サンドランド王都へ行こう
――女神ユノの降臨については、ウイングたちには話さなかった。
話したところで信じてもらえるかも怪しい。こんな小さな町の片隅で、胡散臭い占い師に扮した更に胡散臭い女神が現れた、なんて誰が信じるだろう。
さて、休養を取った『自由の翼団』は、翌々日から再び行軍を再開し、更に一週間後。
時刻は昼時、王都に近づくにつれ、道行く荒野は段々と舗装され始め、道路には他の行商や、冒険者が駆るマナカーゴも散見された。
「お……あれは……」
遠くの方に、高くそびえる塀の上から顔をのぞかせる様にして、ドーム状の屋根が見えてきた。あれがサンドランドの王城だろう。
しかし、様子がおかしい。王都に入る門の前で、徒歩の旅人やマナカーゴが長い行列を作っているのだ。検問か何かだろうか。
「団長、団長」
俺は片手で操縦桿を握り、もう片手で隣で寝こけているウイングの肩を揺する。
ウイングは浅い眠りから覚め、前方の行列を見据えると、軽く目を見開く。
「んあ⋯⋯おーおー、こりゃまたすげえ行列だな」
「王都に入るのに審査が要るんですか?」
「いんや、オレが前に来た時はそんな事は無かったな。法が変わったって事も考えられるが――」
ウイングは望遠鏡を取り出して目に当てる。
「……ひとつひとつマナカーゴの中を見て回ってるな。ありゃ、サンドランドの憲兵だ。見てみろ」
マナカーゴを停車させ、差し出された望遠鏡を覗き込む。
鎧を着た男たちが、王都に入ろうとする旅人や行商を検問していた。
「なんでまた……?」
「さてな。だが、穏やかな雰囲気じゃあねえな。ひとまず列に並ぶぞ」
俺は頷き、マナカーゴを行列の最後尾に着けた。
「シャーフ後輩、シャーフ後輩」
ゆっくりと進む行列にあくびを噛み殺していると、荷台からゼラが這い出て、俺とウイングの間に顔を出す。
「どうした? メシはまだだぞ」
「なにやら『お前は遺跡目的で来たのか』と聞かれています」
「は?」
ゼラは腕を伸ばし、ここから数百メートルは距離があるであろう、行列の先頭を指差す。
「……腹が減りすぎて幻聴が聞こえたんだな、可哀想に。俺の荷物袋に携帯食料があるから食っていいぞ」
「……ははーん、なるほどね」
しかしウイングはゼラの言う事を信じた様で、合点が行った様子で腕を組む。
「団長、こいつの言う事を信じるんですか?」
「ゼラ公は耳
「せっかく教えてあげたのに失礼な奴らです。食料は全て貰っておきます」
ゼラの頭が荷台へと引っ込む。
ウイングがそう言うのであれば、ゼラの耳の良さは信じても良いのだろう。
「応対はオレがするから、お前さんは運転に集中しろ」
「……はい」
そして一時間近く経っただろうか、ようやく俺たちの検問の順番になった。
憲兵がマナカーゴの前に立ち、両手を振って止まる様にジェスチャーする。
「止まれ、降りろ!」
ウイングは帽子のつばを抓み、御者台から飛び降りた。
「はいはい、いかがしましたかね?」
「王都へ来た目的を話せ」
「あっしらは東大陸に帰る途中でして、補給に寄らせてもらったんですよ」
芝居染みた口調でウイングが対応する。
どうやら、プライマルウェポン狙いで来た事は、伏せた方が良いと判断したようだ。なら、俺もそれに合わせよう。
「マナカーゴの中を見せろ」
「へいへい、どうぞどうぞ」
ウイングが男を伴い、荷台へと向かう。
「これは妻です。こっちの二人が娘で、御者台のは下僕でさあ」
なぜ俺だけ下僕設定なのか。まあ別になんでもいいんだが。
「…………」
「…………」
一言、二言会話を交わし、それから少ししてからウイングは御者台に戻って来た。どうやら通行許可が下りたようだ。
「……少し厄介な事になってんな」
「厄介な、とは」
「宿で話す。今は出せ」
頷き、マナカーゴを発進させようとした時、再び男が前方に立ち塞がった。
「⋯⋯待て! そこの下僕、仮面を外せ」
「……えっ、俺?」
「そう、お前だお前! 怪しい奴を王都に入れるわけにはいかん!」
俺だって、好きでこの仮面を着けているわけじゃあないのに。
まあしかし、男の言う事にも一理ある。俺の風体は客観的に見たら、かなり怪しいしな。
「……待て」
仮面を外そうとすると、しかし、ウイングに手で制された。
「……いやあすいませんね旦那! こいつときたら、顔に火傷を負っちまってて! 見せられたものじゃあないんですわ!」
「む……?」
ウイングは再び御者台から飛び降り、男の手に何かを握らせる。
男はそれを見ると、さっきまでの言葉はどこへやら、簡単に脇に逸れてしまった。
「……ならいい。とっとと行け」
「助かりまさあ⋯⋯行くぞ」
俺は無言で頷き、今度こそマナカーゴを発進させた。
***
夜になり、『自由の翼団』は城下町にある宿屋に宿泊した。
予定よりもかなり早く到着できたので、路銀にはまだ余裕があった。それでも節約のため、五人でひとつの個室だが。
「⋯⋯さて」
ウイングとウェンディは町へ情報収集に出かけている。俺も同行しようとしたが、断られてしまった。
今はパティとゼラと、部屋で二人の帰りを待っている状態だ。
「シャーフ後輩、そのプライマルウェポンとやらは、売ったらどれくらいになるのですか」
「さあな⋯⋯でも、金貨数百枚はくだらないんじゃないか」
なにせ、パティの治療のために必要な、最高級の魔法薬がそれくらいという話だ。
魔炎障害の進行も待ってはくれないし、悠長に構えてはいられないから、一攫千金を狙うしかない。
「私のこれは売れないんですかね。この白いヒラヒラは」
「ああ⋯⋯そういえば」
白いヒラヒラとは、プライマルウェポン『オームクローク』の事だ。
ウイングとウェンディが旅をしていた中で入手したものであり、現在はゼラが装備しており、そして今はパティがくるまって布団代わりにしている。
「いや、でもそれはお前のだろ」
「だからこそです。パティ子の為なら、こんなもの惜しくありません」
「ゼラ……お前……」
「金貨百万枚でどうですか」
「えっ、俺に請求するのか?」
こいつ、俺に一生たかる気か。
パティの為なら水火も辞さない覚悟はあるが、ゼラに寄生される事を考えると頭が痛くなる。
「…………それは最終手段だ。ゼラも防具が無くなったら困るだろう」
ひとまず保留だ。なあに、この南大陸でプライマルウェポンを入手できれば問題ないさ。
そう考えていると部屋の扉が開き、ウイングとウェンディが帰ってきた。
「うーす。やっぱり面倒くさい事になってたぜ」
「お疲れ様です団長、ウェンディも」
「ええ。夕飯がてら、情報の共有と行こうかしら?」
ウェンディは手に人数分の料理を載せたトレイを持っていた。どうやら宿屋内の食堂で調達して来たようだ。
「まず、プライマルウェポンの入手は難しそうだ」
「………………はい?」
意気揚々としていた俺は、その言葉に虚をつかれた。
***
また、ではあるが。
「ええとね、今この国では事件が起きていて――」
ウェンディ曰く――。
サンドランドは南大陸を統べる王国である。
南大陸は、マナ発生源から最も遠く、砂漠が大多数を占める為に他国よりも資源が少ない。
そんな厳しい環境でも、王――デゼルト・ザネ・クーリーヤは優れた為政で、この地に住む人々の支持を集めていた。
そして、デゼルト王には娘がいた。
アーリア・キネ・クーリーヤは、今年で十三歳になる。
この王女様が、『本当にデゼルト王の子供であるのか』と囁かれるほど、問題があるおてんば娘だった。
王位を継ぐための帝王学も学ばず、町に出ては冒険者ギルドに顔を出す。
魔法付与がされた
しかしその反面、王女が市井からの魔物討伐依頼を数多くこなしているのも事実。
自ら『砂漠の
そして今回、六大魔法師が隠遁したと言われる遺跡の出現。
伝説の六大魔法師が遺した魔法武器なんて代物に、砂漠の戦姫さまが黙って居る筈が無い――と国民は大いに期待を寄せた。
が、しかし期待と裏腹に、アーリア王女は動くことはなかった。
更に、サンドランド王国から『遺跡侵入禁止令』が発令された。
『遺跡はサンドランドの重要文化財であり、何人たりとも立ち入りを禁ず』との事だ。
六大魔法師が勝手に隱遁先にしているのは良いのだろうか。
そして、噂を聞きつけてサンドランドにやって来た、俺たちのような冒険者はみんな肩透かしを食らったのであった。
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