第2話
僕はそれから度々、夜に散歩に出ては彼女に出会った。
二度目は御神木の近くで、その次は小さな祠の近く。会う度に、少しずつ、僕は彼女の事を知っていった。
彼女は、代々神殺しを生業にしている家柄らしい。そんな彼女曰く、「おまえ、神に好かれすぎ。早死にするな」と言われた。普通、神様に好かれているなら長生きするのでは無いだろうか。
何度彼女に救われただろう。彼女が居なければ、僕はとっくに死んでいた。しかも神様に呪われて。此れは断言出来る。
神様は主に夜に出てくる。まるでお化けの様だと言ったら、彼女に強ち間違いでは無いと言われた。
それでも僕は夜に出歩く事を止められなかった。
彼女からは幾度と無く止めろと言われたが、どうしてか止められ無い。既に呪いに掛かってしまったのかも知れない。
「お前…死んでも自業自得だからな」
「ははは。そうだね」
彼女の呆れた目線にも慣れてしまった。
そうして四季は回っていく。気が付けば季節は春になっていた。
風は少し冷たくて、夜のお供には薄いカーディガンが欠かせない。
今日は何を話そうか。学校での事、授業の事。
そう言えば僕は彼女の事はあまり知らない気がする。とは言っても、昼の方だが。
会うのは夜なので、彼女が普段どんな生活を送っているのか、好きなものや嫌いなものも知らない。……いや、嫌いなものは神だと言っていたっけ。
彼女と会うのに特に場所や時間は決めていない。何時も何と無く会って、何と無く別れるのだ。
今日は気分で、家の近くの神社へ行く事にした。
僕と彼女が始めて会った神社だ。
あの時に殺された神様は、不思議な事に次の日の朝には消えていた。死体や血痕は残っていなかった。最初から、何も無かったかの様だった。
少し急な階段を上って、空を見上げる。
あの日の様に、雲一つない綺麗な夜空。星の位置は違うけど。
僕は止めていた足を再び進める。この神社の裏手には、一面の花畑がある。
この季節に咲く花だから、丁度見頃だろう。
裏手に着けば、視界一面に広がるのは黒い花。月明かりに照らされて、夜の闇でもはっきりと見えた。
「嗚呼、あんたか」
花々の真ん中には、赤い着物を纏った彼女が座っていた。周りの花が黒いので、余計に目立っている。
彼女は片手で、自分の隣を叩いている。其処に座れと言う事だろうか。
僕は大人しく彼女の隣に座る。
「そうじゃない。正座」
「え、やだよ。痺れる」
文句を言うも、いいからと、正座を促される。
渋々、正座をすると、彼女は横になり僕の膝を枕代わりにした。
「………普通、逆じゃないのか?」
「そうかもな」
月明かりに照らされた彼女は一段と美しく見えた。
「なぁ、此処にある花の名前、知ってるか?」
不意に聞かれた花の名前。そんなに詳しくない僕には分からない。
「さぁ?でも、黒い花は珍しいよね」
短く「そうだな」と彼女は返した。
「なぁ」
横向きになり、花を見ていた彼女は上を向く。海の様に深い瞳には月が掴んでいる様に見えた。
「何?」
「………別に」
少し間を開けた彼女は、瞳を逸らして何でもないと言う。
暫し、無言の時間が続いた。空は綺麗で、月は静かに優しく照らし続けている。
頬に感じる感触に気づき、下を向いた。
と、同時に、視界いっぱいに広がる彼女の顔。唇に柔らかい何かが触れる。
それは一瞬の事で、それでも、しっかりとその感覚は残っていた。
彼女は柔らかく微笑んで、眠そうに言う。
「………おやすみ」
だから僕も優しく微笑み返した。
「おやすみなさい」
僕の頬から落ちた手は、春の夜風で冷たくなっていた。
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