アンテナ

 絵の下書きが描き終わったので水無瀬さんにチェックしてもらうために、メールで添付して送った。


 水無瀬さんからはすぐに「これでいいから清書してほしい」と了解をもらったけれど、まだ何か一枚アクセントの強い絵が足りない気がした。頭の中で曖昧だけれど、その一枚の絵のイメージは浮かんでいた。このイメージは、あの時に浮かんだイメージだった。


 放課後、屋上に水無瀬さんを呼び出した。今日は僕たちの他にも何人か屋上にいる人がいたので、なるべく人気のないところに座った。


「実は最初にあのノートを見た時に浮かんだイメージがあるんだ。とっても素敵なものだった覚えはあるけど、その光景が思い出せないんだよ。だから、もう一回あのノートを見せてくれないかな」


「絶対に他の誰にも見せたくないけれど、三善くんなら見てもいいよ。だって一緒に曲を作ってくれる人だもの」

 あんまり見せたくないと渋られるかなと思ったけれど案外すんなり見せてくれるようだ。

 水無瀬さんは鞄の中に手を入れてガサガサとノートを探し出した。どうやら簡単には無くさないように鞄の奥の方にしまっているのか、ノートを取り出すのに少し時間がかかった。あの時よりもノートは使い古されている感が出ていた。


「実はね、あのノートを誰かに見られたのは、2回目なの。私がよそ見して歩いていた時に、黒崎さんとぶつかっちゃってね。ドジだから、こけてかばんの中身を盛大にひっくりかえしちゃったんだ。

 それでたまたま黒崎さんの足元にあのノートが落ちてね、黒崎さんが拾ってくれたんだけど、中を見られちゃって。黒崎さんは、ちょっとしか見てないはずなのに、私にノートを返す時、『きみは作曲をしているのかい』なんて言ってきて驚いた。その時はノートを使い始めたばかりで手がかりになるようなことなんてほとんどないのに、当てちゃうんだもん。私の字は汚かったし、音楽の知識がある人が見ても分からないような雑なコード進行の書き方だったからそんな簡単にわかるようなもんじゃないはずなのに」


 あの人の洞察力の高さには本当に驚く。

 それに、そういう場面に遭遇するのは、相当アンテナの感度が高いんだろうと思う。まるであの人のもとに才能が引き寄せられているかのような気さえしてくるから怖い。


「だから、黒崎さんは水無瀬さんが作曲していることを知っていたんだね。僕も漫画を描いているって知られた時も、そんな感じで突然だったよ」


「そっかー。やっぱり黒崎さんって、不思議な人だよね」


 水無瀬さんが遠くを見るような顔で、ぼそっと呟いた。


「うん。そうだね。あの人についてはわからないことだらけだよ」


 なんだか二人でしんみりした気分になってしまった。


 外の景色を眺めている水無瀬さんの隣でノートに書かれた文字で詩を読むと、なんとなく最後の一枚にふさわしい、翼を広げてわしと空を飛ぶ初音ミクのイメージが浮かんできた。さっと簡単にそのイメージを紙に描いた。


 描いてる間、水無瀬さんはお楽しみに取っておきたいからという理由で下書きを見なかった。


 そのあとも色々と話をしているとクレジットの話になった。


「そういえば、イラストのクレジットをどうしようかなって思ってるの。私はJunって名前で投稿しているから、その名前を使うけど三善くんはどうする?」


 そんなこと考えてもいなかった。何かネット上での活動で使う名前をつけなければいけない。


「うーん、どうしよう。水無瀬さんはどうしてその名前にしたの?」


「私の場合はね、どうせならみんなが覚えやすい名前がいいかなって思ったの。それならひとつの単語で私に関係のあるものがいいなって考えてたら、近くにあったカレンダーの英語が目に入ってね。

 そういえば私の誕生日は6月だからJunって思ったの。Junってとっても言葉の響きが素敵だなって思ったからそれにした。三善くんはさ、漫画家になりたいんでしょ? 同じ絵の活動なんだし同じ名前を使ったら?」


「漫画用のペンネームがあればいいんだけど、何分まだどこの賞にも送ってないし、ネット上にあげたりもしてないから決めてないんだよね」


「漫画家の人ってフルネームのペンネームの人が多いよね。手塚治虫とか藤子不二雄とか。アナグラムってわかる? 自分の本名をアナグラムしてつける人も多いみたいだよ。

 まぁまだ動画を投稿するまでは時間があるから、思いついたら教えてね、別に名前を入れる作業ならすぐ終わるし、無理に早く決めなくてもいいから」


 そう言われたので、じっくり決めさせてもらうことにした。一樹あたりに相談したら一緒にペンネームを考えてくれるかもしれない。

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