僕の呪い

シロ

第1話

 真っ白な入道雲の映える薄い青空。照り付ける日差しが肌を焼く。鉄板のように熱くなったコンクリートの上では、景色が歪んで見える。

 そんな真夏の八月。学生である僕は夏休みだが、青春を謳歌している訳でもなく、毎日家でダラダラと過ごしていた。

 そんな夏の日の夜。その日は一面の星空で、雲一つない。

 綺麗な星空を眺めたくて、家の近くにある小さな神社に向かった。

 普段から余り人の訪れない神社は、少し急な階段を登った先にあり、星を見るにはうってつけの場所だ。

 参拝をしてからは、ただ星を見るだけ。それだけの時間。何も意味は無いけれど、何故かとても有意義な時間に思えた。

 どれ程観ていたのかは分からない。そろそろ帰ろうかと、地面に下ろしていた腰を上げた時だった。

「………帰っちゃうの?」

 反射的に、声のした方。自分の背後へと目を向けると、其処には一人の少女がいた。

 自分と同じぐらいの背丈をしたワンピース姿の白髪の少女。血のように真っ赤な瞳は、はっきりと僕を映している。

 急な出来事に僕の頭は追いつかない。そもそも、この場所には僕しか居なかった筈だ。なのに___

「もう少しだけ。もう少しだけ、此処にいて」

 目の前の少女は鈴のような声で、寂しそうに引き止める。

 僕も今すぐに帰らねばならない理由はないので、もう少しだけ此処に居ることにした。

 元いた場所に再び腰をかけると、僕の隣に少女が腰掛けた。

 お互いに喋る事もせず、只々星を見上げている。

「……あのね、」

 隣の少女が喋りかける。彼女の方を見た途端、視界に入る赤いナニカ。

「コプッ……」

 少女は口の端からは静かに血が漏れている。彼女の目線を辿ると、彼女の胸には赤い花が咲いていた。花の中心からは鋭い鉄が覗いている。

 刀が少女の胸から抜かれると同時に、少女は前へと倒れた。

「……え、なに…が…」

 隣にいた少女は既に絶命している。目を開けたまま、ピクリとも動かない。

「あんた、危ない所だったぞ」

 声のする方を向くと、先ほどとは違う、血の滴る日本刀を持った着物を着た少女がいた。黒く長い髪はハーフアップのお団子にされている。深い青の瞳は海の様に深いだけ。一体何を映しているのだろうか。

 状況を全て把握できていない僕は、何が危ないのかさえ分からない。

「何が、起きたんだ?」

 漸く出せた声は、頭の悪そうな質問だった。

 呆れた様に溜息をついた目の前の少女は、僕を見下ろしたまま答える。

「何って……見ればわかるだろ」

 ……見て分からないから聞いたんだけど。

 目の前の少女から視線を外して、先程まで隣にいた少女へと目を向ける。

 胸から溢れた血は水たまりを作っている。彼女の血で、白い髪までもが少女の瞳の様に真っ赤になっている。

 胸を日本刀で刺されて死んだ。それは分かる。けれど、何故この少女は殺されたのだろう。何故、自分は危なかったと言われたのだろう。

 暫く考えても、僕には分からなかった。

「………この子が君に殺されたって事しか分からないや」

 正直に答えれば、先程よりも大きな溜息を吐かれた。何故だ。

「此奴はこの神社に住んでる神だよ」

 目の前の彼女は感情の無い瞳で、淡々と説明を始めた。

「え"、神様って殺しちゃ駄目だろ」

「何言ってんだ。此奴は神でも、疫病神だ。彼奴、お前を呪う気満々だったぞ」

「疫病神……」

「まあ、昔はどうだったかは知らないけどな」

 ゆっくりと境内の外へ向かって歩き始めた彼女の後ろ姿を目で追う。

「"昔は"って……」

 僕の疑問が分かっているのか、全てを言う前に答えられる。

「此処の神社は、忘れ去られた場所だ。今じゃ参拝者なんて滅多に来ない。そうやって、忘れられた神は人を呪うんだよ」

 そう言って彼女は立ち去っていった。最後に僕に「気をつけろ」と、忠告して。

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