団長から魔法を学ぼう

 ***



 三つの依頼を終わらせた俺は、追加で依頼を受けようとしたところ、ゼラが本格的にへばってしまったため、仕方なく拠点に帰る事にした。


 近隣の村の依頼主である果樹園の方々からは、俺達が子供だからか、リンゴなどの果物をお土産に頂いてしまった。

 ギルドに確認しても、特に問題は無いらしいので、ありがたくパイの材料にさせてもらおう。


「パティ子、これは私が労働に勤しんだ対価として貰ったおいしいものです。パティ子も一緒に食べましょう」

「んっ、んー」


 閑話休題。

 夕方になり、パティとゼラが仲良くリンゴを齧っているのを横目に、ウイングによる魔法の授業が始まった。ちなみにウェンディは、ひとりで依頼をこなしているらしく、まだ帰っていない。


「まず六大魔法師ってのはな、女神ユノから賜りし『紋章』を守護しているありがたーい魔法師サマだ。この魔法を司る紋章があるから、オレ達は六属性の魔法が使えるんだぜ」


 と、俺が以前に斜め読みした入門書の内容である。


「じゃあその六大魔法師って、この世界が始まってからずっと生きているんですか?」

「千五百年も生きる人間がいるか。六大魔法師は代替わりすんだよ。大体が子孫って言われてるが、伴侶が出来なかった時は、例えばアグニなら火炎魔法に適性があるヤツを探し出して、次の紋章の守護者に指定するってハナシ」

「なるほど。でも、そんな有名な方々なのに、あまり話を聞きませんね? 団長の言い方も又聞きみたいですし……」

「まあ、伝説の存在ではあるが、実在している事は確かだぜ。例えば――」



 ウイング、曰く。

 六大魔法師は次代にその役目を引き継ぐと、隠遁する。

 そこは森の奥深くだったり、人が足を踏み入れない秘境だったり――そしてそこに、自分の力の結晶を遺す。

 それらは『プライマルウェポン』と呼ばれ、六大魔法師の強大な力が籠められた武器だという。


「我が団の目的は前に話したな。六大魔法師が遺した財宝を捜し当てる、だ」

「財宝というのが、プライマルウェポンの事ですか。それは見つかったんですか?」

「ひとつだけな。だが使えねえ」

「おお……? それは、どういった理由で?」

「防具だったんだよ。ウェンディが何でもかんでも避けちまうもんで、活躍の場が無い!」


 ……なるほど。

 相手の攻撃を往なす二刀流イルシオンを極めたというウェンディは、極論防具など必要ないのだろう。

 しかし、旅も、財宝の探求も、全ては創作活動のため――命懸けの取材旅行といったところか。商魂というか、作家魂が逞しい人だ。


「んでもって、六大魔法師の存在を裏付けるのがな、現代の風の魔法師、マールトが東大陸にいるんだよ。まあ、まだガキなんだが」

「それが本物だという証明は?」

「マナリヤ。アリス・マールトのそれには、風の紋章が刻まれている。こんなんだ」


 ウイングはそう言って、木の棒で地面に絵を描く。曲刃の剣が複数絡み合ったような、風を思わせる印章だ。


 そこで六大魔法師についての講義は終了し、次は実践となった。


「よーし、んじゃこれを読め。ウィンガルドの魔法学府で使われてる教科書だ」


 そう言って、ウイングは俺に分厚い本を差し出した。受け取ると、ずしりと重く、膝の上に置いて表紙を捲る。


「お前さんに必要なのは上級魔法だな。このページだ」


 始めから読もうとすると、ウイングが一気にページを飛ばしてしまった。

 そこには――。


『魔法一覧


 ■火炎魔法

 ・ブレイズ ――火球を発射する

 ・イグニッション ――対象に火を着ける

 ・マグナード ――血脈の様に炎を纏わせる


 ■水流魔法

 ・スプラッシュ ――水流を発射する

 ・アイシクル ――対象を凍らせる

 ・ミラージュ ――霧を発生、光を屈折させて姿を隠す


 ■疾風魔法

 ・シューター ――風を発射する

 ・ストーム ――竜巻を発生させる

 ・ゲイル ――風を纏わせ、対象の動きを加速、もしくは阻害する


 ■創土魔法

 ・クラッグ ――接触した土を変化させる

 ・ソイルプリズン ――離れた場所の地面を隆起させ、対象を覆う

 ・マグナウォール ――大地を隆起させ、巨大な防壁を作り出す


 ■光輝魔法

 ・フラッシュ ――閃光を発生させる

 ・レイズアップ ――精神を高揚させる

 ・パルス ――痛覚を遮断する


 ■虚闇魔法

 ・ダークネス ――光を遮る闇の霧を発生させる

 ・マインドアサルト ――精神を沈滞させる

 ・ペイン ――苦しみを与える』


 と、魔法の一覧が記してあった。

 火、水、風の三属性は攻撃、土は防御、光と闇はバフ、デバフってところか。


「魔法名を唱えるだけなら誰でもできるが、発動できるかは術者の素質によるところがデカい。オレなんかは光闇魔法はからっきしで、初級魔法すら使えないな」

「え、それで首席卒業出来たんですか?」

「前も言ったが、光と闇の魔法ってのは適性のある奴が少ねーんだ。人の精神に作用するから扱いも難しいし、必須科目から外している学府も少なくない」


 扱いも難しいと言うが、他の属性の魔法だって、人に向ければ大惨事だ。

 そう、火炎魔法で、ひとつの村を焼き払ってしまう事だって――。


「……その目はやめとけって。パティ子から更に嫌われるぞ」


 ウイングに頭を小突かれ、俺は項垂れた。


「さて、じゃあ試しにこの中の魔法を使ってみるか。おーいゼラ公! ちょっと来い!」

「なんですか、ごはんですか」


 ゼラはウイングに呼ばれ、のこのこと歩いて来た。

 その後ろには、口いっぱいに果物を頬張ったパティ。栗鼠りすの様で微笑ましいが、相変わらず俺を見る目は厳しい。


「ごはんじゃないが、お前に良いものをやろう」

「ごはん以外の良いものですか。少し期待は落ちますが、まあ受け取っておきましょう」

「よしよし。じゃあこれを頭から被れ」


 ウイングは、荷物袋の中から白い、布のかたまりを取り出す。

 丸めてあったそれを広げると、皺ひとつ無い、純白のマントだった。


「なんですかこれ」


 マントを被せられたゼラが、フードの下から顔を出す。

 光沢がある生地のせいで、雨合羽あまがっぱを着こんでいる様に見える。


「それは六大魔法師、何代目か知らんが光のスーリャが遺したプライマルウェポンだ。最近ゼラ公も頑張ってるみてーだからな、褒美にくれてやろう」

「おお。なんだかよく分かりませんが、高く売れそうですね」

「売るなバカ。それはありとあらゆる魔法を吸収してくれる、絶対防護のマントだぞバカ。それを被ってるだけで、魔法じゃ傷つかないんだぞバカ」

「なるほど、つまり私は無敵という事ですね。あとバカと言った方がバカです。バーカバーカ」


 ウイングは俺に振り向く。そのこめかみには、微かに青筋が浮かんでいた。


「シャーフ、あのバカをやれ」

「……いいんですか? というか本物なんですか?」

「それは確かだよ。何回もオレで試したからな」


 しかし、いくらゼラがどうしようもないクソガキとはいえ、人に向かって魔法を撃つのは躊躇われた。

 俺が逡巡していると、ゼラが近寄ってきて、自慢げに言った。


「シャーフ後輩もいつかは頑張りが認められると良いですね。ふっ」

「――アイシクル」


 瞬間、頭がすうっと冷え切り、ゼラに右手を向けて魔法を放っていた。

 ゼラの足元から零度の霧が発生し、凍りつかせようとする。


「…………は」


 しかし、マントが白く輝いた瞬間、冷気は掻き消えてしまった。

 ううむ、これではうまく発動できたかどうか分からない。俺はウイングに振り返り、意見を求めた。


「どうですか、団長?」

「うんうん、上手く発動できてんな。次は上級魔法も試してみるか」

「待ってください、なぜ私を標的にする必要があるのですか」


 ゼラの抗議を聞き流しつつ、次はどの魔法を試そうかと思案していると、


「んーっ!!」

「おっふ……」


 背後から忍び寄ったパティに、思い切り股間を蹴り上げられ、俺はそこで失神した。

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