第10話 デートの練習をしましょう

 俺と金沢はその日の放課後、なぜか新大久保駅まで来ていた。


 なぜ新大久保なのか? そのあたりの説明は一切なし。

金沢が「ついてきなさい?」と偉そうに髪をぱさっとしてきて、俺はそれにただついていくという形でここまで来た。


そして相も変わらず金沢は、偉そうに腕を組んで言った。



「じゃあ名城。今から私が『疑似デート』をするから、名城は常に自分がどういう行動をすればいいか、考えながら一日を過ごしなさい?」



「え? 金沢がデートプランを考えてくれるって話じゃなかった? どうしてデートの作法を教えるみたいになってんの?」


というか、新大久保なんて初めて降りたよ?

周り韓国アイドルショップしかないし、金沢は一体なにがしたいの?


「デートプランは私がすでに考えたわ。だから、当日に備えてこれから練習するのよ」


「……その、デートプランを教えてくれます?」


 まずはそこを教えてもらわないことには前に進めない。


「これよ。これ!」


 すると金沢は、ポケットの中に突っ込んであったメモ帳を取り出し、俺に見せつけてくる。

そこには金沢の字だろう達筆な文字で、こんなことが書いてあった。



『デートプラン  喫茶店→適当にぶらぶら(公園に行くとか)→帰宅』



「ざっっっっくり!! ざっくりすぎてドン引くわ! この中身が肝心でしょうが! この中身を教えてくれる講座やってくれるんじゃなかったんですか!?」


「あら? 所詮デートなんてこんなもんでしょう」


「いや俺もこんなもんだとは思うけど! 金沢の言いたいことは分かるけども!」


 ざっくりすぎるでしょ!

適当にぶらぶらって、ぶっちゃけデートなんて全部そうでしょうが! その適当にぶらぶらの中でなにをするかが、男の見せ所でしょう!


「言いたいことが分かるならいいじゃない。デートのプランなんて、みんなこんくらいしか考えてないわよ」


「いや絶対考えてるね! もっと考えてる人いっぱいいるね!」


「じゃあこれから、適当な喫茶店に入るまでの練習をします!」


 話を戻された。なんだか、先行きがとにかく不安だ……。

本当に金沢に任せていいのか?

 ……ってか、そもそも、金沢ってデートしたことあんの?

合コンに行ったとは言ってたけど……合コンに行くくらいだから現在恋人はいないだろうし……。


「あのさあ金沢。お前ってさ……その……」



「私に恋人ができたことがあるか、気になるのね?」



「そうそう」


 すると金沢は、ふっ……と意味深に微笑み、言った。



「私みたいな素敵レディを、世の中の男性が放っておくわけないじゃない…………♡」

「あ、できたことないんですね。分かりました」



「なにが分かったのよ! さっきの私の発言聞いてた? 世の中の男性は放っておくわけがないって言ったのよ!?」


「いやそういう痛い発言する奴ってのは、大概恋人できたことないんですよ。恋人ができたことがある奴っていうのは、『まあ、それなりに?』って腹立つ顔しながら口尖らせる奴なんですよ。アンダスタン?」


 俺の世間を歪んだ目線で見る力、舐めるなよ?

 お前みたいな処女は、臭いだけで分かるんだよ! ゔぁああか!


「もういいわ! さっさとデートの練習始めましょう!」


 金沢は少し怒っているが、それでも『恋人はできたことありますー! 残念でしたー!』と言わないあたり、恋人ができたことはないのだろう。

まあ、そんなことは置いておいて。

 気を取りなおして、デート練習。


「いい? これから私がスマホで適当に調べた喫茶店に向かうから、その間の会話を名城が先導しなさい? で、できるならその間に、手を繋ぐまで持っていきなさい!」


「いきなりハードル高っ!」


 女子と手繋ぎて!

そんなハードル高いこと、童貞にできると思ってる方が頭おかしいわ!

俺にとって『女子の手』っていうのは、異次元に存在するわけ! 女子の手は七次元あたりにあって、三次元にいる俺は決して触れられないわけ! 次元がそもそも違うから、触れようと思ったこともないわけ!


 しかし金沢は続けた。


「習うより慣れろ戦法よ! お手本なんて今時、ドラマとかで糞ほど見てるでしょう!」


 ふっ。ドラマ……? 笑止。


「俺はアニメ派なんだよな~。女の子はグイグイ勝手にパンツ見せてくれるんだよな~」


「はっ。これだから名城は」


「なんですか? アニメはダメとかそういうの古いですよ?」


「さっさと始めるわよ。じゃあ、スタート!」


「お、おう」



 いきなりスタート。まだ心の準備ができてないんだけど。

 金沢は歩き出す。

 金沢はそこまで歩く速度は速くない。一般的な女性のスピード。俺の普段より少し遅いくらい。

 あと……金沢って、黙っていたら美人なんだな。金沢は鼻筋が通っていて、横顔が綺麗だ。母親が以前、『横顔が綺麗な人は本当の美人だ』と言ってたけど、その通りかもしれない。


「……」


 あ、俺が会話を先導しなくちゃいけなかったんだっけ。

金沢は一切話しかけてくれない。これは俺がなんとかしなくてはいけないようだ。


「あ、えと」


 俺はようやく言葉を発するも、意味のない単語。会話をしろ俺!

 すると、金沢はいきなりポケットの中から一つのサングラスを取り出した。

 それをおもむろに着用し、平然と歩きだす。

 しかしそのサングラス……ツッコミどころ満載なのだ。

 『HAPPY 2018』というサングラス。絶対日常で使用するものではない。

 これは所謂……あれだ。パーティ用の、おちゃらけサングラスだ。


「金沢……気でも触れたか?」


「いえ……このサングラス、イケてるでしょう?」


「……」


 なんて返せばいい!? てかどうした金沢!

 日頃金沢のセンスが悪いとクラスにいて感じたことがないから、俺は動揺してしまう。


「そ……そのサングラス、似合ってないんじゃないか?」


 やんわりと、サングラスを外せと言う。だって恥ずかしい。となりで一緒に歩いている奴がこんなのつけてたら、恥ずかしすぎる。



「……貴方、もし荒巻楓の洋服のセンスが絶望的だったら、どうするの?」



「え?」


 思ってもみなかった質問。

 しかし、金沢は真剣だった。


「ねえ? どうするの?」


 ずいっ。

 金沢は顔を寄せ、質問をしてくる。


「どうするって……やんわり……言う、かな」



「――――ダメよ」



「え? なんで?」


 すると、金沢はなぜか断定するように、言った。


「ダメなものはダメ。理由はないわ。ダメなの」


「……ん?」


「分かった? 絶対ダメよ」


「……はぁ」


 なぜそこを妙に強調してくるのか不明だが、とりあえず頷いておく。

 すると金沢は言った。


「じゃあ、続きをどうぞ」


 金沢は一仕事を終えたように、サングラスを外してまた歩き出す。

 なんだったんだ……今の。まぁいいか。

 かくして、第二ラウンドスタート。

俺は一度咳をすると、なんとかして手繋ぎまで話題を持っていこうと、世間話をすることに決めた。


「金沢って、なにが好きなんだ?」


「……なにが好きに見える?」


「映画とか、か?」


「映画より、小説の方がよく読むかしら」


「そうなのか? なに読むんだ?」


 すると、金沢は大きく一呼吸して、まくしたてるように話し出した。


「私が好きなのは『五月は君を嫌いになる』という作品で、主人公の司がどこまでも純真な恋心を貫こうとする姿勢がとても美しく描かれていていいわ。好きになる女の子もそこそこ良い子なんだけど、ちょっと裏があって、その事情が後半に明らかになるんだけどそこがまた――」


「金沢。すまん。俺その作品知らん」


「……」


「てか言っていい?」


「なにかしら」


 こんなこと、言っちゃいけないかもしれないが。

 堪えきれず、言った。



「金沢も、俺と一緒で、結構世間話下手糞だよな」



 すると、みるみるうちに顔を真っ赤にさせて、金沢は怒りだした。


「アンタと一緒にされたくないわよ! このバカ! 私の方がアンタよりはるかに友達多いっての! てか私が教える側なんだからなんでアンタに文句言われなきゃいけないのよ! ばあか!」


「いやお前が世間話下手糞なのは事実なんだよ! 隠せてないんだよ! 残念ながら!」


「もういい! もうここの喫茶店に入ることに決めました! 名城は手すら繋げませんでした! ばあか!」


「……ホント子どもみたいなこと言うなお前」


 ぷりぷりと怒りながら金沢は近くにあった喫茶店に無造作に入って行く。

 俺はふうっと溜息を吐いて、金沢の後ろについていった。

 喫茶店の中に入ると、ここがただコーヒーの飲むだけの場所じゃないと気づく。

ここは……インスタ映えする写真を増産するための、かき氷屋さんだった。

しかも店内は女子しかいない。男の俺は浮きまくっている。


「注文どうぞ~」


 すると、韓国人っぽい女性に声をかけられた。

 金沢はキッと睨みつけてくる。

 俺は金沢のせいで汗をだらだらかきながら、なんとなく目に入った「苺で」と言った。


「お二つですか?」


 店員からの質問。


「はい」


 刹那、金沢に靴をぎゅうぎゅうに踏まれた。


「イタイイタイイタイ!」


「私になにが食べたいか聞いてないわよね~?」


「えっ、いいじゃん苺で!」


「確かに私は苺が食べたかった。でも聞かないのはどうかと思うわ」


「分かったからもう踏まないで!」


 ぱっ。

 金沢は靴から足をどける。

 痛かった……。てか苺でいいんだったら踏むなよ……。

 そして会計を終え、テーブルに着席。両側とも女子グループで少し居心地が悪いが、気にしないことにする。

しばらくして、店員がかき氷を持ってきた。

 二つとも、真っピンク。加えて普通のかき氷じゃない。綿あめみたいなふわふわした氷だ。しかもかき氷の上には、ざっと十以上の苺が置いてあって。

 これはかき氷だけど、全部食べたらお腹を壊しそうなくらいの量がある。女子たちはみんなインスタに載せるためか写真をずっと撮っていて、かき氷がどんどん溶けていくという謎現象を起こしていた。



「では、今までの疑似デートの総評をします」



「え? 今までのって本当にデートだった?」


 俺は一瞬たりともデートしてる感覚がなかったんだが。


「名城は、あれね。女の機微も分かっていなければ勝手に人をコミュ障呼ばわりするサイテーな人間よ」


「あのさあ。じゃあどうすれば良かったわけ?」


 俺は事実を言っただけだし、金沢も変なサングラスかけたりしてふざけているようにしか見えなかったのだが。


「あのね、貴方忘れてるかもしれないけど、今までの疑似デートの最終目標はなんだった?」


「……手を、繋ぐことか?」


「そうよ! それが出来てないじゃない! その時点で不合格よ!」


「でもそれは金沢が空気を読まないからで――」


「なに? 荒巻楓とのデートの時も言い訳するの?」


 ゔっ。そう言われると、ちょっと言い返しにくい部分ではある。

 すると金沢は言った。


「ぶっちゃけた話、荒巻さんは名城のことがすでに好きなんでしょう? だったら会話冒頭から『じゃあ手、繋ごうか』で良かったじゃない。それがないから目標クリアしなかったわけでしょう?」


「た、たしかに……」


 言われてみれば。


「もし名城から告白した結果、荒巻さんと付き合うことになっていたとしても、『手とか、繋いでくれ……ないかな?』て冒頭で下手に出れば良かっただけじゃないの? 告白をオーケーした時点で、手を繋ぎたくないわけないんだから。キスはムードを考える必要があるけど、手を繋ぐぐらいなら考える必要なかったでしょう」


「……」


 うう……金沢の言うことは正論だ。

 簡単に、手って繋げるんじゃん……。

 でも、正直な話、そこまで簡単なことか?

 俺にとって手を繋ぐってことは、めちゃくちゃハードル高いのだ。

だって今まで、女の子と至近距離になったこともないのに、いきなりずっと女の子に触れてるってことになるんだ。手を繋いだことでそこまで離れることもできないし、歩幅も合わせなきゃいけないし……。


「経験がないから、ちょっと抵抗しちゃうんでしょ? 名城は。だから最初に言ったじゃない。習うより慣れろ戦法だって。私の言った意味が分かった?」


「そりゃ、分かったけど……」


 すると、金沢はかき氷を頬張りながら、にっこり笑った。


「でもまぁ。名城は、まだまだ伸びしろがあるわ。きっと」


「へ?」


「私ね、思うのよ」


 金沢が急にそんなことを言うとは思わず、俺は目が点になる。




「名城って、案外良い奴なんじゃないかって」

「……」




だって、珍しく金沢が、俺のことを褒めたから。

 いや、初めて金沢が、俺のことを褒めてくれたから。



「デート、頑張りなさいよ?」



「……」


 ……コイツ、本当は悪い奴じゃ、ないのかもな。

 いや、一度褒められただけでそんなことを思ってしまう俺って、本当ちょろいんだろうけど。

 でも、俺のためにデートの練習とかしてくれてるわけだし……決して悪い人だとは、思えないというか……。


「あ、ありがとう」


「ふふっ。成功を祈ってるわ」


 金沢はそう言うと、かき氷を口に運んだ。

 俺は自分のかき氷に視線を落とす。ほんのり溶けた氷が、ピンク色の水になって沈殿していた。そろそろ食べないと、どろどろになってしまいそうだ。

 楓ちゃんとの初デート、頑張るか。土曜日なんて、もうすぐだ。

 誰も助けてくれない。

自分一人でなんとかしなくてはいけない。

 まあ、俺みたいな人間がデートなんて、本当どうかと思うけど。笑いがこみあげてくるけど。


「さっさと食べないと、溶けてっちゃうわよ?」


「お、おう」


 俺は金沢にそう言われ、ようやくスプーンで氷をすくった。

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