17:旅人と順調な迷宮探索と心の距離

 ヘイヘイどうもエリー・ケラーでーす。


 只今わたくしフォルス帝国第3迷宮にて騎士と冒険者と王子様と合同で探索に来ておりまーす。


 最初のうちはブルー、グリーン、レッド、イエローなどなどのカラフルなスライム軍団やワームといううにょうにょした蛇?ミミズ?に似てるやつがほとんどだったけど、5階層辺りから魔物のランクがじわじわ上がっていきました。

 麻痺持ちのカエルや毒持ちのカエルなどのカエル尽くしな階層や小さいのに狂暴な蛇が大量に出現する階層など、外ではお目にかかれない魔物がいっぱいで面白い。


 前衛と交代しながら討伐していき、使えそうな素材は採集して残りは私の胃袋の中。

 生で食べるなんて愚行はしない。きちんと調理したさ。

 調理器具一式鞄の中に入れておくのは旅人の常識だぜ!


 ちょっと舌が痺れたりクッソ苦かったりしたけど……蛇が旨かったから良しとしよう。

 迷宮でも外でも蛇は旨いんだな。

 ちなみに炒め物やステーキに最適。とっても美味しかった。


 ただ、なんでか皆私から一歩引いてるんだよなぁ……

 ブルースライム食べてからずっとよ?


 騎士と冒険者全員距離取ってるんだもん。ショックだわー。

 魔物食べてる間は更に距離開いてるし。傷付くわー。

 心身共に距離開くことないじゃんかー。お前らだって魔物の肉食ってるだろ?それと一緒じゃん。


「一緒じゃないから。全っ然違うから」


「魔物化した地球上の生物と迷宮の魔物じゃ根本が違いますからね……」


 ロイド王子と爽快少年だけだよ、普通に接してくれるのは。


「エリーさん、毒物を口にするのはいつものことなの?」


「状態異常耐性がSSだから平気。最悪腹壊すだけだから問題ない……って腹壊すくらいなら食べるんじゃない!」


「チャレンジャーというか、無謀というか……」


「ただの馬鹿だね」


 失礼なやつらだな。毒物ってのは胃を鍛えるためにあるんだろうが。

 全く最近の若者は! そんなんだから脆弱なんだよ!



「今のところ異常はありませんね。迷宮内の地形も魔物の数もいつも通りです。ほとんど変わりありません」


「しいて言うならポイズングロッグが若干多かったが、まぁ誤差の範囲内だろう。とりあえず前回と同じく24階層まで調査を進めるぞ」


「今回は頼もしい人達が仲間ですからね。もしかしたら25階層より先に行けるかもしれませんよ?」


「ふむ……最高記録の27階層を突破したら、今度こそ陛下も迷宮の一般公開を検討してくれるやもしれぬ。外での討伐依頼を受ける冒険者が減るからという理由で騎士団と一部の有力冒険者しか出入りできないのは何かと不便だしな。全く、外には危険な魔物なんぞいないというのに……」


「あの方のお考えは全くもって理解不能です」


 勇者騎士と記録係の会話が耳に入る。


 また王サマかよ!

 何なの? この国の王サマはあらゆるトラブルの元凶なの?

 逆になんで謀反起こさないの!?



「ポイズングロッグの毒袋が7個、ランスラビットの目玉が4個、ロースネークの舌18個、各種魔物の核の欠片が62個……おおお……!大量じゃねぇか!」


「やっぱ迷宮は稼ぐのにもってこいだな!」


 ほぼ同時に後衛の冒険者組の会話も聞こえてきた。


 それほとんど私がトドメ刺したやつだけどな! お前らが仕留めたの半分もねぇけどな!


 前衛が魔物の気を引いてる間に遊撃と後衛が隙を突く戦い方で討伐していってるのだが、大体私が最後の一手を担ってる。

 自分達のおかげでトドメ刺せたんだから俺らがもらうのが当然だろ!と言われたのでどうぞどうぞと差し上げた。

 その代わり使えそうな素材見つけたら私だけで討伐してきっちりもらってます。討伐したのが私一人なら文句ないよね?


 ちなみにロイド王子の出番はなし。私がイケイケ必殺!なもんだから手持ち無沙汰になってしまっている。

 まだまだ深い階層じゃないらしいし魔物も強くないから不満はないっぽいが、どっか適当なところで活躍させないとな。

 皮膚が硬い魔物は怪力王子に任せちゃおう。



 勇者騎士と記録係が迷宮内に異常がないか話し合い、後衛の冒険者組は自分達がゲットした物を数えてにやにやし、王子と護衛が私の誇り高きチャレンジ精神を貶している中、下の階層へと続く階段を見つけた。


「次は21階層です。ここから魔物の強さが跳ね上がるので充分気を引き締めましょう」


「21階層ではアーマーバットが生息しています。鎧で覆われた中型のコウモリの魔物です。階段を下りてすぐのところで待ち伏せし、集団で襲ってきて特殊な音波で攻撃してきます。音波を放つ前に瞬殺するのが一番望ましいのですが……なにぶん、鎧が硬すぎて難しく……」


 前衛の騎士二人の説明にロイド王子がぴゅうっと口笛を吹く。


「ようやく俺の出番だね」


「で、殿下!?」


「殿下を戦わせる訳にはいきません! 危険すぎます!」


 当然騎士達は難色を示す。だが当の本人はどこ吹く風。


「酔狂で同行してるとでも思った?最初に言ったじゃん、俺も戦うって」


「お言葉ですが……殿下は戦闘の経験が浅いと聞き及んでいます。詰所で貴方様の実力は垣間見ましたが、それでも許可できません。おいそれと危険な真似はしないで頂きたい」


「君らの中で俺の戦闘経験が浅いのは当たり前じゃん。戦うとこ見せたことないもん。まぁ大丈夫。おとなしく見てなって」


「殿下っ!」


 前衛組を追い越してさっさと階段を下りるロイド王子。慌てて止めようとする騎士の面々をスルーして彼の隣に並んだ。爽快少年も追随する。



 公衆の面前で戦うのを避けてるのも、昨日言ってた円滑にこの国と縁を切るための策って訳か。


「まあねぇ。捨て駒にすらなり得ない愚鈍な王子なら、上手いこと国外追放してくれるかなーと思って。下手に実力発揮して目ぇつけられるのも考えものだし」


 国が嫌い……とかではなさそうだな。王子としての責務は陰ながらこなしてるようだし、民のためにとわざわざ私に交渉を持ち掛けたりしてるのだし。


 じゃあなんで自らの評価を積極的に下げるのかって疑問が沸くんだけど……


「自由になりたいから」


 次いで放たれた飾りのない直接的なその言葉に思わず彼の顔を見上げた。


 それは決して、民を見捨てるだとかそういうことではなく。むしろこの国の行く先が不安で仕方ないという顔で。

 けどそれ以上に、王子の身分を捨ててでも広い世界を見てみたいと瞳を輝かせていた。


 思わず笑った。

 声こそ出ていないが、私の肩が震えてるのに気付いたロイド王子は少し驚いたもののすぐに怪訝な顔に。


「……そんなにおかしいかな?王子が外の世界を見たいだなんてのは」


 ちょっと拗ねた声で納得いかなそうに言ったロイド王子の肩をバシバシ叩く。「だから力加減してってば。この暴力女……」と痛そうに呟く彼などお構い無し。爽快少年が慌てて私を止める。


 ははっ、笑える。

 お前生まれる場所間違えただろ絶対。

 一国の王子が、身分をかなぐり捨てる覚悟で冒険しようだなんて。

 しかもその様子じゃすでに算段はついてると見た。あとはどのタイミングでこの国と離別するかって思考を巡らせているんだろう。用意周到なことで。


 じゃあ今回の迷宮探索は参加しない方が良かったんじゃない?

 もしくは討伐は私らに丸投げして採取に専念する、或いは見学するとかさ。

 冒険者はともかく、騎士に実力が露呈するのはマズイだろ。外遊から戻ってきた陛下に使える駒だと進言されれば旅人への道は一気に狭くなる。

 それを承知の上で同行したってのかい?


「騎士ってのはね、貴族の子弟が半数を占めてるんだ。そして騎士団の高ランクのほとんどが貴族。てな訳で今現在貴族家に名を連ねる者の大半は外遊中の陛下の護衛に割けられている。国に残った騎士団の指揮を取ってるのも貴族だけど、彼は上に立つだけで現場には足を運ばないどころか指示もあまり出さないからね」


 小山の大将気取った小物か。ほぉ。それで?


「迷宮探索に携わるのは平民と相場が決まってる。……ちなみに、陛下は平民を完全に格下に見てるんだ。平民出身の騎士が陛下と言葉を交わすのも許さないほどにね」


 へぇ……ああ、そういうことか。

 あいつらに実力バレしたとしても陛下に謁見できなければ伝わることはない。

 もし仮に騎士団の上層部に話を通したとしても、平民の戯れ言に耳を貸す寛大な貴族はいないに等しい。

 たとえ彼らの言葉を信じて陛下に進言したとしても、今までろくすっぽ相手にしてなかったやつを気にかけるとは思えん。

 身分制度が悪い方向に働いた結果だな。


「そういう訳で、彼らの前で俺が思いっきり暴れてもなんら支障はないんだよ。それと俺も聞いていい? どうするの?」


 主語も何もない問いかけ。けどそれの意味するものを瞬時に理解した私はニヒルに口元を歪めた。

 薄暗い迷宮内で、マスクで顔半分を覆った私の表情には気付かなかったが、私の心の内を読み取ったロイド王子は目を見張った。


「……君は不思議な人だ。読心能力を持ってる訳ではないのに、人心を掌握している。旅人より道化師と名乗られた方がしっくりくるよ」


 ため息と共に吐き出された言葉に歪んでいた口元が更に綻ぶ。

 お褒めの言葉ととっておこう。



 階段を下りきった直後、前方から幾つもの視線を感じた。

 無数の禍々しい気配がこのフロア全体に蔓延してるのが手に取るように分かる。


「随分なお出迎えだね」


 両翼以外の全てを鎧で覆われた、全長が人の身体ほどの大きさのコウモリが視界に埋め尽くされていた。

 血走った紅い瞳で私とロイド王子をロックオン。遅れて下りてきた面々にも気付いたようだ。キィキィと耳障りな鳴き声を奏でている。


 あの装甲は剣で対処するには分が悪い。せめて急所だけでも鎧で覆われていなければ良かったものを、見事に両翼以外、それこそ頭部や心臓まで守られてるのだ。

 私にできることといえば両翼を胴体と切り離して動きを鈍らせる程度。ここはロイド王子に頑張ってもらおう。


「殿下! お下がり下さい!」


 勇者騎士が叫ぶが早いか、私とロイド王子はほぼ同時に飛び出した。


 剣を抜き放ち、そのまま何体ものコウモリの翼を切断。

 聞くに堪えない断末魔をあげるコウモリ共をロイド王子がワンパンで沈めていく。


 騎士の説明を聞いた限りだとコウモリの超音波攻撃はとても厄介だと判断したのでさっさと終わらせることにしたのだ。

 目に見えない攻撃なんて厄介以外の何物でもない。

 なら、その厄介が顔を出す前に潰す。


 コウモリ軍団の総勢はおよそ200。

 たった二人だけで立ち向かうには無謀とも言える数の暴力に、しかし私とロイド王子は圧倒的な強さをもってそれらを捩じ伏せた。


 両者共にスピード命。

 そのため、百以上いたコウモリはあっという間にその命を散らした。


 時間にして何分経ったのか分からないが、案外呆気なく終わったことに少し落胆した。

 別に攻撃されたい訳じゃないけどさ、手応えなさすぎてそれはそれで、なんかこう、もやっとする……


「あーあ、もう終わっちゃった。このフロアから強さが跳ね上がるんじゃなかったの?」


 ロイド王子も同じ気持ちのようで、ガントレットに異常がないか確認しつつ口を尖らせていた。


「次はもっと楽しませてほしいなぁ。ね、エリー」


 うむ、と力強く頷きを返し、迷宮探索メンバーにもう通れるよーと伝えようとして目を丸くする。


「嘘……だろ……?あの大群を、たった二人で……」


「殿下……まさかあれほどとは……」


 騎士達も冒険者組も唖然、としか言い様がなかった。

 私がスライムを食したときと同じくらい唖然としている。

 ただ一人、爽快少年だけが諦めたような乾いた笑いを溢していたが。


「ほらほら、ボンヤリしてないで行くよー」


 ロイド王子が先導すると戸惑いながらもついていく面々。

 騎士達は次第にロイド王子を見る目が変わり、先程までの少々侮った態度は消え失せ、むしろあれだけの数を余裕で捌ききった彼に尊敬の眼差しを向けている。


 冒険者組は自分達よりも遥かに実力があることをまざまざと突き付けられて嫉妬の渦に飲み込まれているようだ。ロイド王子に対する視線が半端ねぇ。

 そりゃ、迷宮探索に慣れてる自分達よりも迷宮初心者の方が強いだなんて耐えられないよな。プライドが高ければ尚更。


「殿下とケラー殿が間引いて下さったおかげでこのフロアは比較的安全に進めます。……ところで、ケラー殿」


 ん? なんだい勇者騎士くん。


「アーマーバットが大量に積み上がってますが、食べないのですか?」


「もうお腹いっぱい。これ以上食べたら食い過ぎで腹壊すから止めておく。迷宮の魔物食い付くそうと思ってたのに残念。あ、おいしそうな魔物がいたら欲しいな」


 最早手慣れたロイド王子の通訳に「……左様ですか」と薄い笑みを顔に張り付けた勇者騎士は前衛組にコウモリの除去を指示した。

 小山になってる大量のコウモリのせいで道が塞がってるので、まず先にそれを片付けないと。

 このフロア最大の難関は突破したが魔物がいない訳ではないので警戒しつつ素材を採集してせっせとコウモリ共を脇にやり、先へと進んだ。



 勇者騎士の言ってた通り21階層は割かし安全に攻略できた。

 22、23、24階層と前衛組と交代しながら討伐していく。強さが跳ね上がると言っていたが、前衛の戦いぶりを見てるとあながち嘘ではないようだ。結構苦戦してる。

 私とロイド王子でうまくフォローしてるので問題ないけど、そろそろ危なくなってきたな。ちょこちょこ怪我もしてるし。ポーションがあるから多少の傷ならいいんだけど……私達が前衛に切り替わるのも時間の問題か。

 あ、もちろん採取も忘れてないよ。


 飛び入り参加の私達を除くメンバーは24階層までしか攻略できていない。

 25階層より先に行けたとしても、魔物の詳細が記述されているのは27階層まで。そこから先は何が待ち受けているのやら。


 情報が全くない分今まで以上に危険が伴うが、勇者騎士いわく私とロイド王子という隔絶した実力を持った猛者がいるため生き残れる確率は高いとのこと。そんな過大評価してもご褒美は出ねぇぞ。


 まぁ結局勇者騎士の言う通り25階層も難なく突破したけど。

 その辺りから前衛と遊撃が交代し、私達がずっと前衛を務めることになった。

 それにより冒険者リーダーの眼力が凄まじいことになってたが、何かを仕掛ける素振りもないのでスルー。



 そして私達はとうとう誰も到達できなかった28階層への階段を下りた。





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