謝罪

 家に帰ると、ご飯を食べる気にもなれず、気持ち悪いからと親に言って、ベットに潜り込んだまま、寝てしまっていた。翌朝、どんよりと曇って今にも雨が降りそうな天気の中、遅刻ギリギリで学校に行くと下駄箱のところで黒崎さんと会った。


 どうやら、僕が学校に登校してくるのを待っていたらしかった。


「おはよう、三善くん。今日はずいぶん学校に来るのが遅かったね。休みなのかと思ったよ。ところで感想は読んでくれたかい?」


「すいません、あんまり気分が良くなくて寝坊しちゃったんです。感想、とても参考になりました。ありがとうございます」


「そうかい。それは良かった。また何か進展があったら教えてくれよ」


 黒崎さんはどうしてもその確認がしたかっただけのようで、すぐに立ち去ろうと

した。けれど、どうしても言いたかったことがあったので、僕は声をかけて引き止めた。振り向いた黒崎さんは呼び止められたことが意外そうな顔をしていた。


「それにしても、わざわざ水無瀬さんを介して封筒を返すなんてことしなくてもいいじゃないですか」


 僕が声を荒げると、黒崎さんは珍しく戸惑っているようだった。


「おやおや、気に障ってしまったのならすまないね。でも僕はきみが思っているよりもたいして何もしていないよ。うーん、そうだな、強いて言うならばわかりやすいように、ほんの小さなきっかけを作ってあげただけさ。

 この出来事がなかったとしても、遅かれ早かれきみたちはきっとお互いの才能に惹かれあって、生かし合っていたと思うよ」


「そうですかね? 僕は自分から他の人に漫画の事を言うつもりはまったくないので、言わなかったと思います。仲の良い友達にも言っていませんから」


「ふむ。どうしたものか」


 僕が食い下がらなかったからか、黒崎さんは困った顔をした。でもそれも一瞬で、いつになく真剣な眼差しになった。


「たとえきみが言わなくても、どこかで彼女はきみが絵を描くのが上手いという事を知っただろう。なぜなら、彼女の才能を見つけたのは誰の手助けでもない、きみ自身なのだから。

 考えてごらん、ネット上にある無数の楽曲の中からたった一つ、彼女の作った曲を見つけ出したんだ。それ自体は別に大したことではなくて十分に起こりうることだけれど、きみはあの曲がネットの世界にあげられる前に、彼女のノートを拾い曲の歌詞を見ていた。

 そうして、あの曲を聞いた時、その事を思い出し、その曲を作った人間が自分のクラスの中にいることを知って探し始めた。そうして彼女の才能と出会ったんだ。これを運命と言わずになんというんだい?」



 黒崎さんの言うことは間違ってはいなかった。


 あの時ノートを拾っていなければ。


 あの歌詞が書かれたページを開いていなかったら。


 あの曲を聞いていなかったら。


 偶然と言うだけでは済まないようなことが積み重なって今の状況がある。何か一つでも起こらなければ、違う行動をとっていたのなら、僕は水無瀬さんとこんな関係にはなっていないだろう。


「それに、探さないことだってできたはずだ。何かの偶然だと思って見過ごすことだってできたはずだ。そうだろう?」


「そうです。僕はどうしても気になったんです」


「でもきみは偶然だと思って見過ごさなかった。興味を持って彼女を探したんだ。そうして、実際に見つけた。その時点で、きみの持っている才能と、彼女の才能が惹かれあっていた証拠だよ。

 時に才能と才能はお互いを引き合わせるものさ。例えば勝海舟と坂本竜馬がまるで互いに惹かれあうかのように出会い、立場の違いを乗り越え、師弟の関係となって日本の歴史を大きく変えたようにね。そういうことは世の中にたくさん起こっているんだ」


黒崎さんは淡々と話を続ける。


「あと勘違いしないでほしいのは、最初は彼女に封筒を渡すつもりなんて全くなくて、きちんときみに直接渡すつもりでいたんだ。これは君と僕との関係を掛けて誓おう。

 けれど、下駄箱に行く途中で普段は君よりも遅く来るはずの彼女が僕のそばを通りかかってね。その時、ふと、この封筒を彼女に渡すべきだって思ったんだよ、直感でね。だから僕は偶然に導かれるままに彼女に封筒を渡しただけさ。

 彼女に渡したとしても、封筒の中身を見るとは限らないわけだし、この機会がなければ僕は彼女にきみのことを教えるつもりなんて一切なかったよ。

 君よりも先に水無瀬さんが登校してきたのは偶然とはいえ、きみが手繰り寄せたのさ」


 黒崎さんが言っていることは、説得力があった。やっぱりこの人の凄みには勝てない。


「まぁどちらにしても、今回の僕の行動で君が不快に思ったことがあったなら謝る。申し訳ない」


 黒崎さんはそういって頭を下げると、2年生の教室のほうへ帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る