使命を受けよう

「⋯⋯悪魔ァ?」


 まあ神様がいるなら、悪魔がいても不思議ではないが、なぜその悪魔とやらは女神ユノと俺の通信を妨害するのか。


「ちょっとのっぴきならない事態になっておりまして。ご説明したいのですが、お時間よろしいでしょうか?」

「⋯⋯雑貨屋が閉まる前に、手短に頼む」

「すっかり冒険者ですねえ。それでは――」


 色々と疑問はあるが、黙って女神ユノの話を聞くことにした。


「実は貴方をこの世界に転生させたのには、ある目的があったのです」


 この世界でただ時間を潰していれば良かっただけではないのか。最初の契約内容と違う、これは詐欺だ。

 しかし神に人間の、しかも前世の法律が適用されるはずも無いし、口を挟んでも話が進まないので、ひとまず頷いて先を促す。


「この世界は魔法、そのリソースとなるマナが生活の大部分を占めているのは、この十年間で十分にご理解いただけたかと存じます」


 頷く。

 俺の生まれたウォート村は田舎の農村だったが、料理に使う火の魔晶や、マナカーゴのりものには必須である事は、ここ数週間で実感した。


「それでですねえ、実はそのマナの大元、発生源に問題が起きてまして⋯⋯」

「⋯⋯問題?」

「ええ、まあ端的に申し上げますと、寿命。ガタがきてます。貴方も見たでしょう? 普段とは違う周期で、光の柱が立ち昇ったのを」


 確かに見た。ウォート村が襲われる直前、北の空に光の柱が上がった。


 ガタと聞いて、俺は『弁』を想像した。

 マナを生み出す『何か』を制御している弁が緩み、意図せぬタイミングでマナを放出してしまった、といったところだろうか。


「つまり⋯⋯俺を転生させたのは、はなから問題を解決させるためだったのか」

「はい!」


 女神ユノは悪びれる様子もなく、俺の問いに対して肯定した。


「当初は貴方が成人になったら、その頃には周りの女性からはモテモテになってて、調子に乗っている貴方がノリノリになるような神託を下すつもりでした。『選ばれしものよ……』てな感じで! その為に顔も良くしましたしー、魔法の才能も最上級のものを与えましたしー。まあその計画はご破算になったわけですが」

「⋯⋯御託はいいから、要点だけを話せ」

「ええ、それでですね、貴方にはそのハルパーを持って、北のマナの発生源へ向かって欲しいのです」


 ハルパー、宝剣ハルパーは、俺の右手に宿った白い剣だ。

 死んだ時に、いわばリスキルを防ぐ為に現れる最強の剣、というのが俺の解釈であったが、『マナの発生源』を延命する用途が、本来のものだったようだ。


「……北のマナの発生源、そこに何がある?」

「そこには『母の心臓』があります。貴方はそれに、ハルパーを突き立てるだけで良いのです。簡単でしょう?」

「簡単と言うが、悪魔とやらが妨害してくるんだろう? なぜそいつは邪魔をするんだ?」

「その『母の心臓』は彼らにとって、喉から手が出るほど欲しいからです。この世界から持ち出そうとしているんですねえ」


 ちょっと待てよ……大体、そんな危機が迫っているのであれば、神様の力とやらでどうにかすればいいんじゃないのか。


「なぜ、俺にやらせる? そんなもの、お前たち神様がパパッと済ませれば良いだろう」

「ヒトの営みに手は出せない規則なのですよう。それにこれは、この世界の存続を判定するプログラムでもあるのです」


 プログラム⋯⋯?

 なんだそれは。俺はこの世界の不具合バグを取り除くためのワクチンとでも言うのか。女神ユノに怪訝な視線を送ると、彼女は頷いて話を続けた。


「ご説明しましょう。およそ千年前、我々は『母の心臓』をこの世界にもたらし、人々にマナリヤを授けました。そこから世界は神の庇護を離れ、魔法によって繫栄して行きました。なればこそ、マナの問題は人の手によって解決されるべきである……それが我々神々の見解です」

「お前たちがもたらしておいて、勝手な理屈だな。それに、お前が転生させた俺は、神の手の内に入るんじゃないのか」

「そこはそれ。私達も一つの世界が滅びるのは本意ではないので、こうして微力ながら、規則に抵触しない程度にお力添えしているのです」


 本っ当に胡散臭い。そんなものは、神様連中の匙加減じゃないか。


「貴方のような別世界からの転生者は、この世界を客観的に、俯瞰視点から見れる立場にあります。ゆえに、このプログラムに抜擢されたのです!」

「だからなんだと言うんだ。俺は世界をどうこうできるほど偉い人間じゃない。それにもし俺が、こんな世界はどうでもいいと判断したらどうする」

「その時は、失敗と判定してハルパーを剥奪し、また別の転生者を連れてくる手筈ですねえ」


 なんだ、じゃあ別に俺がやらなくても良いんじゃないか。

 安堵していると、直後、女神ユノはとんでもない事をのたまった。


「ただ⋯⋯このプログラムは数回に続けて失敗していて、『母の心臓』は限界に達しています。貴方がやらないと、この世界は破滅してしまうでしょう」

「は……?」

「貴方も、この世界で大切なものが出来たようですし――」


 女神ユノは言葉を切り、俺が歩いて来た方角――宿屋の方を見やる。


「――それを守る為にも、力を貸して頂けませんかね?」

「脅しているつもりか⋯⋯!」

「とんでもありません! 私はヒトの営みに直接干渉することは出来ませんから、人質に取るなんて事はしませんよう。逆に言えば、貴方の愛しい幼馴染や、探し人に手を貸すことも出来ないわけですが。どちらにせよ、貴方がやってくれないと、この世界はぜーんぶ破滅ですよう?」


 という事は、神の奇跡とやらでパティを治療したり、アリスター、ノット、サム、アンジェリカと再会する事は出来ないのか。それを交換条件に使命を飲んでやろうと思ったが、そうもいかないようだ。


 俺は――頷くしかなかった。


「⋯⋯期限は? いつまでに、それをすればいい?」

「天界の見立てですと、『母の心臓』の限界はあと二十年ほど。貴方が三十歳になるまでに、ですね」

「三十年……じゃあ、天界の空きが云々って話もウソか」

「いえいえ、それは本当ですとも。今も、なんば線快速急行の尼崎から西九条間くらいは」

「関西の通勤ラッシュ事情には明るくない」


 なんにせよ、やるしか無さそうだ。そうしなければパティを治したとしても、幼馴染を、アンジェリカを探し出したとしても、全てが水泡に帰してしまう。


「……だが、俺はまずパティを治療して、幼馴染と姉を探し出す。使命とやらを果たすのは、それからでいいか?」

「ええ、ええ。それで良いですとも! ああ、でも――」


 女神ユノが立ち上がると、水晶玉とテーブルが、まるで幻影のように消え失せる。


「あまり詳しい事は言えませんが、早めに使命に向き合えば、その分お姉さんとの再会が早まるかもしれませんよ」

「は……? どういう事だ?」

「では、よろしくお願いします。また奴らの隙を見て、お伺いしますね――」


 そして本人の体も、俺が止める間もなく消え去ってしまった。

 俺が立ち上がると、今まで座っていた椅子も消えてしまう。


「アンジェリカも、北に……?」


 しかし、使命か⋯⋯まあ、頭の片隅にでも入れておこう。

 今はまず、パティの治療が最優先だ。それが叶わなかったら、俺がこの世界に執着する理由が無くなってしまう。


「北……北大陸……イーリス国……」


 そして、今の話を聞いて、ひとつ思い当たる事があった。


「イーリスの英雄、アレン⋯⋯」


 女神ユノは『存続判定プログラムは失敗続き』だと言っていた。


 不死の肉体と、最強の剣を持つ英雄。

 全ての魔法に適性を持つ、白いマナリヤの転生者。


 そんな傑物かれも、失敗したのだろうか。

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