季節は巡って

 もう季節はすっかり冬だ。

 少し前まで部活終わりのこの時間はまだ明るかったのに、今はほとんど日が沈んで、辺りが暗くなっていた。露出している肌に当たる風も酷く冷たくて、痛い。雪が降ってもおかしくないような寒さだ。


「今日は満月か……」


 隣を歩いている一樹が空を見上げていた。

 空を見上げると雲のほとんどない夜空に、綺麗な満月が浮かんでいる。


 冬になって空気が澄んでいるのか、いつもより月の明かりがはっきりとしている。まだ星は出ていないようで、月だけが暗い夜空の中に輝いていた。


「綺麗な満月だね」


「そうだな」


 特に会話もなく黙って、二人で空を眺めながら歩く。


 一樹とは中学の頃から仲が良かったけれど、一樹はいつも家庭の事で忙しくて、授業が終わると帰ってしまっていたので、二人で一緒に帰ることなんてなかった。だから、高校生になって一緒に帰るようになって、こんな風に二人で夜の空を歩く日が来るなんて考えた事もなかった。

 

 明るい道を帰るのと暗い道を帰るのとでは、周りの景色や一樹の姿が違ったものに変わっているような気がした。それは決して悪い変化ではなく、なんだか愛おしくなる変化だった。


「なぁ、最近お前、少し変わったよな」


 ふと、一樹が呟くように言った。横を見ると、一樹はまだ空を見上げたままだ。けれど、僕には一樹が空とはまた何か別のものを見上げているように思えた。


「変わったって?」


「お前があれ以来女の子と本当に楽しそうに話しているのは初めて見た気がするよ」


「ふぇっ?」


 ふいに思ってもいなかった事を言われたので、変な声が出てしまった。ずっと空を見上げていたままだった一樹が、その声に反応したのか僕のことを見つめてきた。


「ふぇっておい……そりゃ、お前……」


 一瞬だけ苦笑いをしてからため息して肩を落としたけれど、その後の僕を見つめる一樹の表情はいつになく真剣だった。


「水無瀬さんとの話だよ。最近、お前がよく水無瀬さんと話をしているのを見るし、すごく楽しそうに話しているよ。他の女の子と話す時は、まだぎこちなさが残っているのに、水無瀬さんの時だけはすごく自然に話している」


「そうかな?」


「そうだよ。もしかして自覚してないのか? 今までずっと女の子を避けてきたお前が、普通に話をしているだけでも、変わったと思うよ。自分からだって話しかけてるだろ?」


 一樹に言われて、自分が他の女の子とは違って、水無瀬さんとは自然体で話せていることに初めて気がついた。

 相変わらず他の女の子と話しかける気にはならないし、話しかけられることがそんなにいい気分にはならないのに。


「どうして水無瀬さんとよく話すようになったのかはお前から話してくれるまで聞くつもりはないけれど、その気持ちは大切にした方がいいと思うよ。いつまでも、女の子との関わりを避けてなんていられないんだから。

 この世の終わりみたいな顔していた時期があったのを考えると、俺はお前が変わってくれて嬉しいよ。

 あれは……いや、……あれは決してお前のせいじゃない、事故みたいなものなんだから、この先の未来まで暗くさせる必要はないんだ」


 何故だろう。


 他の女の子と話したいなんて思ったりしないのに、水無瀬さんとだけはボーカロイドの事だけじゃなくて、他の事でも話をしていたいと思う。


 けれどそれは別に好きだという気持ちでもないし、女の子として意識できないからとかっていうわけじゃない。


 たぶん、たぶんだけれど純粋に水無瀬さんの才能に惹かれているのだと思う。水無瀬さんが作る曲はどれも好きだし、心打たれるものばかりだから。

 同じ何かを作るものとして、尊敬している。


 それだけは確かだ。


 ただ、どうしてもあの時に重なった残像が頭の中から離れない。


 もしかしたらあの時からずっと水無瀬さんの何処かに、瞳の事を重ねているのかもしれない。瞳と話をしているような気分になりたくて、水無瀬さんと話がしたいのかもしれない。

 

 正直なところ、今の自分の気持ちがよくわからない。


 僕は水無瀬さんのことが好きなのだろうか。


 でも瞳のことが好きでいることに変わりはなく、水無瀬さんに恋愛感情を抱いているという自覚もない。好きと言葉だけで、そんな簡単に説明できるものではない気がするのだ。


「ま、焦らずにゆっくりと変わっていけばいいのさ」


 一樹はのんきそうにそう言うと、別の事について話し始めた。もう一度空を見上げてみると、先ほどまではなかった小さな星が、所々で光っているのが見えた。

 

 そうして何事もなかったかのように、星空の浮かぶ空の下の通学路を二人で帰った。

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