きっかけの友達
購買部から教室に戻る途中でトイレから出てくる水無瀬さんと会ったので、屋上に行こうと誘った。屋上は昼間なのにかなり冷え込んでいたせいか人はほとんどいなかった。
「そういえばさっき黒崎さんに会って、あの動画はいいね、前より曲としての完成度が高いし、ミクの調声も良くなったって言われたよ」
「えっ、嬉しいな、まだ感想貰ってなかったからどういう反応してくれるかなって思ってたんだけど、褒めてくれてたならよかった」
水無瀬さんはとても嬉しそうだ。
「あ、そういえばね、私が作曲してニコニコに投稿していることを唯一知っている友達からもね、あの動画のイラストはいいねって言われたの。クラスの友達が描いたんだよって言ったら、こんな素敵な絵が描ける人は、きっととっても心が透き通るように綺麗で、素敵な人なんだろうね、会ってみたいってすごい褒めてたよ。良かったね」
水無瀬さんが作曲している事を知っている友達がいるのは意外だった。
あれだけ「他の人には言わないで」と念を押され、水無瀬さん自身も他の人には知られないよう警戒している様子を見ているので、相手がどんな人なのかすごく気になる。あんなに毎日仲がよさそうにしている清水さんにでさえ言っていないのに。
それに「会ってみたい」と言う言葉がなんだか引っかかった。それは僕が水無瀬さんの曲を聞いて探したのと同じように、誰がこの絵を描いたのか知りたいということに等しいからだ。
「へぇ、黒崎さんだけじゃなくて他にも水無瀬さんが作曲している事を知っている人なんていたんだ」
「うん。恥ずかしいから作曲の事は誰にも言うつもりはなかったんだけどね、その子が落ち込んで暗くなっていた時があってね、私が作った曲を聞いて少しでも元気になってくれればいいなって思って、その子のために曲を作って渡したことがあるの。だから、その流れでその子は私が作曲している事を知っているんだよね。まぁあんまりいい曲ができたわけじゃないんだけどね、私が心配している気持ちは伝わってくれたのかなと思う」
自分のためだけに時間を使って曲を作ってくれたと言う事には、すごく価値があるはずだ。誰かにあげるものを作るために自分の大切な時間を使うということは、その人のために自分の人生の一部をあげることに等しいと僕は思う。それだけ何かを作ると言う事は力を使う。
「そんなことがあったんだ。その子ってこの学校の人なの?」
「ううん、違うよ。別の高校の子。中学生の時に同じピアノ教室に通っていて仲良くなった子でね、親の仕事の都合で、引っ越しちゃったから。その子が引っ越しちゃう前に、ネットに投稿している事も教えたんだ」
きっとその子とは相当仲が良かったのだろうし、ネットでつながれる時代だからこそ、教えたんだろうなと思った。
「そもそもどうして私がその子のために曲を作ろうって思ったかって言うとね、その子が私以上に音楽に真摯に向き合っていたからなの。だからこそ、他の方法で励ますよりも、私が作った曲で癒されてほしいなって思いを込めて曲を作ったんだ。音楽を通して仲良くなった子だったから、私とその子の間に音楽の存在が大きかったってのもあったとは思うんだけどね」
確かにその感覚はなんとなくだけど分かる。
相手と共有しているものの存在ってのはすごく大きい。僕が一樹にだけ漫画を書いている事を教えたのは、ただ単に小学校からの友達だからというわけではない。漫画や小説など、物語に関するものが好きな一樹だからこそ、教えたのだ。
物語に対して熱い情熱を持っていたからこそ、漫画という形式の物語を作ろうと決めた時に、一樹にだけは打ち明けた。一緒にお互いを高めあっていけるんじゃないかと思ったのだ。
「ちなみにね、その曲は私が初めて作った歌詞のある歌物の曲だったんだよね。思えば、初音ミクで曲を書こうと思えたのも、その曲を作った経験があったからだったりするんだよね。まぁ、私は歌が下手だから、ミクちゃんがいなければ、もう歌物は作らなかったと思うんだけどね」
ということは、きっとその人がいなければ、水無瀬さんと僕がこうやって出会うことがなかったかもしれない。
それを考えると僕は、その人に感謝をしなきゃいけないなと思った。
いつか可能なら直接会ってお礼を言ってみたい。
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