16:旅人と未知の魔物と異様な食事風景
時折見かけるヒール草や見たことのない鉱石を採取しながら進むことしばし。
「いたぞ。魔物だ」
先程の件が尾を引いて会話がほとんどなく静かなこの場に前衛の騎士の声が響いた。
それほど大きな声でもないのに私達の耳にすんなり浸透し、迷宮内の魔物と初の対面となる私と王子サマと爽快少年にはちょっとばかし緊張が走る。
薄暗くて見えづらい中をのっそりと歩いてきたソイツを見て、迷宮初心者な私達は、空間に亀裂でも入ったみたいにビシリと固まった。
いや、そもそもあれを歩いてきたと言うのは違う。
這い寄ってきたと言うべきだろう。
丸くて、うっすら青くて、なんかブヨブヨした未確認生物が、私達の方へとじりじり近付いていた。
「あれはブルースライムです。Fランク冒険者でも余裕で倒せるレベルの弱い魔物ですよ」
「色違いのスライムがおり、それぞれに能力を有しています。この色ですと水を操る性質を持ってます。すぐに倒してしまうので能力を使う場面は滅多に見ませんが」
勇者騎士がのんびり解説してくれて、記録係が書類を捲りながら補足する。
騎士達と冒険者組はさすがに慣れてるな。全く感情が揺れた気配がない。
「やっとお出ましか!」
「核を壊せ! 欠片は高く売れるぞ!」
「早くしろよリーダー! ちんたらしてっと俺らの出番なくなっちまうだろうが!」
仲間がヤジを飛ばしてる間に冒険者リーダーは動いていた。
弱い魔物相手だからか緩慢な動作で剣を抜いてブルースライムに振りかぶり、中央部分で光る赤い石を真っ二つにした。ブルースライムは動きが遅く、攻撃する間もなく倒された。
冒険者リーダーが嬉しそうにブルースライムを解体して赤い石の破片を集める。
「あの赤いやつは?」
「魔物にとっての心臓です。核、または魔石といいます。迷宮の魔物は必ず魔石を体内に宿していて、それを壊せば死にます。逆に魔石を壊さないと死に至りません」
「外の魔物とは似ても似つかないね……確かにこれは言葉で説明されてもピンとこないや」
ブルースライムをじっと観察する。
地球上の生物ではない。姿形もそうだし、解体したところを見ても臓器は見当たらず、血は一切流れない。
世界の法則をまるっと無視した存在だ。
少なくとも外ではこんな魔物見たことないな。ということは迷宮内だけか。
うーん……なんか、引っかかる。
スライムの残骸も、迷宮の魔物の性質も、魔石という単語も。
なにもかもが引っ掛かってしょうがない。
「どうしたの? いつもアホなことをマシンガンの如く連射する君が物思いに耽るなんて珍しい」
さりげなくディスってんじゃねぇよ!
ロイド王子を睨み、ブルースライムを顎でしゃくる。
あれ、あのスライム。なんでか既視感があるんだよね。初めて見たはずなのにさ。
それに迷宮の魔物の性質も、昔どこかで耳にした気がする。迷宮になんてほとんど興味のなかった私がだ。
魔石も……不思議と、初めて見たとは思えないんだよ。
「実は迷宮探索初めてじゃなかったりして。忘れてるだけなんじゃないの?」
そうなのかなぁ……?
記憶力には割と自信あったんだけどな。まぁ思い出せないってことは記憶に残るような出来事じゃなかったのかも。
いやでも迷宮探索してたんなら迷宮の魔物覚えてるはずだよな……
あーやめだやめだ! うだうだじめじめ考えんのやめだ!
考えるの面倒くさい。気のせいだ。既視感なんて気のせいだ!
勇者騎士の肩をバシンバシン叩く。
「いっ……! け、ケラー殿?」
「あのスライムどうすんの? 入り用なのは魔石だけ? って聞いてるよ」
「あ、ああ……スライムは魔石にしか価値はありませんよ」
にやりと口角が上がる。
ほほう。いいこと聞いた。それならあのスライムもらっても誰も文句言わないな?
軽い足取りでブルースライムの亡骸の元へ行く。
「おい女。核は高く売れるけどよ、スライム自体はなんの役にも立たねぇんだぜ? んなことも知らねぇのかよ?」
「おいやめろよ! 迷宮初心者ちゃんだぞ!ははっ」
冒険者組の小馬鹿にする態度も気にせず、ブルースライムを手に持つ。
大きさは大体両手に納まる程度。外の魔物はデカいやつばっかだから新鮮だ。
さてスライムちゃんよ。
何故私が君に熱い視線を送ってるのか分かるかい?
答えは聞かずとも分かるだろう。
腹の虫がさっきから限界を訴えてるんだ。いい加減飯を食いたいんだよ。
目の前には待ちに待った食料。
食料がそこにあるのに捨て置くなんて愚の骨頂。
という訳で!
ぱんぱかぱーん! エリーさんの魔物調理実習・迷宮編~!
さぁ今回のメインディッシュはブルースライムでございます。
瑞々しい色でプルプルしてる食材です。メインディッシュというよりデザートに近いですね。ゼリーやプリンなどを連想します。
空腹具合からして早速メインを作りたいところですが、この感触からしてデザートにした方がおいしくなりそうな予感がするので甘いお菓子に大・変・身☆させちゃいましょう!
懐から取り出しますのはナイフ、フォーク、数枚の紙皿。
なんで懐に食器類を忍ばせてんだという質問は受け付けません。
とりあえず一口大に切って数枚の紙皿に分けます。
なんで分けるのかって? 色々な味を楽しむために決まってるでしょう!
手間のかかる調理法は止めておきましょう。空腹を通り越して禁断症状が出るかもしれないので。
さてさてお次に取り出しますのは甘味調味料でございます。
世界各地で入手した貴重な調味料です。
なんと! これらを上からたっぷりかけるだけで完成しちゃうのです!
全然調理のうちに入んねぇよドアホが! なんて言葉は聞こえません。聞こえないったら聞こえないんです、ええ。
まず手始めにメープルシロップをぶっかけます。
砂糖だけだと単調な味になってしまいますからね。そこは私の譲れないグルメ精神です。
早速食べてみましょう。いざ実食です!
黒いマスクを下にずらし、メープルシロップがたっぷりかかった一口大スライムをばくっとな。
!! こ、これは……
なんということでしょう! メープルシロップの味しかしません!
スライムの味が一切しないのです!
無味! なんとこやつ無味でした!
味のしないキノコに無理矢理調味料をぶっかけたときのような食感と味わいです。なんでそんな例えなんだって? 実際やったことあるからに決まってるでしょう。ちなみにそのキノコは猛毒で腹壊しました。
味がないのは非常に残念ですが食材にケチつけても致し方ないこと。他の魔物はどうか知りませんがスライム料理は調味料に頼る他ありませんね。ラルフ王子にもそのように報告しましょう。
スライムはデザートにした方がおいしいとの予想は見事に外れてしまいました。
メープルシロップ他、チョコソースやイチゴジャムやピーナッツバターなどなどチャレンジしてみましたが結果は変わりませんでした。
チョコソースはチョコの味しかせず、イチゴジャムはイチゴの味しかしませんでした。
しいて言うならゼリーともコンニャクとも違う妙にぐにゃぐにゃした不思議な食感が楽しいです。
甘味調味料の味しかしないとはいえ、食事は食事。
綺麗に平らげましたよ。お残しなんてする訳がない。
多少は空腹が紛れました。それだけでも幸せです。ごちそうさまでした。
あーやっと空腹による胃の痛みが治まったわ。
人間やっぱ食事を摂らなきゃね!
「うわぁ……ホントに食べた……」
マスクを元の位置に戻して一息ついていると、若干引いた声色のロイド王子の呟きが聞こえてきた。
振り向いてみると騎士の面々と冒険者組が唖然とした顔で私を見ていた。爽快少年は表情を凍り付かせ、ロイド王子は信じられないものを見る目をしている。
なんでそんな顔してるんだろ?食材があったら使うのが礼儀だってのに。
まぁいいか。討伐の邪魔はしてないんだ、文句もないだろ。
とはいえ、まだまだ腹は減ってるんでね。倒した魔物はもらってくよ。
使い捨ての紙皿は放置し、ナイフとフォークを軽く綺麗にして懐にしまいながら迷宮探索メンバーの元へと戻る。
さーてと。空腹感が多少はマシになったことだし、私も採取ばっかり目を向けず討伐にも助力しますかね。
「スライムを食材扱い……」
「ありえねぇ……」
「腹減ったとしても、アイツの真似だけはできねぇわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます