創作ノート
部室でだらだらしていると、誰かがせわしなくドアをノックする声が聞こえた。部員以外の人が映像研究部を訪ねて来るなんて珍しい。
誰だろうと思いながらドアを開けてみると、そこにいたのはさらに珍しい女の子だった。
肥川さんだ。
「あ、三善くん。こっちに一樹くんは?」
肥川さんは一冊のノートを両手で抱えていたけど、少し呼吸が乱れているような気がした。走ってきたのだろうか。
一樹は決して文学少年と言うほどまで本の虫ではないけれど、同じ文芸部に所属しているので文学少女の肥川さんとは話があって仲が良いらしい。だから、稀に一樹を探しに部室に来ることがある。
「今度部活で使うために映画を借りに行っているからいないけど、結構前に出かけて行ったから、もうちょっとしたら戻ってくると思うよ。中で座って待ってなよ」
中に入るように促すけれども、肥川さんは中に入ろうとはしなかった。
「そうなんだ。でも私、この後に急ぎの用事があって待っていられないから」
そう言うと、肥川さんが持っていたノートを差し出してきた。
「ま、三善くんならいいか。これ、一樹くんから借りてたノート。返しといて。用はそれだけ」
僕がノートを受け取ると、肥川さんはそそくさと帰ってしまった。
肥川さんから渡されたノートをよく見ると、一樹が物語の構想なんかを書いているノートだった。意見を聞きたいからと、何度かノートを見たことがある。以前見たときは半分も使っていなかったのに、もうページは残り少なかった。
これだけたくさん書いているけれど、実際に使うものは二割もないと言っていた。使わないのにどうしてメモをとるのか疑問に思って聞いたら、こうやって紙に書くことで頭の中の整理ができるし、何かで行き詰ったりしたときに見返して、使えるものがあるかもしれないからだそうだ。
また、例え書いたものが役にたたなくても、そのことを考えたという事実がいつか次の創作につながるとも言っていた。
何かを作り出すっていう作業は、とてもエネルギーのいるものなのだと思う。実際の作業の時間だけではなく、色々なものの積み重ねで出来上がるものなのだとも思う。
あの時拾ったノートも、このノートと同じようにネタ帳のようなものだったんだろう。きっと持ち主にとってはとても大事なノートだったはずだ。
しばらくすると一樹が戻ってきたので、肥川さんが来たことを伝え、ノートを渡した。ノートを受け取った一樹はなんだか不思議そうな顔をしていた。
「どうかしたの?」
「いやさ、いつもは何があっても必ず肥川が直接渡しに来るからさ。どうしたんだろうって思って」
「うーん、なんか急いでいたみたいだよ。肥川さんには珍しく走っていたよ」
「珍しく? ……ああそっか、お前肥川と同じクラスなんだよな。忘れてた」
「委員会もいっしょだから、まぁわりと関わりはあるね。言ったことなかったっけ?」
「へー、そうだったとは知らなかった。肥川も俺と祐一が仲いいことは知っているはずだから、そのこと教えてくれてもいいのに」
一樹は不満そうに愚痴った。
「あ、一つアドバイスしておくと、肥川を怒らせるようなことはしないほうがいいぞ。怒るとめっちゃ怖いから。一度だけ肥川が部活で貸してた大事な本を無くされたってんで、うちらの学年の男子に怒ってたんだけど、それを見て先輩もビビってたほどだからな」
「そんな怖いのか、普段の姿からは想像できないな」
普段おとなしい人が本気で怒ると怖いだなんてよく言うけれど、肥川さんもそういうタイプなのかもしれない。でもどんな風に怒るのか全く想像がつかなかった。
「ああ見えて結構、きつい性格してるんだよ。実は毒舌だしさ。ただ、それを表に出して主張しないだけ。っていうか、たぶん主張するのが下手なだけなんだよ、肥川は」
確かに毒舌というか、きつい性格をしていると言われて思い当たらない節がないわけではない。よく考えてみると、時々そういうところが見え隠れしている気はする。
「だからさ、ちゃんと自分の中に芯を持っているし、話すと色々返してくれるから楽しいんだよ。お前もせっかくなんだからもっと色々と話すといいのに。お前とは結構相性はいいと思うんだけどな」
「うーん、それはどうだろう」
確かに肥川さんはほかの女の子に比べれば話しかけやすいとは思う。でも、だからってこちらから何もないのに積極的に話をする気にはなれない。やっぱり自分から女の子と話をしたいとは思わないのだ。
「やっぱりだめか?」
一樹が真剣な眼差しで問いかけてくる。正直に言えば、信頼している一樹からでもあまりされたくない質問だ。というか、自分自身でもあまり考えたくないのだ。それにたぶん女の子が苦手だという意識がなくなることはない。
「わからない。でも正直に言えばたぶん、だめだと思う。なぁ一樹、悪いけど、この話をあまりしたくない」
一樹はなんだか少し残念そうな顔をして下を向いた。でも一樹ならきっとわかってくれるだろう。
「そっか。ごめんごめん。まぁ、無理にこの話をする必要はないさ。それより、キャンペーンで多く借りると安くなるから、結構色々借りてきたんだけど、今日はこの中から何の映画が見たい?」
一樹は鞄の中から借りてきた映画を何本か取り出して僕に見せてきた。それ以上無理やり話をしようとしないでいてくれるのは、とてもありがたかった。明るいものが見たい気分だったので、思い切り派手なアクションと噂に聞いているものを選んだ。
主人公が町の中でめちゃくちゃ暴れて、最後には親指を立てて溶鉱炉に派手に沈んでいって面白かった。
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