Chpter.3 砂漠の地で

南大陸を渡ろう

 南大陸に進出した『自由の翼団』は、荒野を走っていた。ヴァロー峡谷と同じような赤土の大地で、所々に多肉植物が群生している。


「そうそう。しっかり操縦桿そうじゅうかんを握ってな。こっちのペダルが発進、こっちが後退な」


 俺はというと、マナカーゴの操作を習っていた。

 クインの町で大量の食料や水、その他物資を買い込んだはいいが、王都サンドランドまで持つかはギリギリ、というのがウイングの見解である。

 よって、俺とウイングとウェンディの三交代でマナカーゴを走らせる事により、少しでも早く、消耗を抑えて到着しようという目論見だった。


「ゼラには教えないで良いんですか?」

「団で心中したいなら、それもありかもな」

「あ、すいません何でもないです」


 マナカーゴの仕組みとしては、操縦桿から炎と水の魔晶にマナを注入し、蒸気タービンを動かし、車軸を回転させるらしい。


 魔法的な力で動いていると思ったが、意外と機械的だった。いや、魔晶を使っている時点で魔法的ではあるが。


 閑話休題。

 南大陸は広大な砂漠を有する。しかし砂漠とはいえ、砂丘のような砂砂漠すなさばくは少数で、大凡おおよそが岩石砂漠である。

 おかげでマナカーゴも車輪を取られる事なく、西大陸を発って一週間、予定よりも多くの距離を移動できた。


 基本的に寝食はマナカーゴ内での野営であるが、絶え間なく移動する車内での車中泊は、身体にガタが来る――という事で、その日はちょうど村に着いたこともあり、久々に宿を取る事になった。



 ***



 辿り着いたのは、木の柵に囲まれた小さな村だった。

 行商や冒険者が、西大陸からサンドランド王都へ向かう際の休憩地点的役割を持つ村らしい。


 そのおかげか、以前ウェンディから『南大陸は排他的』と聞いたことがあった。

 しかし流石に、他国人を相手に商売をする場所の宿屋は門前払いをするような事はなく、無事に部屋を取れた。


「ああもう、髪が砂まみれ。ゼラ、パティちゃん、いらっしゃい。お風呂に入りましょう」

「口の中がザリザリします。これが砂を噛むというやつですね」

「んー⋯⋯むー⋯⋯」


 女性陣は這々の体で宿内の風呂へ向かった。

 風呂は一つしかなく、時間帯で男女が分かれている。


「ちょうど半分ほど移動できた事になるな。今日明日はこの宿で休んで、また移動再開だ」


 ウイングは部屋の隅に置かれた机に向かい、広げた地図と睨めっこし、羊皮紙に何かを書き込んでいる。

 俺は、ベッドに寝転びながらその様子を眺めていた。


「⋯⋯ん?」


 視線に気づいたウイングが振り向き、ニカッと笑い、親指で女性陣が出て行ったドアを差す。


「ゼラ公、覗きにいかねーのか?」

「アホですか⋯⋯」

「んだよ、最近ゼラ公と仲良いから、デキてんのかと思ったぜ?」

「団長⋯⋯眼球取り出して丸洗いした方が良いですよ」

「エグいこと言うなよ……あいつ、いつ見てもお前さんがあげた短剣の手入れしてんぞ」


 それは、俺が『壊したり失くしたら次はないぞ』と口を酸っぱくして言い含めたからである。勝手な決めつけに少しばかり腹が立ち、俺は反撃する事にした。


「団長こそ、ウェンディの風呂を覗かなくていいんですかー」

「あ? なんでだよ」


 なんでだよ、と来たか。


「なんでだよって……」


 今まで、ウイングとウェンディの関係については言及したことが無かった。

 しかしこの二人、ゼラを拾うまでは、二十代の男女が数年間一緒に旅をしていたのだ。

 幼い頃からの付き合いでもあるようだし、浅からぬ仲ではあるだろう⋯⋯というのが、俺の下世話な推測である。


 ……しかし、『なんでだよ』と来たものだ。

 もう見慣れてるから見る必要がないという意味なのか、それとも単純に興味が無いのか。


「⋯⋯恋人とかじゃないんですか?」

「ははっ、マセてんな。オレは弱みに付け込んで、あいつの剣を使わせてもらってるだけさ」

「弱み⋯⋯手首の怪我、でしたっけ」

「そうそう。いやーあん時は痛かったぜ。手首が取れたかと思ったわ」


 幼少の頃、ウェンディがウイングに怪我をさせてしまったという事件である。

 しかしウェンディは気に病んでいる風ではないし、ウイングも冗談めかして喋るから、多分そこまで深刻に捉えてはいないのだろう。


 それに、たかが、と言ったら不謹慎かもしれないが。

 たかが幼い頃の怪我の償いだけで、男との二人旅に同行するだろうか。

 そこに特別な感情が無ければ――。


「オラ、ニヤニヤしてねーで寝てろ。書き物するのに気が散るわ」

「本の執筆ですか」

「いや、手紙だ」


 ウイングは再度机に向き直り、羊皮紙にペンを走らせた。

 外から響く風の音、ペン先が擦れる音が部屋の中を静かに満たし、さりとて眠る事もできず、俺は再び口を開いた。


「⋯⋯団長はなぜ、『レイン王』の物語を書くんですか」


 気になっていた事だった。なぜ、ウイング自身やウェンディの活躍、冒険譚を、ウィンガルド王国のレイン王のものとして発表しているのか。

 ウイングはペンを動かし続けたまま、振り返らずに答える。


「オレとレインは幼馴染なんだ」

「は⋯⋯王様と?」

「そ。ついでにウェンディもな」


 これはまた、意外な事実が判明した。

 なんとなく、その多才さから良家の出身なのだろうと思ってはいたが、まさか一国の王様と幼馴染だとは。


「ガキの頃、オレとウェンディが通っていた道場にレインが来た⋯⋯その頃はまだ王子だったか。で、仲良くなって、将来は一緒に冒険者になろうぜって約束した」

「でも⋯⋯」


 当然ながら、『自由の翼団』に六人目の団員は、いない。


「ああ。オレが怪我させられて入院してる間に、レインは道場から出て行った。時が経って、気づけば王様になっちまって、簡単にお目にかかる事も出来なくなっちまった」


 ははあ、なるほど。

 つまりウイングは幼い日の約束を、自分なりに果たそうとしたのだ。

 王位を継承し、自由に動くことが叶わなくなったレイン王のために。彼自身にも冒険気分を味わってもらおうと――。


「――とか思うだろ? 残念、違うんだな」


 と、ウイングは俺の考えを見透かし、くっくと肩を揺らして笑った。


「あてつけだよ。あの王様と来たら『約束守れなくてごめん』の一言もねえんだぞ? だから、楽しく冒険している所を、本という形で自慢してやってんだ」

「あてつけって⋯⋯。王様に対してそんな⋯⋯」

「あいつの悔しがる顔を想像するだけで、オレはいくらでも旅への活力が湧いてくるね、ハッハー!」


 器が大きいのか小さいのか、よく分からない団長だ。軽い口調からして、それも冗談なのかもしれないが。

 本当にヒラリヒラリと、名前の通り羽の様な人だ。


 しかしレイン王は、そんな嫌がらせのような本に対して、刊行許可を出している。


 幼き日の友への贖罪か、それともそんな事はとっくに忘れていて、誰がどんな本を出そうがどうでも良いと思っているのか。

 推し量る事は出来ないし、俺などに踏み込む権利は無い。


 約束⋯⋯約束か。


「やっぱり約束を破られたら、良い気分にはなりませんよね」

「なんだなんだ? ゼラ公と結婚の約束でもしたのか?」

「なんでくっつけたがるんですか⋯⋯そうじゃなくて、姉と約束をしていたんです」


 その為に貯めていた金を、パティの為に使っている。前を向くと決めた以上、それを恥じる事はしないが、心の隅から自己嫌悪が染み出すのは止められない。


 アンジェリカと遠くへ逃げる。

 パティとは一緒にいられない。

 そう決意していたのに、今は優先順位が真逆になってしまった。


「約束の中身までは知らねえし、聞かねえが、お前さんの姉さんはオレみたいにひん曲がった性格なのか?」

「まさか。清廉で、清楚な自慢の姉ですよ。比べる事すらおこがましい」

「蹴るぞ。⋯⋯まあ、なら大丈夫だろ。ガキ同士の約束を引きずるバカなんて、オレくらいのもんだ」


 ウイングの言葉は気休めでしかなかったが、しかしそれで気が休まってしまう俺も単純であった。


「さってと」


 いつの間にかウイングは手紙を書き終えており、封をしたそれを持って立ち上がった。


「オレは行商に手紙を預けてくるから、お前さんは⋯⋯覗きに行ってこい!」

「行ってらっしゃい。そして行きません」


 ウイングは笑い、いつものように手をヒラヒラと振りながら部屋から出て行った。

 静かになった部屋。次第に睡魔がやって来て、俺はそれに抗うことなく瞼を閉じた。



 ***



 夜は各自、村の外へ出ない程度に自由行動することになった。

 俺はさっと風呂に入り、仮面と外套を着けて宿の外へ。


 冒険者向けの食料品や雑貨を扱う店があるので、ウイングから渡された買い物メモを片手に物資の補充に向かう。


「そこのお方⋯⋯」


 歩いていると、突然声を掛けられる。

 声の主は家屋と家屋の間にいた。フードを目深に被った、怪しげな人物だ。

 その人が腰掛ける小さなテーブルには、幾何学的な紋様が刺繍されたクロスがかけられており、その上には水晶玉が載っている。まるで占い師のような様相である。


「占って行きませんか⋯⋯」


 俺はテーブル前の椅子に腰掛け、腕を組んだ。

 占い師は頷き、水晶玉に手をかざす。


「では占わせていただきます。むむむ⋯⋯見えます、あなたには世界の命運を左右する、大きな使命が⋯⋯」

「いや、あんた女神ユノだろ。何やってんだこんなところで」

「⋯⋯!?」


 占い師は驚き、顔を上げる。


「なぜ⋯⋯神聖さは隠していたはずですのに!」

「俺は、一度聞いた声は忘れないんだ。営業職でまず最初に『顧客の声と顔を一致させろ』って叩き込まれたからな」

「そんな前世の特技を無駄に披露されましても⋯⋯ええまあ、私は女神ユノです」


 占い師はあっさりと認め、水晶玉をパシンと叩いた。

 今まで、女神ユノが俺の前に姿を現したのは、この世界に連れていかれる前だけで、それ以降は心の中に直接語りかけて来ていた。

 それがいきなり、こんな変装までして現れたのに驚きはしたが、特になんの感慨も湧かなかった。

 俺の中で、この女神様への畏敬の念というものは、既に残っていなかった。


「お久しぶりですね明日葉様、ああいえ、シャーフ・ケイスケイ様ですね」

「ああ。何の用だよ」

「いえね、何回か通信を試みてたのですが、連中の妨害に遭ってなかなか成功しなかったので、こうして直に降臨したという次第なんです」

「⋯⋯? たまに語りかけて来てはいただろ?」

「アレは貴方が死んだ時、魂が天界に近くなってて、妨害の外でお話することが出来てたんですよう」


 よく分からないが、今まで俺が死んだ時に語りかけて来たのはそういう仕組みらしい。


「待て、妨害妨害って言うが、一体何の勢力がそんな事を⋯⋯」

「いやですねえ、神様と敵対する勢力と言ったら、相場が決まってるじゃないですか」


 女神ユノは両手の人差し指を立て、自分の頭に当てる。

 あたかも、鬼の角を模すかのように。


「悪魔、ですよう」

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