村に帰ろう

 大人に連れられ、無事にウォート村へと帰って来れた。

 三馬鹿は少し怪我をしていた事もあり直帰、親の元で就寝。パティも泣き疲れたのか、帰村途中に寝てしまい、スミス氏におぶられながら帰宅と相成った。


 そして、生還した子供達の中で、最年少である俺だけが何故か村の広場に残され、大人達から詰問を受けていた。


「なぜ水晶の洞窟に、スミスさんの娘を連れて入ったのか」

「マナの結晶を持っているが、それはどうしたのか」


 などなど。


「パティは着いてきてしまったので、安全を考えて同行させました。途中で帰せなかったのは俺の落ち度です」


「マナ結晶は、森と、水晶洞窟の魔物を倒して手に入れました。俺の手に余ると判断されるのでしたら、どうぞご査収ください」


 と、丁寧に説明したのだが、広場にいる十数人の大人達は、誰もが怪訝な表情を崩さない。


「こんな小さな子が、水晶洞窟から生きて帰ってくるなんて⋯⋯。それに、そのマナリヤの色は⋯⋯」


 大人達は、どこか畏れを抱いている様に見えた。気持ちはわかる。大人さえ足を踏み入れない危険な洞窟を五歳児が踏破し、さらには魔物まで倒してきたというのだから。

 問題はそれが純然たる事実であり、同時に立証する手段が無いということである。


「やはり⋯⋯ケイスケイ様の子は何かしら⋯⋯姉の方も――」


 大人の一人が言った、聞き逃せない言葉が耳に届く。それは俺ではなく、アンジェリカのことを侮辱する内容だった。


「――いま、誰か、姉さんの事を言いましたか?」


 自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。

 ざわついていた大人たちが、水を打った様に一瞬で静まり返る。


「姉さんに何か問題があるんですか?」


 近くの大人に詰め寄るも、目を逸らされる。


「確かに今の俺は不審がすぎると、自分でも思いますが、それが姉さんに何か関係しているんですか?」

「すっ、座っていなさい」


 さらに隣の大人に噛み付くも肩を押し返され、俺は尻餅をついた。


 ⋯⋯くそ、冷静になれ。アンジェリカが起きる前に家に帰りたいのに、このままじゃ収拾がつかない。


 ここは一旦、


『全部嘘です。近くにいた冒険者に金を握らせてやってもらいましたー! 褒められたくてやっちゃいましたーえへへー!』


 とでも言い訳するか。その冒険者は隣町に帰ったとも。よし、これで行こう。

 かなり痛い子、という誹りを受ける事になるだろうが、致し方ない。


「⋯⋯ごめんなさい、実は――」

「おいおいあんたら! 何をやっているんだ!」


 俺が玉虫色の答えを披露しようとした瞬間、怒気に満ちた声がそれをかき消した。

 声の主はスミス氏で、群衆をかき分けて俺に近づいてくる。パティを家に送って、そのまま帰ったものかと思っていた。


「この子も家に帰すって話じゃなかったのか!? こんな小さい子をこんな時間まで拘束して、何を考えているんだ!!」

「スミスさん⋯⋯いやしかし、もしかしたらその子は、デモン⋯⋯」

「この子がデモニック・ボーンだと!? 馬鹿も休み休み言え! 例えそうだとしても、我々はこの子に、村の子を助けられているのだぞ!!」


 大人たちはその怒号に俯いて黙り込んだ。

 なんか『デモニック』とかいう、聞きなれない単語が聞こえた気がしたが、口を挟める雰囲気ではない。


「⋯⋯私は、この子を家まで送り届ける。話はまた日が昇ったらだ!」


 それに異を唱えるものはおらず、俺の身体はスミスさんに抱えられ、屋敷に搬送される事になった。



 ***



「⋯⋯すみません、坊ちゃん。みな、気が立っていたのです」

「いえ、助かりました。あの⋯⋯デモニックってなんですか?」


 スミスさんの背におぶられながら、先ほどの単語の意味を事を聞いてみた。


「⋯⋯古い言い伝えです」


 スミス氏は語る。


 デモニック・ボーン。

 悪魔から生まれ出でし者。


 ――悪魔から祝福されて生を受けた子は、人と違う色のマナリヤを持つ。生まれてすぐに言葉を話せるほど賢く、魔法の才能にも恵まれ、周囲に繁栄をもたらす。それと同時に、破滅も――と。


 悪魔、ねえ。俺は女神によって生まれたから、違うとは思うが⋯⋯。


「領主様は⋯⋯坊ちゃんが産まれる前からご多忙で、村の皆に坊っちゃんとお嬢様を、きちんと紹介しておりませんでした。私も正直、最近までは不気味に思っていたものです」


 スミス氏は恥じ入るような声で、俺をおぶったまま頭を下げる。

 なるほど、村のみんなに避けられてたのってそういうことか。

 つまりはクリス氏の不手際だな。東大陸から本を取り寄せてもらう事で、チャラとしておこう。


「ですが最近、坊っちゃんがパティと遊んでいるのをみて⋯⋯確かに年の割にしっかりしておられますが、普通の子供であると、そう確信しました」

「スミスさん⋯⋯」


 精神年齢三十三歳の子供が普通かどうかは疑問に残るところだが、ここは水をさすべきではないだろう。


「パティも、家ではお坊ちゃんの話ばかりで⋯⋯」

「ああ⋯⋯偉そうだー、とか厳しいー、とかですか」

「は⋯⋯そういえば坊ちゃんはまだそんな歳でしたな。しっかりしておられるので、つい忘れてしまいます」


 何を言ってんだこのおっさんは。

 などと話しているうちに麦畑を通り過ぎ、庭の門柱が見えてきた。


「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」

「いえ。改めて村の皆に代わって御礼申し上げます。本日はごゆっくりお休みください」


 スミスさんは頭を下げると、踵を返して村の方へ引き返していった。


「ふう、疲れた⋯⋯」


 水晶サソリ戦ではほぼ体力を使わなかったが、常に気を張っていたから、精神的に疲れた。


 まだ未明と言える時間帯だし、アンジェリカも起きていないだろう。もし屋敷の中で出くわしても、虫を獲りに行ってました、とでも言い訳しておこう。


「ふぁ〜あ⋯⋯」


 俺が庭の門柱を通り過ぎた時、ふと目の端に見慣れた姿が映る。

 その正体が何か分かった瞬間、俺の足は石のように動かなくなってしまった。


「⋯⋯⋯⋯シャーフ」

「ね、姉さん⋯⋯?」


 なぜ。

 なぜアンジェリカが、こんな時間に、門柱の影に佇んでいるのか。


「どこに、いってたの?」

「あー、ちょっと、林の方に虫捕りに」

「パパの短剣を持ち出して?」

「デカい虫なんです」


 ⋯⋯まずい。これは非常にまずい。

 この、アンジェリカの真っ直ぐな瞳は、嘘をついてもバレてしまう。というか俺が嘘つくのが苦手なんだが。特に対アンジェリカにおいて。


 さて、もし俺が正直に話すしかないが、果たしてアンジェリカの反応はどうだ?


 A.泣く。

 B.褒める。

 C.疑う。


「姉さんごめんなさい。実は、村の子供が行方不明になったと聞いて、その捜索に行ってました」


 俺の予想は⋯⋯C!

 というかCを希望する。疑ってくれたらまだ『冗談でした』で誤魔化せる可能性がある。

 さて、正解やいかに――。


「ああ⋯⋯あなたって子は⋯⋯」


 アンジェリカの瞳からは大粒の涙が溢れ、頬を濡らしている。

 正解はA.泣く。でした。これは1番外れて欲しかった答えだ。


「あ、あの⋯⋯子供は無事でした⋯⋯」

「シャーフも子供でしょう! もう、本当に――」


 アンジェリカは俺を抱きしめた。


「シャーフ⋯⋯あなたは勇敢ね。でも、あまり無理はしないで。あなたがいなくなったら⋯⋯わたしは寂しくて死んでしまうわ」

「ごめんなさい、姉さん⋯⋯」


 ああ、アンジェリカを喜ばせるつもりが、悲しませる結果になるとは。

 今回の件は少し軽率すぎた。次は――次がない事を祈るが、もし次があったら、まずはこの優しい姉に相談しよう。


「お屋敷に戻りましょう? お姉ちゃん、今日は一緒に寝てあげるから」

「はい、姉さん⋯⋯」


 本当に、優しい子だ。

 かつて、俺はこんなにも、無償の愛を注がれた事があっただろうか――。



 ***



 三馬鹿行方不明事件が起きてから、一週間が経った。村人からの対応は事件前と変わらず、塩対応だ。


「こんにちは、坊ちゃん」

「どうも、マイノルズさん」


 ただ、スミスさんが何かを働きかけたのか、こちらから挨拶する前に、あちらから声をかけられる様になった。

 あの夜に向けられた畏怖の視線もなく、ただの子供に接する様で、居心地は悪くない。


 んでもって、一番の変化を見せたのはパティだ。


「シャーフぅ、明日はどんな訓練する?」

「⋯⋯離れろ、暑苦しい」


 パティはあの事件以来、やけに俺に引っ付いてくる。常に手を握りたがり、それを許可すると指まで絡めてくる有様だ。

 顔もやけに近く、お前まだ六歳児だろ、と突っ込みたい心境である。


「だって離れるとすぐどっかにいっちゃうもん」

「どこにもいかないって⋯⋯」


 ⋯⋯まあ、懐いてるだけだな。

 恋に恋する年頃⋯⋯にはちょっと早いかも知れんが、そんなもんだろ。俺はロリコンではないので、このマセガキの攻めに陥落する事はないと断言しよう。

 無理やりパティを引き剥がすと、口を尖らせた。


「ぶー!」

「豚か。ほら、スミスさんが迎えに来たぞ」

「あっ本当だ! じゃあまた明日ね、シャーフ!」


 パティは俺の頬に軽く口付けすると、門の方へ駆けて行った。


「お父ちゃーん!」


 頬を拭いつつ、スミス氏の胸に飛び込むパティを眺めて苦笑する。マセガキめ。

 スミス氏も遠くから手を振り、二人は麦畑の彼方へと去って行った。


「⋯⋯さてと」


 一件落着と言いたいところだが、まだ解決すべき問題が残っていた。



 ***



 西大陸、グラスランド王国の、とある町。

 宿の一室で、男女が言葉を交わしていた。


「首尾はどうだった?」

「間違いないわ。不死の体に白い宝剣。北大陸で見た伝承通りよ」


 女からの報告に、男は手を叩く。


「ハッハー、オレの目に狂いは無かったって事だな! 次のネタはこれで決まりだ」

「はあ、もう疲れたわ。水晶洞窟の魔物も一掃して⋯⋯あの子も靴を片っぽ失くすし⋯⋯」

「御苦労、御苦労。ま、後は待つのみだ。ゆっくりしてろ」


 女が部屋から退出すると、男は笑みを浮かべて独り言ちる。


「さあて、女神が出るか、悪魔が出るか――」

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