第11話 楓ちゃんとデート
土曜日。午後十時。
今日は楓ちゃんとデートの日だ。
俺は白いシャツに黒のズボンを着て、新宿駅東口で楓ちゃんを待っていた。この洋服チョイスは、『無難』をテーマにした。嫌われることのない、いたって普通のコーディネート。
決してネットで調べてそのままのコーデをしたわけではない、断じてだ。
あと正直、インドアな自分に十時集合はなかなかきつい。学校がない日は、もう少しゆっくりしていたいと思ってしまうのは、きっと俺だけじゃないはずだ。なのにこの時間に集合ということになったのは、楓ちゃんがこの時刻がいいと言ったからで。
それにしても、新宿駅は人が多い。都会って感じがして嫌いじゃないが、新宿は特にいりくんでる街だから、いまだにスマホの地図機能を見ながらじゃないと迷子になる。
なぜ待ち合わせ場所が東口なのかは、特に意味がない。なんとなく東の方が迷子になりにくいから、喫茶店もこちら側で探した。
「ごめん! 待たせたかな?」
すると、楓ちゃんが登場。
「…………」
俺は、正直、絶句してしまった。
「うん。七分くらい待った」
だって楓ちゃんの洋服が、クソダサかったからだ。
茶色の様々な柄の布が、つぎはぎになっている謎のワンピース。まあ、そこまではまだいい。山ガールかなにかと思えば、まだ納得できる。こういう服だって、世の中にはあるはずだ。
しかし! 楓ちゃんの服は、その中心に、大きな謎のクマのワッペンが貼ってあったのだ。
ある意味通行人の目を惹く服装。みんながくるっと振り返って、こそこそ「あの服……ダサくね?」みたいな会話をしている。しかも着ている本人がすごく美人だから、通行人が困惑している。勿論俺も困惑している。
「わわ! 待たせちゃったんだね! ごめん」
「いや、大丈夫」
「今日は、よろしくお願いします!」
ぺこり。楓ちゃんは頭を下げた。
そこで、昨日やたら金沢が言っていた、『楓ちゃんの服装がダサいからって、ツッコミをいれてはダメ』という言葉を思い出す。
金沢曰く、理由は不明だが、女子の服装がダサいことに関してはツッコミを入れてはいけないらしい。
まさか金沢の昨日の疑似デートが役立つとは思っておらず、俺は驚く。
そして、金沢の言う通り、そこは指摘しないことにした。
「よろしく、楓ちゃん」
俺は精一杯の笑顔を、楓ちゃんに向ける。
……なんで洋服がダサいことを指摘しちゃいけないのかは、不明だが。
「じゃあどこ行きますか?」
「もう決めてるんだ。喫茶店に行こうと思って」
「いいですね!」
うん、ここまで自然な流れ。
すっごく自然。自分でも自分に感嘆するほど自然。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
んで、ここだ。ここで。
金沢に言われた通りに! 俺は!
「……手、繋ぐ?」
言ったー! 自分でも爆ぜろって思うけど! 言ったよ俺!
「えっ……?」
楓ちゃんは、急に顔を真っ赤にした。
「い、やだ?」
すぐに繋いでくれると思っていた俺は、少し不安になる。
しかし、ふるふると勢いよく首を横に振った楓ちゃんは、にっこりと笑って言った。
「喜んで!」
その笑顔が可愛すぎて、悶絶しそうになったのは、秘密だ。
俺たちは手を繋いで、新宿の混みあった道を歩く。
うわぁあああああ、手を繋いでいるよ……こんな美人と。
周囲から別の意味で注目されているけど、そんなことはもう全く気にならない。
俺、楓ちゃんと手を繋いでいるんだよ?
この謎の美少女、楓ちゃんと!
「名城くんって、女の子とデート……したことありますか?」
「うっ!」
答えに詰まる質問がきた!
ここで「ない」って答えたら、「うわっ」って引かれないか?
でもここで「あるよ」って言ったらウソだし! 今後のためにも、ウソは良くない!
……だけど、なんて答えよう。引かれない、自然な会話。う~ん。
「……デートはないけど、女子と遊んだことは……あるよ」
どうだ!
俺だって神崎夢と遊んだことくらいはある! だからウソじゃない!
「そうなんですねっ」
少し、楓ちゃんは顔を曇らせた。俺、なにか悪いこと言ったか?
すると、楓ちゃんは言った。
「私は、男性と遊んだこと、ないです……」
「えっ!」
「お、驚きましたか?」
「うん。すっごく」
楓ちゃんみたいな美人が、男遊びしたことないだって?
マジか! こんな天然記念物、いたんだ! 美人で男と遊んだことないって、もはやレッドデータブックに載るくらい絶滅危惧種だよ!
でもそういう子が落ち着くな……遊び慣れた女の子だと、ちょっと委縮しちゃうところあるし。やっぱり女の子の『初めて』って、ちょっぴり嬉しいし……。
「あ、ここが喫茶店」
そうこうしているうちに、目的地到着。
楓ちゃんは言った。
「わぁ。すごいオシャレな感じがします」
「入ろうか」
「はい!」
俺は階段を降り、喫茶店の中に入る。
ここは、パフェとかケーキがある、至って普通の喫茶店。特に予約はしていない。ネットで検索して、まあここが無難だろうなと思ったところだ。
落ち着いた店内は、そこそこ人がいた。土曜だと言うのに仕事をしている男性、女友達で会話に花を咲かせている二人組、あきらかデートのカップルなどなど……。
俺たちはたまたま、一番奥の席に通される。そしてメニューから適当に飲み物とパフェを頼むと、楓ちゃんは微笑んだ。
「凄く嬉しいです。私なんかとデートしてくれて」
「いや、なんかってことはない! マジで!」
「そうですか? だって、私、どんくさいし、それに……」
「楓ちゃんは、俺なんかよりずっと可愛いから!」
…………なんか、訳わからんことを言ってしまった。
俺より可愛いって……そんなの当たり前だろ!
「か、かわいい……?」
ぷしゅうううう。
楓ちゃんは、茹蛸のようになって、ショートした。
「あ、ごめん! えと、ウソなんだ!」
「う、ウソ?」
「そうそう! あははっ。ウソウソ」
さっきから、何を言ってるんだろう、俺は。
でも、女子とあまりしゃべったことのない俺は、なぜか可愛いを否定してしまった。
最悪。最悪だ……。
「う……ウソ、ですか。あはは、あはっ。そう、ですよね」
「うん、ごめんごめん」
今更それもウソ! と言えなかった俺は、なんとも大きな失態を犯してしまった。
そうこうしているうちに、マロンパフェとチョコバナナパフェがくる。
俺たちは気を取り直して、パフェを頬張ることにした。
「食べようか」
俺がマロンパフェ、楓ちゃんがチョコバナナパフェ。
楓ちゃんはコクっと頷くと、スプーンを持った。なんだか、その仕草が小動物みたいで、可愛い。
俺もパフェを頬張ると、楓ちゃんを見る。
楓ちゃんはまだ、食べていなかった。じっと、俺のことを見ていた。
「た、食べないの……?」
すると、楓ちゃんは小さく笑った。
「……名城くんは、きっと覚えてないですよね。私のことなんて」
「……え?」
急に、楓ちゃんはそんなことを言った。
覚えてる? そもそも俺たちって、会ったのつい最近じゃない?
それまでは面識もない、他クラスの生徒だったはずだし……。
あれ?
だとしたら、どうして楓ちゃんは、俺に告白なんかしたんだろう。
辻褄が、合わなくないか?
すると、楓ちゃんは語りだした。
「私……中学生の頃は、銀髪が大嫌いで、黒髪のウィッグをつけてたんです」
「……」
突然語りだした、楓ちゃんの過去。
「その日は、私が好きだった人に、振られた日でした。私は電車の中で、人目もはばからず号泣してたんです。思い出しただけでも、恥ずかしいですが」
楓ちゃんはふふっと思いだし笑いをした。
「その時、名城くんが私の前に立って、言ったんです」
彼女は、はっきりと、俺を見てきた。
そう、はっきりと。
「『泣くなよ。君を振るなんて、ソイツ馬鹿だな~。こう思えばいいんだよ。いつか、自分を振ったことを後悔するくらい、良い女になってやるって。だろ?』って」
「…………」
えっ…………と。その……。
俺が? 俺が……?
「そんなこと、言ったか?」
「うん。言いました。絶対に」
「……」
俺は信じられない気持ちになる。
いや、正直な話、やんわり記憶にあるんだけど。
電車で涙する少女。そこに近寄る俺。
しばらく話した。たわいのないことを。
その理由は簡単。
彼女に話しかけた、理由は――――。
でも、だからって、あんな昔のことを……。
「それが俺だって、なんで確証を持って言える?」
不思議だ。一度喋ったくらいで、再会した時にその人だと言い切れるか?
「だって、あの時の名城くん、青蘭中のジャージを着ていたんです。私は鈴野中だったんですが、青蘭中は近くの高校なので、見慣れたジャージでした。それに、青蘭のジャージって、おっきく名前書いてあるじゃないですか? だから、青蘭中に通う、名城くん。それだけで、もう十分すぎる情報でした」
「個人情報ダダ漏れだな……」
この個人情報にうるさい世の中で、俺はここまで不用心だったとは。
「ふふっ。そうですね。でも、私は嬉しかった。高校に入った時、名城くんと廊下ですれ違っただけで、分かりました。あの時の名城くんだって。私がずっと、会いたかった人だって」
かゆい。全身がかゆくて仕方がない。
「俺は、そんな美化されるような人間じゃない」
俺はどうしようもない人間だ。クズだ。
間違っても楓ちゃんのような良い子が、惹かれるような女の子じゃない。
そんなこと、もう、とっくのとうに楓ちゃんも気づいているはずなのに。
「でも私にとっては、名城くんの優しさがすべてだった。名城くんの優しさだけが、今まで心の支えだった」
「う~ん……」
「ずっと思っていたの。今度名城くんに会えたら、きちんとお礼を言わなくっちゃって。きちんと言って、本当の思いを伝えるんだって」
お礼って……。そんな、昔のことを……。
「私、名城くんのことが、好きなんです。本当に好きなんです」
「……」
誰かに、好きと言われるのは、こんなにムズムズすることだったんだ。
だって。
楓ちゃんが好きになった俺は確かに俺だけど、俺は誰かに好きだと思われるような資格のある人間じゃないから。
俺、普通と違うんだよ。普通のそこらへんにいる男子高校生じゃないんだ。
クズなんだよ。クズ。ボッチで根暗で、他人の感情が分からないクズ。
そんな俺を好きになって、楓ちゃんは本当に幸せなのか?
本当に……俺なんかと一緒にいて。
「こんなことを初デートで言うの、本当にどうかと思うんですけど」
俺が頭の中で葛藤していると、楓ちゃんは唐突に、宣言した。
「私は、多分相当悪い女です」
「――――え?」
俺はその一言に、目がテンになる。
悪い? 唐突すぎるし、なんというか、反応に困るというか……。
「私は多分、名城くんを傷つけます。名城くんの思うほど、私は良い子じゃないから」
「……」
「でも、これからもよろしくお願いします」
「……うん」
悪いって……一体どこが、悪い子なんだろう。今日話していた限りでは、そこまで悪い子じゃないけど……。
そう、笑顔で話す楓ちゃんを見た時、俺はまだ気づいていなかった。
この言葉の本当の意味も、なにも。
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