ペンタブ

 映画を見た帰り道、一樹にペンタブを見に行くのに付き合ってもらうことにした。

 家電量販店へ歩いてさっき見た映画の話をしていたけれど、ふと肥川さんのとの約束の件を一樹に確かめたくなった。


「そういえば、肥川さんからなんか俺の話聞いてない?」


「え?特に聞いてないけど……お前なんかしたの?おいおい、肥川さんを怒らせたりしてないよな? やめてくれよ、俺にとばっちり来るようなことは」


 一樹には何のことだか全くわかっていないようだった。むしろ僕がなんか肥川さんを怒らせたんじゃないかと誤解された。

 どうやら肥川さんはちゃんと約束通り一樹にさえも何も言っていないようだ。信じてないわけじゃないけど、安心した。

 まぁもちろん、一樹があの絵を見たら僕が描いたということは簡単にばれるから、一樹に対してはその約束の意味はないのだけれど。


 家電量販店に着いてペンタブの売り場に行くと思っていたよりコーナーがでかく、結構な種類のものが置いてあった。


「げっ! こんなに値段高いのか」


 一樹にはペンタブのこと何も教えていなかったので、値段を見てものすごく驚いていた。

 ペンタブは液晶画面に直接ペンで書き込んでいけるタイプと、専用のボードにペンで書いた動きが画面に反映されるタイプがある。一般的に液晶に書くものは液タブと呼ばれ、ボードに書くものが板タブと呼ばれている。


 液タブはモニターを一つ買うのと同義なため値段が高い。安いものでは10万近くはする。一樹が見ているのは、性能の良い液タブで20万弱の値段がついていた。


 液タブよりも板タブのほうが安いと言っても最低1万円はする。高校生にとっては高い買い物だ。もちろん性能がいいものを買おうとしたら板タブでも3万や5万円になる。

 予算的には高くても2万円と言ったところだろうか。できれば絵が描けるソフトが付属しているものが良い。


 買うのは板タブなので液タブを試す必要はないのだけれど、展示してあるので試してみたくなるのが人の性だ。

 一応周りに知り合いがいないことを確認してから書き始めた。紙に書いているのとほとんど同じ感覚なのですらすらとペンが進んだ。


「ほほーっ、お客さんいい線描きますなぁ」


 一樹は僕が描いているのを隣で茶化しながら見ていた。

 少しするといつもの癖で泣きそうになっている女の子の顔が描きあがった。


「うおっ、5分も経たないうちにお前そんなクオリティの高い絵描いたのか。さすがだな」


 一樹はなんだか感心しているようだった。そういえば一樹に描き終えた絵を見せることはあっても、間近で描いているのを見せたことはなかった気がする。


 一樹も描きたいというので、ペンを渡すと子供のようにはしゃいで楽しそうに何かを描いていた。


 次に板タブの方でも描いてみた。


 液タブに対して板タブは板タブ上で動かしたペンの大きさとパソコン上に描かれる線の大きさが違うから、なかなか描きづらかった。思ったように上手く線が引けない。たぶんこの感覚はたくさん描くことで慣らしていかないといけないのだと思う。

 色々な商品を見て、大きさや書き心地、付属のソフト値段などを簡単にメモっておいた。後はパソコンデスクの大きさや、ペンタブ自体の性能と相談して決めよう。


 一通り見終わったので一樹を探すと、まだ液タブに絵を描いていた。一樹が嬉しそうに絵が描けたから見てくれと言ってきたから描いた絵を見るとなかなかどうして、上手かった。


「どうだ、俺の絵も悪くないだろ。妹と絵を描いたりして毎日遊んでたからね。それでだいぶ鍛えられたよ」


 毎日絵を描かざるを得ない環境があったから絵を描くのが好きじゃなくてもうまいのか。


「それに表現者たるもの、自分の考えや思いを表現できるツールはたくさん持ってるに越したことがないからね。上手いとまでは言えなくても人並みに絵は描けなきゃね」


 さすが一樹。

 良いことを言うなと思ったのも束の間、一樹の描いた絵から目線を逸らすと、僕がさっき描いた絵にいたずらされていたので、軽くどついておいた。

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