第8話 俺に恋人ができた

 放課後になって、俺は真っすぐ校門の前まで来た。

ただ、イエスって言うだけなのに、すごく緊張する。


 俺……初めて恋人ができるんだ。偽りかもしれない、ウソかもしれない。


それでも、『恋人』ができるのだ。



「来てくれるって、信じてました」



 校門の前で、銀髪の美少女は俺を見てにっこりと笑う。

 来てくれるっていうより、校門は一か所しかないんだから、来るに決まってるんだよな。

 そんなことはさておいて。


「あのさ……名前、教えてくれる?」


 すると彼女は、慌てたように目を見開いた。


「あっ! 教えるのを忘れていました。私は名城くんのことを知っていたから、つい!」


「いや、大丈夫なんだけどさ」


 彼女は、ふふっと笑って、言った。


「私は、荒巻(あらまき)楓(かえで)。二年C組だから、名城くんと同級生」


 なるほどな。


「同じ学年なんだ……そっか」


 同い年の、美少女。

 荒巻楓ってことは、楓ちゃん? って呼べばいいのかな。


「名城くん、昨日の返事を聞かせてもらえませんか?」


 彼女は微笑みながら、俺を見る。

 なんでこの子は、俺に告白なんかしたんだろう。顔を見れば見るほど、その意味が分からなくなる。でも、どこか真剣で、誠実で。

 彼女は俺を騙そうとしているのかもしれない。

それでも、彼女がウソを言っているようには、思えなかった。



「いいよ。告白、受けるよ」



「えっ」


「付き合うよ。楓ちゃんと」


 楓ちゃんは、大きく目を見開いて、にっこりと笑った。



「本当ですかっ! 嬉しい! 私、本当に嬉しいです!」



 そんなに、嬉しいことなのか? 俺と付き合うって。


「あの名城くんと付き合えるだなんて! こんなことって!」


 変わり者だな……楓ちゃんって。俺にそんな価値、ないのに。

 でも、ここまで素直に喜ばれると、ちょっぴり嬉しい。心のどこかで、ウソなんじゃ? と思う自分がいるけど、心の底から嬉しいわけじゃないけど、喜んでいる自分がいる。



 もし俺が、『普通』の男の子だったら――――。

 彼女の『好意』を、疑ったりはしなかったのだろうか。

 素直に、受け止められただろうか。



「で、さ」


「はい!」


 楓ちゃんは俺を見て、目を輝かせる。俺はどこか冷めた目をして、言った。


「デート、する?」


「はい! しましょう!」


 即答。すごい。


「いつがいい?」


「じゃあ、早速ですが、今週の土曜日はどうですか?」


「いいよ。空けとく」


「じゃあ、約束ですからね! あと、ライン教えてもらえますか?」


「うん」


 俺はスマホを取り出して、QRコードを読み取ってもらう。

 ちょこん。

 楓ちゃんのアイコンは、一人でかき氷を食べている写真。なんというか、可愛い。


「じゃあ、今日はこれで」

「はい! これからよろしくお願いします!」


 深々と、頭を下げる楓ちゃん。



 『この子はきっと、良い子なんだろうな』。



 まるで他人事のように、そう思う。


「うん」


 こうして、俺は恋人ができた。

 恋人ができるって、もっと高揚感があって、幸福なことなんじゃないのかな。

 その幸せな感情すらも、疑いの眼差しに浸食された俺って人間は。



 ――――つくづく、最底辺ドクズなんだと思う。


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