冒険者修行をしよう

 ***



 その翌日から、本格的な剣術の訓練と、ウェンディに同行しての冒険者稼業が始まった。


 毎日のルーティンは、こんな感じである。


 まず朝。


「よーしパティ子、今日はオレがご本を読んでやろう! レイン叙事詩って知ってるか?」

「ん、むー⋯⋯?」

「な、なんで不満げなんだよ!? 面白いぞー?」


 と、パティの面倒はウイングが見てくれている。

 それを横目に、草原の上で剣術の訓練が始まる。


「――始め!」


 まず体力作りのために走り込み。それが終われば、木剣でゼラと打ち合いをする。ウェンディの指導は厳しく、特にゼラがよく叱られた。

 このままではやる気を失くしてしまうのでは、と冷や汗をかいたが――。


「うん、動きはゼラの方が疾いし、キレがあるわね」


 なんとウェンディ教官は、ゼラの方が上と評価を下した。

 確かにゼラはすばしっこい。まるで獣の様な俊敏性だが――俺は軽くショックを受けた。


「ほう。私がシャーフ後輩より上ですか。そうですか。ふむふむ。ふうん」


 そこで調子に乗らなかったらゼラではない。俺の方も、こいつに負けてなるものかと躍起になり、結果、お互いのやる気に火を着けた。

 もはやこいつが女児である事も忘れ、打ち合いが終わるころには、お互い打ち身や青痣だらけになっていた。


「攻撃を短剣で往なした後、二人とも追撃の手が甘いわよ。体勢を崩した相手の急所を狙う事を心がけて。かといって防御にだけ回っていてはお見合い状態から動かなくなるから、攻撃の際は隙のない一撃を⋯⋯」


 疲れ果て、草原に倒れ臥す俺とゼラの頭の上から、滝のようにウェンディの講義が降ってくる。


「ただしこれは対人戦に限った話ね。魔物を相手取るのはまた話が違ってくるわ」

「ぜぇ、ぜぇ⋯⋯」

「そこで、昼からの特別メニューよ。お金稼ぎも兼ねて、ね」


 そして日が昇る頃にはクインの町に向かう。


「サラマンダー討伐を。ああ、この子達も随伴させるわ」


 ウェンディの仕事に同行させてもらい、ウイングが駆るマナカーゴに乗って、魔物のいる場所へ。


 道中、ウェンディから語られる魔物の特性、対処法を頭に叩き込ませて、討伐に臨む。

 真剣は木剣に比べて重く、しかし、これを使いこなさなくては命に関わる。


「あのトカゲでかくないですか無理じゃないですか死にますよ」

「や、やるしかないだろ! 逃げるなバカ!」

「危なくなったら助けるから、全力を尽くして戦いなさい!」


 及び腰になるゼラを引き止めながら、火を吐く大トカゲと死闘を繰り広げる。

 髪に火が着いたゼラを水魔法で消火したり、頭から齧られそうになった俺をウェンディが助けてくれたりと――なんとか討伐し、這う這うの体でクインの町へ戻る。


「ゼラ、防御がプライマルウェポン頼りになっているわ。いくら火を散らしてくれるとはいえ、今日みたいに髪の先端は無防備だし、魔物には牙や爪もあるのよ。それからシャーフ、あなたは窮地に陥ると、すぐに魔法に頼る癖があるわ。冒険者的にはそれが正しいけれど、今は剣を修めんとしているの。もう少し、剣で状況を打開するよう心掛けましょう。そうね、今日のサラマンダーを例にとると――」


 と、酒場で夕食を摂りながら、反省会が開かれる。

 その頃には俺もゼラも、朝よりも更に疲れ果て、なかば寝ながらそれを聞いた。


 その後、ギルド内にある冒険者用の風呂で汗を流し、町の外のマナカーゴまで戻り、ゼラは倒れるように就寝。

 しかし俺の一日はまだ終わらず、ウイングから魔法の授業を受ける。


「どうだ、あのオバサンは厳しいだろ?」

「……団長、ウェンディの事をオバサンって言いますけど、まだ二十五ですよね?」

「あーそれはアレだ、精神年齢的な。な?」

「なるほど、団長の方が子供だと」

「テメ、言うようになったな。ほれ、手が止まってんぞ」


 ウイングに頬をつねられる。俺は眠い目を擦りながら、乳棒にゅうぼうを握る手を動かす。


 いま教えて貰っているのは、魔法薬の作り方だ。薬草などの素材は、依頼で稼いだ金で、クインの町の雑貨屋で購入した。

 パティに投与したものほど上等なものでは無いが、それでも打ち身や青痣には効いてくれる。


「オメーはどんな魔法も使いこなしちまうからなー。オレが教えられるのはこれくらいだ。全く可愛げのない生徒だぜ」


 と、以前ウイングから貰った魔法書の中身だが、なんと俺は全て使うことが出来た。女神ユノが言っていた『魔法の才能』は伊達では無かったという事だ。


「薬草の品質も目利きできるようになっておかなきゃな。あと調合に使う水だが、水魔法のは使うなよ。マナ中毒になるからな」

「はいっ……! これ、結構疲れますね……!」

「ははっ、そのうえ、味は最悪と来たもんだ! ハチミツでも入れられりゃいいんだがなー」


 俺とゼラは翌朝にこれを、苦い顔をしながら飲み干し、そして訓練に臨む。

 ゼラは相変わらず無表情ではあるが、『おげえぇっ』と呻く。


「ほれ、口より手を動かせ!」

「ふぁい……!」


 粉末にした動物の角や薬草を、少しずつ水を加えて混ぜ合わせていくと、すり鉢の中でどんどん重くなっていく。

 泥のようになったそれを、布に包んでし、抽出した液体を火にかけ、煮立たせる。温度が一定を保つよう、魔法の火を絶やさないよう集中する。


「煮沸すれば不純物が完全に消え去る。あとは冷やして完成だ」


 ようやく魔法薬が完成する頃には、腕が乳酸漬けになってしまっていた。

 ウイングがすり鉢の中身を薬瓶に移し替え、灯りで照らして出来栄えを精査する。


「ふんふん、二級品ってとこか。まあ、こればっかりは素材の質に左右されっから仕方がねえ」

「ふあぁ⋯⋯いくらかで売れますかね?」

「まあ、銀貨数枚にはなるかね。だが販売ルートも持ってねえのに道端で売ったら、商人ギルドから目ェつけられるからやんなよ」

「御教授、ありがとうございました……」


 ウイングに背中を叩かれ、俺はフラフラの足を引きずりながらマナカーゴに向かう。

 中々に辛い日々ではあるが、それでも――。


「……ん!」

「パティ……」


 マナカーゴの傍らに、パティが立っている。

 その手には、蒸かしたトウモロコシを握って。


「ありがとう。パティ、あの……」

「⋯⋯ん!」

「あっ……ああもう……」


 パティは俺にトウモロコシを渡すと、すぐに車内に引っ込んでしまう。

 恐らく、ゼラから俺を労わる様に言われたのだろう。ただそれだけの事で、あちらが俺を避けている現状に変わりはない。


 ない、が――。


「……よし! 明日も頑張るぞ!」


 トウモロコシに齧りつく。とても甘い。

 たったそれだけの事で、俺は明日への活力が、まるで間欠泉のように噴き出してくるのだった。



 ***



 そんな日々が続き、一週間ほど経った。


 慣れ、更にいうと子供の体力とは恐ろしいもので、一日を終えてもまだまだ余力を残すようになっていた。

 ゼラは相変わらず文句は垂れるが、夜にはパティとじゃれあうくらいには余裕を見せていた。


 冒険者稼業は、俺とゼラはシルバーランクに昇格し、魔物退治の依頼も受けられるようになったので、改めて二人組での活動となった。


「シャーフ後輩はズルいです」


 依頼をこなした帰り、ギルドの酒場で夕食を摂っていると、ゼラがそんな事を言い始めた。


「は? なんだいきなり……報酬は半分ずつって決めただろ?」

「今日の魔物退治です。魔法が使えるのはズルです」

「いや、俺があそこで魔法を使わなかったら、二人とも危なかっただろ。それがズルって……」

「私も魔法使ってみたいです。ボーンって炎とか飛ばしてみたいです」


 ……とは言うものの、ゼラにはマナリヤが無いのだから、それは叶わない願いだ。

 これは俺も悪かったな。魔法が使えない子の前で、無遠慮に魔法を連発しすぎていたかもしれない。


「……じゃあ、俺も魔法は使わないで、剣術のみで戦う。これでズルじゃないだろ?」

「それは魔物退治の危険が増すので却下です。私も魔法が使えるようにして下さい。それで解決です」

「無茶を言うな⋯⋯。じゃあこうしよう、お前が魔法名を詠唱すると同時に、俺が魔法を放つ。ほら、これで魔法が使えた気になれるぞ」

「それじゃなんの解決になってませんバカ。聞き分けのない後輩は、パティ子に無視するように言っておきます」

「なっ……!? お前、やめろバカ! いや、やめてください! 先輩!」


 ゼラは席を立ち、人の群れをひょいひょいと掻き分け、姿を消してしまった。


「くそ、ワガママなのは変わらないか⋯⋯」


 マナリヤが無い以上、どうやっても魔法を使う事は出来ない。それはアンジェリカで実証済みだ。

 しかし、このままでは、またパティに避けられてしまう。最近は、逃げられないくらいには距離が縮まったというのに。

 人の弱みに付け込みやがって……やっぱりあいつはナチュラルボーン・クソガキだ。


「くそっ」


 俺は食事代をテーブルに置き、酒場を出た。

 今まで、町の施設はギルドと雑貨屋しか行った事が無かったが、少し散策する事にする。ゼラの機嫌を取る為に、何か甘いものでも買って帰ろうと思ったのだ。


「ケイスケイ様、お待ちくださーい」


 と、菓子店に向かって歩こうとすると、女性の声に呼び止められる。

 振り向くとギルドの受付嬢が立っており、差し出した手には数枚の銀貨が載っていた。


「お釣りでございます」

「あ……これはどうも、すいません」


 どうやらゼラの恐喝に動揺して、多く支払っていたようだ。いかんいかん、路銀を貯めなくてはならないのに、俺としたことが。

 会釈し、銀貨を受け取って去ろうとすると、受付嬢はニコリと笑った。


「それと、差し出がましいようですが……お連れ様の仰っていた事ですが、魔法店に行って見てはいかがでしょう?」

「連れ⋯⋯ゼラですか?」

「はい。魔法店には魔法付与エンチャントされた武器が置いてあります。それを使えば、マナリヤ不全の方でも、魔法に似た力を使うことが出来ますよ」


 なんと、そんなものがあったとは初耳だ。


「魔法店、でしたっけ。行ってみます、ありがとうございます」

「いえいえ、冒険者の皆様のお力になれたなら幸いです」


 俺は受付嬢に礼を言い、菓子店に行く予定を変更し、魔法店に向かった。


 これは決して、ゼラのワガママを聞くためだけではない。

 あいつに武器を与えてモチベアップ、戦力もアップ――そうすれば、依頼をこなす効率も上がり、より稼げるようになるかもしれないのだ。


 あとは単純に、俺自身も『魔法の武器』というものに興味を引かれていた。



 ***



 魔法付与エンチャント――それは、例えば剣の柄に魔晶を埋め込む事によってなされる。


 魔晶には六属性の魔法印が刻印されており、

 例えば火炎魔法が付与された剣は振れば炎を巻き上げ、風魔法ならば疾風の刃を飛ばす。


 通常、魔晶は指先からマナを注入して、内部に秘められた魔法を発動させるが、これらはマナ注入を必要としない。

 『武器を振る』という工程により、空気中のマナを集め、自動発動させる。その製法は魔法師ギルドの極秘である。

 それが魔法武器。極めつけが、六大魔法師の作成したプライマルウェポンである。


 誰でも、マナリヤ不全者でも、簡単に魔法が使えるようになるので、駆け出しから熟練者まで、冒険者に人気である――。


「――という事でさあ。どうですかい、お客さん?」


 ハゲ頭の店主が、緑色の魔晶が嵌められた短剣を俺に差し出し、営業スマイルを浮かべる。


「……高い」


 俺はというと、その値段に軽い頭痛を覚えていた。

 そのお値段、なんと金貨二十枚。俺の財布の中には、アンジェリカとの逃走資金で溜めた金貨も足すと、その二倍は入ってはいるが……。


「⋯⋯高い!」


 一度の魔物討伐依頼で得られる報酬は、シルバーランクだと銀貨五十枚から金貨一枚が相場だ。ここから食費、雑費などを差っ引くと、手取りは更に少ない。

 一日にこなせる依頼は、時間的な都合で二回が限度であるし、金貨二十枚のイニシャルコストを回収するには、軽く見積もっても一ヶ月以上はかかる。


「二回も言わなくても……これでも結構勉強させて貰ってるんですぜ?」

「いや、しかし……」


 ウイングから買ってもらったショートソードが銀貨五十枚だった事を考えると、やはり魔法の付加価値というものは大きいのか。

 けどやっぱ高いものは高い。俺は店主に頭を下げ、踵を返した。


「すいません、やっぱナシで」

「……けっ、冷やかしかい! けーけーれ!」


 店主は一転して不遜な態度になった。

 クソが。二度と来るか、こんな店。


 ここは当初の予定通り、甘いものを買い込んでゼラに貢ぐしかあるまい。金貨二十枚に比べたら、痛くも無い出費だ。


「……ん?」


 と、店から出ようとした所、店先に置いてあるカゴに、武器が無造作に詰め込まれている事に気づく。

 そのどれもが、刀身に錆が浮かんでいたり、嵌められた魔晶は輝きを失っていたりと、店内にあるものとは比べ物にならないほどボロボロだった。


「店主さん、これは?」

「ああん? あーそれは、冒険者サマがもう使えねえってんで、こっちで回収してる魔法武器だよ。こっから砥ぎ直したり、魔晶の再活性化を試すんだ」

「ふうん……いくら?」

「引き取ってくれるならタダでいいぞ。これから再利用の可否を判別するんだが、出来ない方が大多数だしな。平たく言えばゴミだゴミ。ウチからすりゃ手間がかかる上に得もしねえ、サービスみてえなもんだ」


 俺はカゴの中から短剣を二振り、拾い上げて表面の錆を指でなぞる。刃こぼれが酷く、なまくらだ。魔晶も完全に光を失い、ただの石くれの様だ。


「じゃあこれ、貰って行きます」

「おーおー、ご勝手にどうぞ。まーたのご来店を」

「二度と来るか。潰れろこんな店」


 後ろから水魔法が放たれる気配がしたので、俺は急いでその場から立ち去った。

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