剣士《セイバー》、医師《セイバー》、節制者《セイバー》

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 大N市第十二地区。瓦屋根の建物が立ち並ぶ一画で、少女が息を切らして走っている。

 目尻には涙を浮かべ、もつれそうになる足で、少女は走り続けている。

 少女の耳には先程から背後から彼女を追う足音が聞こえていた。

 スマートフォンも先程から通じない。

 恐ろしい。ただ恐ろしい。人間が持つ悪性の煮こごりのような何かが近づいている。彼女には奇妙な確信があった。それ故に背後から迫る濃厚な死の気配から逃れる為、必死で走り続けていた。


「……キャア!」


 とはいえ、そんな疾走であれば、限界はすぐに訪れる。

 少女は絹を裂くような悲鳴を上げ、舗装されていない道に転ぶ。

 泥だらけになった服を顧みず、彼女は立ち上がり、走ろうとする。

 しかし、足首を捻ってしまった。少女は激痛に顔をしかめ、足を止めうずくまる。


「大丈夫ですか?」


 頭上からの声。

 少女はビクリと震えて顔を上げる。

 何時の間にか、アンニュイな表情を浮かべる細面の青年が目の前に立っていた。

 青年は柔らかくほほえみ、膝をついて少女に手を差し伸べる。


「あ、あ、あ……!」


 先程から追いかけてきていたのはこの男に違いない。

 親切な振りで私を騙して何をするつもりだろう? 何にしても、追いつかれてしまった。もうダメだ。殺される。殺される……殺される!

 少女がそう思い込んでもう一度悲鳴を上げる前に、男は手に持っていた鞄から一枚の写真入り名刺を差し出す。

 その写真には白衣を着た男の顔とその男の名前、そして職場が印刷されていた。


「七原鹿島神社前診療所に勤める医師の天ヶ瀬アマタです。転んでお怪我でもなさったのではないかと思い、声をかけさせていただきました」


 天ヶ瀬アマタはもう一度柔らかくほほえむ。

 少女はしばらく沈黙した後、冷静さを取り戻す。


「ご、ご、ごめんなさい……」

「いえいえ。こんな夜道で男性から声をかけられては恐ろしいのが当たり前です。謝る必要はありませんよ。足、応急処置しますね」


 アマタは鞄から脱脂綿と消毒液を取り出して手早く傷の応急手当を終わらせると、ひねってしまった少女の足にテーピングを施して固定する。


「もう走らないでくださいね」

「は、はい……ありがとうございます」

「いえいえ。この後はあちらの道を曲がって、人通りの多いところを帰ると良いですよ。できれば今日くらいはタクシーでも捕まえて、急いで帰ってください」


 そう言って、アマタは少女に千円札を二枚渡し、ワーディングを発動させる。

 ワーディングの効果を受けた少女は、ぼんやりとした表情で曖昧に頷くと、アマタの言うとおりに人通りの多い道へ向かう。

 先程まで、何故わざわざ自らが人気の無い道を歩いていたのか、疑問に思うことさえない。

 アマタは安堵のため息を付いてから、立ち上がる。


「……さて、出てこい。これはUGNエージェントとしての警告だ。出てこないならば殺す」


 そう言ってからアマタは少女の来た道を振り返る。既に先程の優しい笑みは無い。ぎょろり、と目を見開き、口元は凶暴に歪んでいる。

 すると電灯の影から、長い黒髪の女が出てきてカラカラと笑う。


「うわあ~お兄さんおっかな~い! ソッチのほうが実は本性だったりするの?」


 アマタは少し表情を曇らせる。


「女性でしたか……あまり手荒なことはしたくないのですが……」


 アマタはしばし逡巡する。

 ――女性目当ての卑劣な変質者かと思っていた。

 ――ただのFHエージェントなら、殺す訳にはいかないな。


「女だからどーしたのよ? 私たちオーヴァードにそんなことって関係有る訳? 女は斬れないとか時代劇のお侍さんみたいねえ~! キャハハハ!」


 ――とはいえ、戦闘の必要はありか。

 アマタは普段持ち運ぶ鞄から、日本刀を取り出して着流しの帯に差す。

 そして、柄に手をかける。


「UGNエージェント“コルヴァズの剣”です。所属とコードネームを名乗ってください。さもなくば戦闘・拘束する場合もあります」

「悪いけどそんなエージェント知らないわねえ? あたしはアクロバティックサラサラマンダー! アヴェンジャーズセルの怪ジャームよ!」


 ――そうか、ジャームか。なら楽しめそうだ。

 アマタはまた口元をわずかに緩める。


「FHのエージェントである場合、拘束することが義務づけられています」

「馬鹿ねえ! 私たちが出会ったらコロシアイに決まってるでしょお?」


 アクロバティックサラサラマンダーは、その名前の通りに電柱と瓦屋根を自在に飛び回り、アマタの頭上から炎を纏う長い爪を振り下ろす。

 アマタは刀を抜き放つと、鎬で爪の一撃を受け流し、アクロバティックサラサラマンダーの腹に回し蹴りを叩き込む。

 しかし浅い。アクロバティックサラサラマンダーはレネゲイドの力で与えられた圧倒的な身体能力と頑丈な肉体で、その回し蹴りを受け止める。


「な~んだぁ! 全然大したこと無いじゃない! 剣士だから多少は楽しめるかなあって思ったのにぃ! あんたを刻んだらまたあの女の子を追っかけなくちゃ! 綺麗な女の子が命乞いをしたところをバッサリ殺してぇ! 絶望の顔を写真で残すの!」


 アクロバティックサラサラマンダーは逆にアマタの足を握りしめるとギリギリと締め上げる。だがおとなしくしているアマタではない。回し蹴りに使った右足をあえて粉砕させ、激痛に耐えながら地面についたままの左足と上半身のバネだけで日本刀の突きを放つ。

 風を裂く音と共に眼球スレスレまで迫った切っ先。それを咄嗟に後ろに飛んで回避するアクロバティックサラサラマンダー。

 そのままバク転を繰り返し、距離をとったところで彼女はまた笑う。


「今のはちょ~~~~~っと危なかったかも! ノイマンの剣士って訳ね? その着流しにマフラーっていかにも時代劇っぽいファッションも、自分のエフェクトを効率的に扱う為のマインドセットって訳? なよなよしてると思ったら、案外テクニシャン! 嫌いじゃないわ!」

「無銘とはいえ覚醒して以来、無数の戦場を共にした一振りです。今ならまだ投降を受け付けますよ」


 アマタはリザレクトで右足を修復すると、女に刀を向ける。約10m程の間合いをあけて、二人は改めて対峙する。


「さあ、お願いですから投降してください。医師として、ジャーム相手であってもむやみに命を奪うわけにはいきません。あなたを殺すのは辛い」

「くっ、ふふっ、はは……アハハハ! ば~~~~っかじゃないのぉ? そんだけデキる癖に何ビビっちゃってんのよ! もっと気持ちよくなッ――」


 アクロバティックサラサラマンダーの台詞を遮るように、天ヶ瀬アマタは刃を振るった。その瞬間、10mという距離を越え、アクロバティックサラサラマンダーの胸から腹にかけて刀傷が発生する。


「あ?」


 アマタは続けて凶刃を振るう。袈裟斬り、逆袈裟、横薙ぎの一閃。それと同時に、たしかに離れていた筈のアクロバティックサラサラマンダーの右腕が飛び、左腕が転がり、足と腰が泣き別れになる。またたく間に周囲は血の池地獄がごとき有り様に変化する。


「はぁっ!? なに!?」

「おや、射出が少し早すぎたか」


 そう言ってアマタがもう一度剣を振るうと、斬撃の軌跡が巨大な紅蓮の光刃へと変化。再生しかかっていたアクロバティックサラサラマンダーの右腕をもう一度切り落とす。


「ビームゥ!? 正統派剣士みたいな面してビームじゃないのこれ!?」

「……これからお前を殺す。言い残すことはあるか」

「ちっ! ふざけんな! 死んでたまるかってのぉ!」


 高速再生した足で飛びかかるアクロバティックサラサラマンダー。迎え撃つアマタは、その単調な軌道の攻撃に合わせて、彼女を唐竹割りに切り伏せる。

 そして地面に激突したアクロバティックサラサラマンダーは異変に気づく。

 足が、腕が、全身の傷が、血のように赤く明滅しているのだ。

 地に落ちた女を見下ろし、アマタはつぶやく。


「懺悔しよう。今、俺は……いや、僕は――」

「あ、あ、あ!? 足ぃ?! 腕ぇ! ピカピカして、なにこれぇ!? 治らない! 燃えてる! 熱い! 熱いよぉ! なにこれやだ! どうなるの!? 何されるの!? やだよぉ! こんな風に死にたくない! 痛いの、傷口がプチプチ言って潰れてひしゃげてるよぉ! 腕切られたけどこんなに短くないし、腕も足も身体もなにこれやだアアアアアア! ごめんなさい! 殺さないで! 助けて! ダメ? ダメなら死なせてぇ! なんでもするから! 普通に死なせてええええええええ! やだああああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛……」

「――とても気持ちが良いんですよ」


 全身に受けた斬撃の傷口を起点に超高圧のプラズマが発生し、アクロバティックサラサラマンダーの圧縮が開始される。パキパキという音と共に、彼女は傷口が放つ紅の光に包まれ、超高圧のプラズマで処理される。光が消えた時、そこに残っていたのは女の身体を構成する炭素で形成されたダイヤモンドだけだった。


「……せめて、安らかに」


 アマタは転がったダイヤを拾い上げ、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 血染めのダイヤを見る濡れた瞳は、狂喜と愉悦がまだわずかに滲んでいた。

 ――また、だ。

 ダイヤを懐にしまいながら、アマタはため息をつく。

 ――また、俺は化け物になっていた。

 アマタは拳を握りしめる。

 ――医師でなくてはならない。剣士でなくてはならない。人間でなくてはならない。救いがたい悪性を持つからこそ、それに打ち克たなくてはならない。


「FHエージェント、アクロバティックサラサラマンダーを討伐。これより支部へ詳細の報告に向かいます」


 第十二支部への連絡を終えると、彼は仲間の元へ向かうべく暗い夜道を歩きだした。



 それは侵蝕率の状態を問わず常に極大のレネゲイド出力を発揮し、核融合の無限熱量を完璧にコントロールした戦闘ができる。

 それは殺人鬼としての異常精神を保持し、自らの精神・肉体状態と無関係にこの世に存在する限り標的とした生命体の殺害を試行する。

 それは殺人鬼でありながら、人間社会の一員として恥じることなく生きる為に全ての手段を講じる。

 剣士の形をした死である。


 UGNエージェント。ピュアウロボロス。剣士セイバー医師セイバー節制者セイバー

 “コルヴァズの剣” 天ヶ瀬アマタ。


http://character-sheets.appspot.com/dx3/edit.html?key=ahVzfmNoYXJhY3Rlci1zaGVldHMtbXByFwsSDUNoYXJhY3RlckRhdGEY1vXlsAIM

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