Extra Chapter

ある酒場にて

 グラスランド城下町。

 薄暗い酒場の隅の席で、一人の男が酒を飲んでいた。男の他には客はおらず、店員の姿すらも無い。


 男の顔立ちはまだ二十代前半といったところだが、肩まである黒髪の所々には白髪が混じり、更に目の下に深く刻まれた隈が、実年齢を不詳にさせていた。


 男の名はテュフォン。

 反王政派組織『インフレイムス』を率いるリーダーであり、ウォート村の襲撃を企てた張本人である。


「⋯⋯⋯⋯」


 グラスを空けたテュフォンが二杯目を注ごうとした瞬間、酒瓶が取り上げられる。顔を上げると、そこには全身に鎧を着込んだ偉丈夫が立っていた。


「よう旦那、飲んでんな」


 狼の頭部を模した、厳しい兜を被った男。その表情は見えないが、その声は陽気な調子であった。


「マルコか。ここに顔を出すなと言ったはずだが」

「固いこと言いっこなしだぜ。ひと仕事終えたんだ、ご相伴に預からせてくれよ」


 鎧の男――マルコは返事を待たずに、テュフォンの隣の席に腰掛ける。

 テュフォンは眉間に皺を寄せ、しかしそれを咎めることはなく、マルコの手から注がれた酒を呷る。


「なあ旦那、次は誰を殺せばいい?」

「しばらくは、お前の出番はない」

「でもよう、あの村も生き残りがいるんだろ? 探し出してぶっ殺した方がいいんじゃねえのか?」

「僕はケイスケイを殺せとだけ命じた。村一つ滅ぼせなどと誰が言った」

「お、そうだったか? 『ケイスケイ領丸ごと殺せ』と勘違いしてたぜ。まあ変わんねえだろ、一人も二人も百人も」

「⋯⋯⋯⋯」

「つーか旦那よ、アンタ、この世界が憎いんじゃ無かったのか?」


 マルコが兜の面頬めんぽおを上げ、酒瓶をラッパ飲みする。兜の奥の顔は、酒場の薄暗さが手伝い、闇に包まれていた。


「⋯⋯憎いさ。だが、この世界は彼女で満ちている。彼女で構成できている。忌々しくもあるが、それを美しいとも思う」

「げっぷ⋯⋯よくわかんねえ。旦那の言うことは相変わらず、びた一文わかんねえ。酔ってんのか?」


 テュフォンは静かに目を伏せ、グラスをテーブルに置いた。


「分からなくとも良い。僕もお前もただ、成すべきことをなすだけだ⋯⋯何度失敗しようと、成功するまで繰り返すさ」


 グラスを置いた右手――その手背には、マナリヤがあり、それはまるで夜空のような黒色だった。


「繰り返す、ね。その度に呼ばれて、こっちゃあ忙しくてたまんねえ」

「それは申し訳なく思っているさ。奴等は、僕がいる場所をすぐに嗅ぎつける」

「あいつら周囲のことなんざ関係ねえからなあ。なんだっけか、前々回だかは、山ひとつ吹き飛ばされたんだったか」

「ああ、西大陸のカームという村だな。僕がいたという痕跡ごと消え去ってしまった」


 テュフォンは忌々しげに、そして何かに想いを馳せるかのように、瞑目する。

 その様子を見たマルコは面頬を下げ、肩を揺らして笑った。


「知ってるか? あんたが生まれて、奴等に殺されてって繰り返してたら、繁栄と破壊をもたらす子供が生まれるって伝説になってるぜ」

「⋯⋯デモニック・ボーンというやつだろう。冗談にもならない」


 マルコは「違いねえ」と笑い、席を立つ。


「もうここには来るな」

「へいへい⋯⋯ああそうだ、旦那」

「なんだ」

「村を襲った時よう、白い剣に、白いマナリヤを持ったガキを殺したんだが、そいつの死体は見つかってねえらしいぜ」


 マルコがそう言い、酒場の扉を潜ろうとした瞬間、背後から夥しい量の殺気を浴びせかけられた。


「⋯⋯!」


 それを受けた鎧の男は身を震わせる。恐怖ではなく、歓喜で。


「へへっ、やっぱあんたはそうでなくちゃな」

「何故黙っていたか、とは聞くまい。お前の性格は承知しているからな」

「そりゃどうも」


 マルコはテュフォンを振り返る。

 薄暗い酒場、その隅は暗がりになっており、テュフォンの表情は見えない。


「お前のことだ、どうせそいつがどこにいるか、目星はつけているのだろう」

「ああ。一応あんたの意見を伺っておこうと思ってな。で、どうするよ?」


 闇の奥から放たれた言葉は、黒い感情に満ち溢れていた。


「知れたこと――殺せ」

「了解⋯⋯!」


 兜の奥からギチ、と歯軋りが響く。

 鎧の男は歯を噛み締め、笑いを堪えながら踵を返し、店から出た。


 そして、向かう先は――南。

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