文学少女


 授業が終わり、席を立とうとして、月に一回の図書委員会があったことを思い出した。面倒な上に大した内容ではなく、結構時間がかかるから同じ図書委員の肥川さんに全てを任せてサボりたいと思って肥川さんの方を見ると、目が合って、考えを見抜かれたのかすぐに睨まれた。

 肥川さんとは同じ図書委員として話をしなければいけないことも多いので、学校の中で一番多く話をする女の子だ。とは言っても肥川さんは内気な性格で口数が少ないし、委員会などで用事がない限り話しかけてくることはないので特別、話をするというわけでも、仲がいいというわけでもない。だから、僕にとってはあれこれ関わってくる女の子が図書委員であるよりも幾分か気が楽だ。

 肥川さんは図書委員らしく、本が大好きで教室でもしょっちゅう本を読んでいる。休み時間に他の女の子同士が近くで楽しそうに話をしていても、自分からは積極的に加わることなく、ずっと本を読んでいるのだ。本を読んでいる時は、周りの女の子も話しかけようとはしない。だからと言って決して他の女の子達と仲が悪いというわけではなく、本を読んでいない時は他の女の子と楽しそうに話しているのを見る。

 本を読んでいる時の肥川さんは、話しかけても反応は少なく、よほどの事がない限り本を読むのをやめない。明らかに本の世界に没入している。その度合いはすごくて、一度クラスの男子同士で大きな喧嘩があって、周りの人達が騒然となっていた時にも、一人何事も起こっていないかのように平然と机に座って本を読んでいた事があったくらいだ。周りの女の子もそんな事があったことを知っているからこそ、本を読んでいる時だけは、邪魔せずにそっとしておいてあげているのだろう。

背が低くて黒髪のセミロングで眼鏡をかけている肥川さんが大人しく本を読んでいるその姿は、まさしく絵に描いたような文学少女だった。

 そういえば年に2回あるクラスの図書便りの当番が初めて回ってきた時、ほとんどの文章を肥川さんが書いてくれた。読むだけではなく文章を書くのも好きらしく、一度読んだ本は必ず批評や分析などに近い感想をつけているのだという。そんな肥川さんは当然、文芸部だそうだ。

 本が大好きな肥川さんとは違って、僕が図書委員になったのは、面倒な体育委員になりたくなかったからで、別に格別なりたくてなったわけではない。

体育委員は体育の授業があるたびに生徒から非常に恐れられている魔の巣窟である体育教官室に先生を呼びに行かなければいけない上に、体育の授業中に何か問題が起こると体育委員が怒られる、体育で使う道具の準備を休み時間の間にしなければいけないなど、最悪な特典しかつかない委員なのだ。

 何か体育委員になるメリットがあるとしたら、体育祭実行委員も兼ねている事くらいだろうか。とは言ってもその体育祭の自由度は少なく、体育祭を大きく変えられるような権限は皆無なのだから、やっぱり何もいいことはないのだ。この委員になりたい人なんて、将来体育教師を目指している人か、部活の関係で先生と親しくなりたい人くらいなものだ。

 うちの学校は、全員が委員会かクラスの役職に就くことになっているため、全員が体育委員になる可能性があった。体育が苦手な僕はどうしても体育委員になるのが嫌だったので、面倒なカウンター当番があるからか誰も手をあげた人がいなかった図書委員に立候補した。高校生活の目玉である文化祭の中心人物になれる文化祭実行委員に人気が集まっていたため、僕はすんなりと図書委員に決まった。

 結局、体育委員になってしまったのは、文化祭実行委員に立候補したものの、なれなくて溢れた人だった。最終的に残ったのが体育委員と美化委員で、じゃんけんが残った二人の運命を天国と地獄に分けた。

 とにかく僕はそんな経緯で決まったので、図書委員会にはまったく思い入れはない。

 そのまま部活に行ってしまおうとすると、それを察して僕が委員会に行かずに逃げてしまわないようになのか、肥川さんがやってきて「行くよ」とぼそっと声をかけてきた。こうなってしまっては行くしかないので、仕方なく「はい」と返事をして一緒に委員会に向かった。

 委員会のある教室に向かう間に会話はなく、委員会の教室に着いて、席に座ると肥川さんはすぐさま本を取り出して、黙って本を読みだした。どうやら、さっきのことは全く気にしていないらしかった。

 委員会の内容は主に冬休みの図書室利用についてのことだった。クラスに配るために貰ったプリントを読んでしまえば分かるような簡単な内容だったから、別に委員会を開く必要性もないと思ったけれど、今日は冬休みのカウンター当番を決める必要があった。冬休みの間も年末年始の6日間以外は図書室を開けることになっていて、各クラスから一人がどこかの日のカウンター当番を担当しなければいけないことになっていた。

 正直冬休みにわざわざ学校に来て、ほとんど誰も来ない図書室のカウンターに意味もなくいるのは面倒だと思いながら、肥川さんを見ると、こちらから何か言う前に


「私がやる。どうせ休みの日も図書室に本読みに行こうと思っていたし、三善くんはやりたくないでしょ」


 とぶっきらぼうに言われた。ありがたいので、お願いすることにした。


 にしてもさすがは本好き、話し合う余地もなかった。冬休みに図書室に行くなんて、普通の人がしないような事を考えていたのだ。その証拠に他のクラスの人達はまだどちらが当番をするか話している。中には明らかに押し付け合っている様子のクラスもあった。

 肥川さんが一緒のクラスの図書委員で心の底からよかったと思った。

後は当番になった人達で日程調整の話し合いをするだけなので、他の人よりも一足早く部屋から出ようとしたら、肥川さんが「待って」と僕を引き留めた。

何だろうと思っていると、肥川さんは少し不機嫌そうな顔をして


「さっき私が来なきゃ、帰ろうとしたでしょ。駄目だよ、君は一応クラスの代表なんだから。次は私が誘わなくても、ちゃんと自分から来てよね」


と言った。


「ごめん」と謝ると、「じゃあ、もう帰っていいから」と不愛想に言われたので、静かに教室を出た。


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