウェポンは売って、その金は頭割り』

 という契約内容だった。


 その迷宮は、北大陸の山中にある、天高くそびえる塔だった。

 はるか昔、女神信仰の教団が建てたらしいが、廃墟になって久しいと聞いていた。

 ウイングとウェンディと、それから冒険者団は、同時に中に踏み込んだが――。


 塔に踏み入った瞬間、ウイングとウェンディは真っ白な空間にいた。

 後ろを振り向いても、扉は消え失せている。

 辺りを見渡しても、武装した冒険者たちの姿はない。

 目がくらむほどの白い空間で、二人は顔を見合わせ、奥に見える、階段の上り口に目をやった。


 広く白い部屋の中で、退がる道はなく、進む道はそこしかない。

 意を決して階段を上り、そして――。



 ***



 語っていたウイングが言葉を切り、夜空を仰ぐ。

 その様子は、言葉に詰まっているように見えたので、俺は続きを促した。


「……そして、どうなったんですか?」

「覚えてねーんだ。気づけばオレとウェンディは近くの町にいて、手にはオームクロークを持っていた」

「はいぃ?」


 なんだそれは。迷宮がどんなものかを聞きたかったのに、そこを丸々カットされてしまっては、何の参考にもならない。

 しかも、冒険者の一団と報酬は頭割りと言っていたのに、『自由の翼団』の手元にオームクロークがあるという事は……。


「持ち逃げしたんですか? 悪い人だなあ」

「違げーよ。その町は冒険者連中の拠点でもあったから、オレとウェンディは待ったが……。一週間経っても、一か月経っても、誰も戻ってこなかった。十数人いた冒険者団の、誰一人として」


 背筋にゾッと悪寒が走る。

 出来そこないの冒険譚かと思いきや、なにやら怪談染みて来たぞ。


「その人たちは今も行方不明で……?」

「その後は合流を諦めて旅に出たからな、どうなったかは分からねえ」

「そうですか⋯⋯」


 それにしても、二人が当時十五歳ということは、十年前か。

 この世界の成人年齢が十五歳。ウイングとウェンディは成人してからずっと、三年前にゼラを拾うまで、二人きりで旅をしていた事になる。

 うら若き男女が、七年間も二人きりで。

 しかも特大級の美人であるウェンディと。


「⋯⋯本当に何もないんですか?」

「あン? だから覚えてねーって」

「いや、そうじゃなくて。団長は男ですよね?」

「オレが男以外の何に見えるってんだよ⋯⋯気色悪いな⋯⋯」


 とぼけているのか、それとも本当にそういう気が無いのか。飄々とした態度からは読み取ることが出来ない。


「オレん事はいいんだよ。お前さんはどうすんだ?」

「俺? なにがですか?」

「いやほら、パティ子が治ったとするだろ? そしたら両手に花だなあオイ?」

「パティとはそんなんじゃ……」


 そう、パティとはそういう関係では無い。

 あの日――村が焼け落ちたあの日。俺は最低な言葉と共に彼女を突き放し、傷を負わせた。

 あの時、パティの手を取って一緒に逃げていたら、こんな状況にはなっていなかったかもしれない。

 村人、クリス氏、アンジェリカ、パティ――色々なものを救おうとするには、俺の手はあまりに小さく、結果、多くを失ってしまった。

 きっと記憶が戻っても、パティは俺の事を拒絶するだろう。


「……オイオイ、いきなり暗くなんなっての」


 ウイングが俺の肩を強く叩く。


「……すいません」

「ま、パティ子が治ったらよ、少しばかりオレの地元でゆっくりしていけや。いきなり記憶が戻ったら大変だろうから、お前さんが支えてやれよ」


 そうか、パティの魔炎障害を治療するという事は、あの辛い記憶を甦らせる事だ。辛い記憶、心的外傷を負う可能性はある。だが、このままで良いはずも無い。

 俺が出来るせめてもの償いとして、パティが不自由なく生活出来るようになるまでは、傍に……いさせて貰おう。


「はい……!」

「いい返事だ! ま、オレも第四巻の執筆は大体済んだし、しばらくは腰を落ち着けるかねー」

「続きは書かないんですか?」

「あー……まあ、な」


 ウイングは歯切れ悪く、断筆宣言をした。

『レイン叙事詩』を書くのは、幼馴染であるレイン王へのあてつけであると語っていたが、一体どのような心境の変化なのだろうか。


「それはまた、どうして」

「ま、お前さん達との旅が楽しくて、クソッたれレインの事なんざどうでもよくなって来たって事にしておいてくれ」


 ウイングはそう言い、表情を隠すように帽子のつばを下げる。


「安心しろよ、『自由の翼団』は不滅だ。オレが腰を落ち着けたら、今度はお前さんが団長を名乗って良いぞ」

「ええ……そんな肩書はいらないんですが……」

「んだとコンニャロ。もっと有り難がれ」


 乱暴に肩を抱かれ、思わずよろめく。


「何すんですか、歩きづらいですよ」

「うるっせー、さっきパティ子を乗せたから腰にキテんだよ! 杖代わりになれ!」

「本っ当に体力ないですね!? 走り込みだけでも一緒にやります!?」

「いやじゃー」


 本当に表情が、機嫌がヒラヒラと変わる、羽の様なひとだ。

 でも、その視線は前を、未来を、希望を見据えている。


 俺は浮かんでくる笑みを噛み殺しつつ、その性分に随分と助けられていたのだと、今更思い知ったのだった。

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