邂逅
学校からの帰り道、偶然前の方で水無瀬さんが一人で歩いているのを見つけた。近くには他にうちの学校の生徒はいないし、作曲のことについて話しかけるのに、これ以上ない絶好の機会だ。
水無瀬さんに追いついて話しかけようと思うけれど、何故だか身体が上手く動いてくれなくて、鉄の靴でも履いているかのように足取りが重い。そうしているうちに、水無瀬さんがどんどん遠くに行ってしまう。
こんな風に自分から望んで特別な用事もなくわざわざ学校の外でまで女の子に積極的に話しかけるなんて、あれ以来ほとんどしていないのだ。心は話しかけたいのに、身体が拒絶する。
どうしてもあの曲を作った人と話がしたい。
あの曲が素敵だということを伝えたい。
そんな思いが段々と足の重さを軽くしていく。
なんとか水無瀬さんに追いついた。
「水無瀬さんっ」
水無瀬さんは声に反応して、身体をびくっとさせてから、振り返った。
「あ、あれ、三善くんどうかしたの?」
水無瀬さんは目を細めて、凄く不審そうな顔をしている。警戒しているのだろうか。普段まったく話すことのない相手に、学校の外で話しかけられたんだから、当然のことだ。僕だってあまり関わりのない女の子に外で話しかけられたら不審に思う。
「部活帰りかなんか?」
「私は部活に入っていないから違うけど……どうかしたの?」
「あのさぁ、こんなこと突然聞くのもどうかと思うけど、まどろっこしいから単刀直入に聞くね。水無瀬さんって作曲してるよね?」
「えっ? どうして突然そんなこと、私に聞くの? 何を思ってそんな事を言っているのか分からないけれど、音楽系の部活にも入ってない私が作曲なんてできるわけないじゃんっ。私じゃなくて他の人と間違えてないかな?」
水無瀬さんは作曲と言う言葉に一瞬、びくっとなって目を丸くさせたけれど、すぐに冷静を装っていた。それは明らかに何かを隠している仕種で、やっぱりあの曲を作ったのは水無瀬さんなのだろう。
「間違えてないよ。『雛鳥は青い空の夢を見る』って曲があってね、その曲の歌詞が書いてあるノートを水無瀬さんが持っているのを見たんだ。それもその曲がニコニコ動画で発表される前にね」
僕の言葉を聞いて、水無瀬さんが深いため息をついた。
急に表情が険しくなる。
「そっか、そこまで知っているのなら、ごまかせないね。確かに私は作曲しているよ。それにあの曲を作ったのは私だよ。でもいつあのノートの中を見たの? もしかして勝手に机の中から取って見た?」
いつもは大人しい水無瀬さんには似合わない、責め立てるような、口調を荒げた声だった。
「そんなことはしないよ。前にたまたま教室に落ちていたのを拾って見ちゃったんだよ。外側には何も書いてないから、誰のノートかなって思って。ノートの中を見たことに悪気はなかったんだ、ごめん」
水無瀬さんは僕の答えを聞くと、ふーっと息を吐いた。先ほどまでの険しい表情から、明るい表情に変わった。
「良かったーもしかしてなにか脅されてるのかと思ったよ」
僕の言い方が悪かったのだろうか。何か変な誤解をさせてしまったようだ。
「それじゃあ、あのノート拾ったのは三善くんだったんだ。ありがとう。あのノートは毎日肌身離さず持ち歩いているんだけれど、一度だけなくしちゃったことがあって。ノートがなくなった日、どこに落としたんだろう、誰かに持って行かれちゃったらどうしようってずっと不安だった。
次の日の朝、ノートを探すために誰よりも早く学校に行ったら、教室の教卓の上に置いてあって安心したんだ。でもそんな所に置いた覚えはなかったから、誰が置いてくれたんだろうって思ってた。もし、あのノートを見ていたら、どんなことを思ったんだろうってこともずっと気になってた」
肌身離さず持ち歩くぐらい大切なノートなら、あの時教卓の上に置いた僕の判断は結果として間違ってはいなかったと思う。きちんとノートが水無瀬さんの手元に戻ってよかった。
「このこと、誰かほかの人に言った?」
「えーっと、水無瀬さんが作曲してるってこと?」
「うん。私が作曲してるってこと」
「作曲している人を探すのに協力してもらった人は一人いるけど、その人には探していた人が水無瀬さんだとは言ってないよ。水無瀬さんがあのノートを見られないように、必死に隠しているところを見たからさ、誰にも知られたくないのかなって思って」
「恥ずかしいから絶対に他の人には言わないでね、お願いだよ。誰かに言ったら、本当に怒るんだからね!」
「大丈夫、誰にも言わないよ」
水無瀬さんは先ほどよりも冗談っぽく怒った。なんだか少し可愛らしいと思った。
「ふふっ」
前触れもなく、くすっと笑った。
「なんか意外だなって」
「どうして?」
「だっていつも女の子とは関わろうとはしていなくて、女の子に話しかけられると苦手そうな顔をして避けている三善くんが、私なんかにこんな場所で話しかけてくるなんてどうしたのかと思っちゃったんだもん」
女の子から直接そんなことを指摘されたことは今までなかったから、ドキッとした。確かに僕は女の子が苦手だ。関わらなくていいなら極力関わりたくはないと思っている。関わってこないでほしいと思っている。
「でも、私もあまり男の子と話をするのは得意じゃないっていうか、苦手な方だから、三善くんが避けている気持ちは、ちょっとわかるかな。なんか同性と違って難しんだよね、異性と話をするのって。会話のつぼが違うから気楽に話せない。綱渡りでもしているみたい」
確かに水無瀬さんも男の子と話をしているところは滅多に見ない。どこの部活にも入っていないので、なおさらだ。
男女が一緒に活動している部活や同じスポーツをやっている部活同士だと、結構男の子と女の子が話しているところを見るけれど。
「だよね。自分でもこんなことするなんてどうしたんだろうって思うよ。でもあんなすばらしい曲を作れる人が誰なのかどうして知りたくなっちゃって。それぐらい僕はあの曲が好きになったから」
「えっ……あっ、ありがとう……」
その言葉を聞いた水無瀬さんの顔が赤くなっていくのがわかった。それをみて、なんだか僕も自分が言った言葉が恥ずかしくなった。
自分の顔をも赤くなっていくような気がした。
「あっ、あのさぁ、もし投稿している曲以外にも作った曲があるなら今度聞かせてくれないかな?」
「……いいよ」
水無瀬さんは恥ずかしさを隠すためか、下を向いていた。
「ところで三善くんってニコニコ動画はどのくらい見るの?」
「自分からは全然見ないな。友達に勧められた動画をたまに見るくらい」
水無瀬さんはすごく不思議そうな顔をした。
「えっ、でもじゃあ、どうしてあんな誰も知らないような曲を見つけたの?」
「誰も知らないってことはないでしょ。あの曲は友達に教えてもらったんだ。うちのクラスの佐伯だよ。あいつは、ネット大好きだから、結構初音ミクとか聞くらしいんだよね。いろいろ探して聞いてるみたい」
「へー。そうだったんだ。佐伯くんが初音ミク好きだったなんて知らなかったな」
結局その後もなんだかんだ他にも話をしながら水無瀬さんと駅まで一緒に帰った。電車は別々の方向だったので、駅のホームで別れた、
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