18:怪力王子と野営

 俺達は今フォルス第3迷宮の28階層にいる。


 過去、誰も攻略できずにいた未踏の地。そこに今自分がいるのだと思うと気分が高揚する。


 エリーの言う通り、生まれる場所間違えたのかもね。

 少なくとも王族に名を連ねる者が迷宮探索なんて危険極まりないことするのは喜ばしくない。それ以前に騎士達に俺が戦えるって知られるのも面倒だと思ってたのに。

 貴族や陛下に伝わらなくとも、人の口に戸は立てられないから、いくら口止めしてもどこから漏れるか分かったもんじゃない。

 平民の間で噂になる可能性もある。『ロクデナシ王子が覚醒した!』……ってな具合に。


 それを考慮しても、己の内に秘めた衝動を抑えられなかった。


 きっとそれは彼女の影響。

 ラルフが平原に放ってくれる魔物を倒すだけで満足してたのに、いつしか物足りなく感じた。


 あのとき。彼女が熊を倒したとき。

 まるで踊るように鮮やかな剣舞で熊を瞬殺した彼女を見て、心が震えた。

 彼女のように戦いたいと思った。彼女のように、自由に。

 俺は剣術はからっきしだけど、それでも彼女と同じ場所に行ってみたいと思ったんだ。


「……そのためには、さっさと彼の方に退場してもらわないとね」


 来年二十歳になれば国外追放してくれる?

 残念。俺短期な方だからそんなに待てないよ。



「ブシャアアア!!」


(不細工な猫みてぇな鳴き声だな。見た目リスなのに)


 牙を剥き出しに襲い掛かる魔物を剣でいなし、喉元に切っ先を突き立てるエリー。

 中型のリスみたいな魔物はあまりに速すぎるその身のこなしに反応することもできず、息絶えた。


「この階層は大型の動物の魔物が大半ですね」


「大型のリス、攻撃パターンは主に敵を視認した直後に突進して噛み付く。敵が自分より強いと判断すると仲間を呼ぶ習性がある……っと。噛み付く攻撃なら牙に毒がある可能性も……検分用にいくつか必要だな」


「ケラー殿。牙と魔石を少し分けて貰えませんか? 後程価格設定してお支払いしますので」


 魔物の死骸を囲んで記録をつけている騎士達。

 話を振られたエリーはこくりと頷いた。

 薄暗い迷宮内では分かりづらかろうとエリーがOKしたことを伝えるとこのメンバーのリーダーは礼を言って素材採集に勤しんだ。


(ふふふっふーん。こいつはどんな味がするかなー。まずはシンプルに焼いてみるか。塩焼きとか素材の味が分かるよな。いいねーいいねー! しばらくは肉祭りじゃぁぁ!!)


 テンションが馬鹿みたいに高いエリーもリス肉をブロック状にして鞄に放り込んでいく。

 無表情で黙々と、しかも物凄い速さで肉を捌くエリー。

 肉を捌く速さに唖然とする者、かなりの速さにも関わらず均等にブロック状にする技術の高さに感嘆の声を漏らす者、見た目かなり小さな鞄に吸い込まれていく大量の肉に訳が分からないと言いたげな視線を送る者……誰も彼もが様々な反応を見せていた。


(チッ……女のくせにでしゃばりやがって)


(俺だって本気出せばそんくらい殺れるっつぅの!)


 冒険者は大分ヘイトを募らせている。女であるエリーが先導するのが許せないのもそうだし、エリーと俺だけに魔物と戦わせる騎士にも憤ってるようだ。自分達だって戦えるのに女と王子に任せきりにしやがって、と。

 偏見もここまでくるといっそ清々しいね。


 見るからに気に食わないと睨まれてる本人も気付いてるだろうに、冒険者への関心は一切ない。びっくりするほど無関心。彼らの存在を視界に入れてるのかさえ危うい。


「28階層のマップは粗方完成しました。次の階層へ行きましょう」


 若干手強くなってるかな?くらいの感覚を残して未踏破の階層を次々と攻略していく一行。新しい階層を踏みしめる度に気分が高揚したのは最初のうちだけで、少しずつ慣れていった。


 これまでは24階層までで切り上げていたから昼から迷宮に潜っても日が落ちるギリギリの時間には帰ってこれたけど、今日は迷宮で一泊かな。


 新しい階層をマッピングしながら進むこと数時間。


「確実とは言えませんが、安全を確保しました。今日はここで野営します」


 階層を繋ぐ階段のすぐそばで野営の準備をし始めた。

 階段の近くは滅多に魔物はいないからね。一部例外はあるけどこの階層はその例外じゃなかった。

 魔物の気配も今のとこ感じないし、いざとなれば階段上がって逃げればいい。不思議なことに、魔物が階段を行き来することは絶対ない。故に安全。


「じゃあ私が見張りしておく。魔物に対処できるの私と王子だけだし、まさか王子サマに見張りさせる訳にもいかんだろ、だって。俺も見張りくらいできるけど?」


「立場上、それは止めた方が……」


「殿下を差し置いて休息などできません!」


「しかし、ケラー殿一人に任せてしまうのもな……」


「気ぃ使わなくていいぜ勇者騎士。野営に関しちゃ私以上の適任はいねぇだろ、って」


「それはそうですが……え、勇者?」


「でもエリーさん一人で見張りって、徹夜になっちゃうよ?」


「心配してくれてありがとよ爽快少年。でも大丈夫。毒混じりの濃霧が広がる渓谷を不眠不休で抜け出したりアンデッド系の魔物が蔓延る森をこれまた不眠不休でひたすら斬り伏せながら突き進んだりしたときより遥かに優しい環境だから……どうしてそんな場所通ろうと考えたんだい君」


「アンデッド……死なない魔物なんているんだ……それと少年っての止めて! 若く見られがちだけど、こう見えて俺29だから!」


 パチリと目を瞬くエリー。


(え、マジ? 絶対年下だと思ってたのにまさかの8歳も年上! 若作りしてんなぁ。少年ってのはまずいよね……よし! じゃあ今から君は爽やかくんだ!)


 今までとさして変わらない。


 エリーが徹夜でもバッチコイな姿勢を見せて騎士達を丸め込んだことで話し合いは終了。野営の準備を再開する。


 騎士道精神に溢れた彼らは女性一人に見張りを任せることになってしまったのは自らが弱いからに他ならないと己に怒り、野営の準備を手伝おうとしたエリーを制して休ませた。


 じゃあ代わりにと全員分の食事を用意してくれたエリー。すごく助かる。蛇肉と知ってリックも俺もテンション上がった。

 迷宮の魔物を食べてるとこしか見てない他の面子は若干不安そうにしてたけど。スライムだの毒蛇だの食らってたのを間近で見てたらそんな反応にもなるよね。


 でも食べ始めたら不安な面持ちが一変、喜色満面の笑みを浮かべてがっついた。エリーの善意を無下にする者はいなかった。少なくとも騎士の中には。


「スライム食ったやつの飯とか手ぇつけらんねぇよ!」


 エリーが作った料理を地面にぶちまけて文句を言う冒険者。

 せっかくエリーが作ってくれたのに……


「あーーー貴重な蛇肉がっ! おいお前ら食い物粗末にすんじゃねぇぇ!」


「はっ、てめぇの料理なんざ食ったら俺らまで魔物になるっつーの」


「おいお前達……! それが貴重な食料を分けてくれた者への態度か!? 恥を知れ!」


 とんだ偏見だ。

 俺もリックも、魔物の肉を食べた人は誰一人として身体に異常は発生してない。むしろ健康的と言える。

 陛下の命令のせいで偏食になっていたのが必要不可欠な栄養を取り入れたんだ。健康になるに決まってる。


 こうなるとアレだね。もう女ってだけで全て拒否するんだろうね。めんどくさいなぁ。


(もう知らん! こいつらの分は頼まれても作るもんか! 堅パンと干し肉だけで一生生活してろバーカ!)


 冒険者との間にギスギスした空気を残しつつ迷宮内で夜を明かしていった。


 万が一に備えてすぐ動けるように寝袋は使わない。

 寝心地の悪さに身動ぎしながら横になった。俺のすぐそばではリックが控えている。寝転がったりせずに座って寝るようだ。

 俺の護衛だからって起きてるつもりだったのをエリーに宥められて渋々この体勢に落ち着いた。


 エリーが階段のある方とは反対の魔物が来たら分かる場所で片膝を立ててぼんやりしてるのを横目に瞼を閉じようとした。


(空が見えないなぁ……迷宮なんだから当然か)


 少し残念そうに溢された独り言に閉じかけた目をエリーに向ける。そこには一切の感情が乗っていない横顔が。


(さっさと終わらせてこの国出よう。次はどこに行こうかな?)


 興奮する内心とは裏腹に表情は全く動かない。

 アンバランスにも程があるでしょ。


(森に入って木の上で生活? 断崖絶壁に洞窟掘るのもいいな! あのイカレ研究家に次会うときまでに溶岩取ってこいって言われてるからそれも済ませて……あっ! 人食い花の花びら持っていったらアイツ喜ぶかな? よし、次の目的地は暴虐の森とバルス山にけってーい! 隣接してるから両方いっぺんに行ける!)


 どっちも超危険地帯!


(あ、でもその前にアルサーヌス国かな。あの国限定の素材もう使いきっちゃってるから買い足したい)


 アルサーヌスって、爆薬で有名な!? あの国で取り扱ってる素材の大半が凶悪な罠に使われるやつなんだけど!?



 突っ込みどころ満載な心の声にいちいち反応していたらキリがない。

 そう分かっていても勝手に頭の中に流れてくるのでどうしても突っ込んでしまう。


 結果、寝付けなくなった。


 このときばかりは己の能力を恨んだ。





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