仲直りして友達になろう


 ***



「うん、わかったわ! とびきりのパイを作っておくね!」

「はい、じゃあ行ってきます!」


 翌日の午後。

 俺は村の入り口に立ち、学校帰りの三馬鹿を待ち受けていた。

 三馬鹿の両親からはお礼を言われたものの、本人たちから何もない事に腹を立て――たわけでは無い。


 同じ村で暮らす以上、パティとの不和をそのままにしておくのが嫌だったのだ。あいつらに頭を下げさせ、パティと仲直りさせ、晴れて大団円となる。


 パティは魔法の訓練中、三馬鹿の事は話さないから、学校でのヤツらの素行は不明だ。これで懲りていなかったら、今度は領主の息子と言う立場を利用してでも改心させてやろう。


「坊っちゃんは何をしてるんだ……?」

「きっとパティが帰って来るのが待ち遠しいのよ。可愛いわねー」


 門柱に隠れている俺を、通りがかる村人が慈愛に満ちた目で見てくる。

どうも最近村人の間で、俺とパティがカップルであると、まことしやかに囁かれているらしい。

というか、父親であるスミス氏や、パティ本人が吹聴しているのを見た。

 まあ人の噂はなんとやら、すぐに収まるだろう。


「――来た!」


 街道の彼方から、複数の人影がやってくるのが見える。

 大柄なのはアリスター、ちびっこい二人はノットとサムだろう。そして一番前を歩くのは、モフモフの赤毛を揺らすパティ――パティ?


「おいちょっと待て」

「あっ、シャーフ! ただいま!」


 俺が門柱から躍り出ると、パティは目を輝かせて駆け寄ってきた。


「おかえり。じゃなくて、なんでパティがそいつらと一緒にいるんだ?」

「帰り道が一緒だから……はっ、もしかして、しっと!? やだもー!」


 照れたパティに思い切り肩を叩かれてつんのめりつつ、一番近くにいたアリスターに目を向けると、その大きな腹を曲げながら直角にお辞儀した。


「アニキ! そのせつは!」

「その節はって⋯⋯それになんだ、兄貴って」


 過去のクソガキっぷりが信じられないほどのへりくだりだ。

 俺が目を白黒させていると、パティは胸を張り、ローブのポケットから何かを取り出し、掲げる。

 それは青色の石がはめ込まれた、木彫りのブローチだった。


「ねえ見て、クラスで一番だったよ!」

「一番……なにが?」

「魔法の試験! シャーフのおかげ!」


 犬の様にはしゃぎまわるパティを宥めつつ事情を聴くと、つまるところ――。

 パティが通う魔法学校では定期的に実力テストが行われ、それで一番を取るとこのブローチが貰えるらしい。

 それはすなわち、同年代の子供が集まる学校において、絶対的な羨望の的なのだとも。


「いやーパティはすげえ! まさかあんなデカい火の玉を出せるなんて!」

「おれ、感動したよ!」

「うふふー! もっと褒めなさい! 」


 サムとノットがパティを手放しで褒めているのを見て、俺は肩透かしを食らった気分になった。

 分別が無い子供だから、パティの魔法が上達したところで、即和解とはならないだろうと踏んでいたが……思った以上にこの世界の実力至上主義は、絶対的らしい。

 後は、いじめっ子を許せるパティの懐の広さも褒めなきゃだな。


「まあ和解したなら良いんだが……なんで俺が兄貴なんだよ」


 その問いには、アリスターが顔を上げて答えた。


「ウッス! パティに魔法を教えたのがシャーフのアニキと聞いてます!」

「ああ、そういう……」


 教えたというか、一緒に訓練していただけであるが。兄貴とは、こいつらなりの敬称か。


「はい、シャーフ!」


 変わり身の早さに半ば呆れ、半ば感心していると、パティがブローチを手渡してきた。

 それを受け取り、嵌められた青い石を眺める。魔晶のようだが、しかしマナを注入しても何も無い事から、おそらく授業で消費し切ったものを再利用したのだろう。


「くれるのか?」

「ちーがーう! つけて!」

「自分で付けろよ⋯⋯」


 ブローチを押し返そうとするも、パティは胸を張り、手は腰に固定されていて、受け取ろうとしない。不承不承、パティのローブにブローチを付けてやると、その瞬間、三馬鹿が騒めき立った。


「ヒューッ」

「やりますねぇ!」

「お似合いッスよ兄貴!」

「は? なんだなんだ、説明しろ」

「うちの学校のでんとーで、学年一位のブローチをおくられたら、愛の告白って事なんデスよ!」


 ⋯⋯はいぃ?


「いやーん、もー! シャーフったらー!」


 パティはパティで、頬を赤く染めながら身体をくねらせている。


「いや、俺が学年一位を取ったわけじゃないだろ。バカかお前ら」

「あっ」

「それも」

「そうっスね⋯⋯」


 三馬鹿のテンションは急激に下がり、取り残されたパティもハッとなった。


「えー! じゃあ、シャーフ一位取ってきてよ!」

「取りませーん。取ってもパティには上げませーん」

「なんでー! もー!」


 牛か。

 何はともあれ、仲直りできたなら良かった。

 暴れちぎるパティを抑えつつ、俺は三馬鹿に声を掛ける。


「じゃあ、お前らこの後は暇だろ。ちょっと来い」

「へい?」

「どこへ?」

「行くんすか?」

「三分割して喋るな鬱陶しい――俺の家だ」


 丁度、美味しいパイが焼きあがっている頃だろう。



 ***



 その日から、今までパティと二人きりだった魔法の訓練は、アリスター、ノット、サムを加えての大所帯となった。


 アンジェリカはいきなり三人も友達が増えた事にたいそう喜び、毎日の様にパイを焼いて友達を待った。

 唯一、パティだけが不服そうに口を尖らせていたが。


 三馬鹿はガッチリと胃を掴まれ、もはや魔法の訓練をしに来たのか、パイを食べに来たのか分からない状態だ。

 三人とも貧しい家庭、というわけではないらしいが、貴重な異国の果物を使った甘味にメロメロになっていた。


「お姉ちゃん、とっても楽しいわ⋯⋯いままでシャーフと二人きりで、それも楽しかったけど」


 パティと三馬鹿が帰った後、屋敷の中で片付けをしていると、アンジェリカがそう言った。


「でもいつか、みんな大人になって、村の外に出て行ってしまうのかしら」

「⋯⋯姉さん?」

「⋯⋯ううん、なんでもないわ」


 ふと、洗い物をするアンジェリカの横顔に影が射した様に見えた。

 しかし、すぐにいつもの陽光の様な笑顔に変わった。


「それより明日はパパが帰ってくるって! さっき手紙が届いたの!」

「おお、そうなんですか⋯⋯」


 笑顔でそう返しつつ、俺は不安を抱いた。


 パティから聞いた話だが――魔法学校の初等教育が終わると、隣町の、更に隣町の学校に移るらしい。

 この村に子供が少ないのは、そこまで毎日往復するのは流石に大変なので、学寮に入るからだとも。

 せっかく出来た友達なのに、あと数年したら、滅多に会えなくなってしまう。


「シャーフも来年は学校に行くのよね! パパに言って、入学の手続きをしてもらわなくちゃね!」

「⋯⋯⋯⋯」


 却って、酷な事をしてしまっただろうか。

 中等部に上がったからと言って、二度と会えないわけではないが、それでも会う頻度は劇的に減ってしまう。


 そもそも、アンジェリカは何故この屋敷から出ないのか。

 マナリヤが無く、魔法を使うことができず、学校での立場が無いから――というのが俺の推測だが⋯⋯。


 そして、アンジェリカ自身が大人になった時、どうするのだろう。

 まさか、ずっとこのまま、この屋敷に⋯⋯。


「明日はうんと頑張ってお料理を作るから、シャーフも楽しみにしていてね!」


 先ほどの弱気そうな表情は跡形もなく消え去り、腕まくりをするアンジェリカ。

 明日――クリス氏が帰ってきたら、事情を聞いてみよう。

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