第7話 交際してみましょう
俺は次の日の昼休みになって、人通りの少ない音楽室の前の廊下まで歩くと、電話をかけた。
発信先は、掃きだめ委員。
誰が出るかは分からないが、今日の放課後までになんとかしなくてはいけない重要な議題が残っている。俺はスマホを耳に当てた。
三回ほどコール音が鳴って、女の声が聞こえてくる。
『掃きだめ委員です』
「もしもし」
『はい』
なんか、緊張する。知らない人と電話なんて、なにを言えばいいんだろう。
俺は、スマホをぎゅっと握り、言った。
「クズが困ったことに遭遇したら、調査してくれるって、本当か?」
二秒ほどして、女性は言った。
『ものにもよるわ。まずは、相談内容を教えてくれるかしら』
相談内容か。確かにそうだな。まずは用件から言わなきゃダメだ。
俺は、口を開いた。
「この学校で、美少女がゴミクズに交際を申し込む詐欺が流行っていないか、調査してほしい」
『……』
電話の相手は黙ってしまう。俺、なんか変なこと言ったか。
「あの」
『……なるほど。一度詳しく話を聞きたいわ。今から、カフェテリアに来れるかしら? 掃きだめ委員には部室がないの。カフェテリアの入り口すぐの丸テーブルの前で、待ってるわ』
それは、話を聞いてくれるということだろうか。俺は即座に頷いた。
「分かった。じゃあ、今からカフェテリア行くよ」
『ええ。よろしく』
ブチッ。あっけなく、電話が切られる。
なんというか……冷たい。もっと親切な対応してくれてもいいと思うが、こんなものだろうか。
とにかく、カフェテリアだ。俺は急いで、四階へ駆けあがる。
カフェテリアは四階の奥にある。きっと今は昼食の時間だから、人もたくさんいるだろう。
カフェテリアは食堂とは違い、サンドイッチなどの軽食を食べる場所だ。
でももう、告白のことで頭がいっぱいで、昼飯なんてどうでもいい。この際食べなくても大丈夫だ。俺は一目散にカフェテリアに向かった。
白い丸テーブルが、何個も見える。明るい照明に、大きな観葉植物。
入学以来、ここにはほとんど来たことがない。理由は、なんだか落ち着かないから。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺は入り口に入ると、目の前のテーブルに座っている女性を、確認した。
「……」
あ、金沢だ。
…………。
………………。
いや、金沢はきっとあの電話の主ではない。でも、他に入り口ってあったっけ?
この際もう一回電話かけて、確認した方がいいのか? それとも……。
「いつまで右往左往しているのかしら?」
金沢は、ふうっとため息を吐く。
「え?」
俺は冷や汗を流しながら、金沢に目を向ける。
金沢は足を組んで、テーブルの上の紅茶の紙パックをストローで吸うと、俺を見て言った。
「馬鹿なの? 阿呆なの? 電話に出た時点で誰の声か、気づかなかったの?」
「えと……」
「物分かりの悪い人ね。それが成績にも表れてるから、なんとも言えないわ、本当」
金沢は俺に、はっきりと、言った。
「私よ。私が、掃きだめ委員の金沢こよみ。名城の電話に出て、ここに来るよう言ったのよ」
あの金沢が、そう言った。
ツンツンした表情で、俺をゴミ虫見るみたいな目で、変人の金沢が、言ったのだ。
俺は動揺しながら答える。
「そ、そうなのか? なんで、金沢が掃きだめ委員なんてやってんだよ」
「それはどうだっていいじゃない。はぁ……というより、分かってはいたけど、名城なのね。なんとなくテンションだだ下がりよ」
「分かってたんだったら嫌そうな顔すんなよ!」
ついでにゴミ以下を見る目でこっちを見るな!
「まあ一応説明すると、掃きだめ委員は、名城みたいな最底辺クズに手を差し伸べる慈善団体です。所属している生徒は三人。私以外の会員のことは知らなくていいわ」
「知らなくていいのかよ」
「いいのよ」
当然のように肯定された。
そして続ける。
「掃きだめ委員は、専用の部屋がないから、基本はカフェテリアを使用しています。分かった?」
「はい」
「で? 調査依頼の内容、詐欺? 面白い案件ね。名城が告白されたってことでいいのかしら?」
「そうなんだよ。聞いてくれるか? 話せばちょっと長くなるんだが」
「いやよ。面倒くさい。私の質問に答えてくれればいいわ」
はいそうですか! 聞いたこっちが馬鹿でした!
俺は金沢の前の椅子に座ってやる。金沢は言った。
「誰から告白されたの?」
「知らない」
「…………」
金沢はテーブルをバンッと叩いた。
「馬鹿なの!? 名前も分からないわけ!?」
「だって、聞いてないし」
そういや初歩的なことを忘れていた。今気づいた。
「他クラス? 初対面?」
「多分初対面。学年が一緒かも分からない。少なからず同じクラスじゃない」
「で、美少女なのね? その子が、なんて告白してきたの?」
「そ、それは……」
俺は少し恥ずかしいが、この際恥ずかしがっている場合でもない。
はっきりと答える。
「恋人に、なってくださいって」
金沢は、ふう~ん、と何度か頭を揺らした。
「なるほど。童貞の思い違いではなく、きちんと恋人という言葉を使ったわけね」
「うっせーよ。なんで童貞って知ってるんだよ」
「逆に貴方が童貞じゃないと思われる理由を教えなさいよ。名城はどっからどう見ても童貞でしょ。ヤリチンと童貞はアメリカンビーフと和牛くらいの見た目の差があるわ」
「たとえがよく分かんねーよ」
俺は和牛だよな? ついでに言うと美味しい和牛だよな!
「とにかく。見知らぬ誰かが、突然交際を申し込んできた。これは詐欺か、ということね?」
「そう」
俺は頷く。
「まあ、詐欺だったらなんで名城みたいな貧乏くさい男子をターゲットにしたのかよく分かんないのだけど……そうねえ」
金沢はサンドイッチを手に持って、かぷっと頬張る。
「まずは、詐欺と決めつけるのは早いのではないか、とだけ言っておくわ」
「どうして?」
「話を聞いた限りだと、なぜ名城を選んだのかが説明できない。あと、私は掃きだめ委員の活動をしていく中で、詐欺などの報告は上がって来ていないというのも理由にあげられるわ。だから、こちらから仕掛けましょう」
「仕掛ける?」
金沢は頷いた。
「まずは、名城が本気でデートプランを考える。それはもう、とってもムードのあるデートよ? それを実行したとき彼女を、一挙手一投足観察する。そして彼女がウソを吐いているのかを監視する……」
「はぁ……」
「彼女の表情、仕草、やり取りの中で、分かる限り調べるの。客観的な目で、デート中の彼女の感情の動きを観察するわけ。そのためにも、初手として、一度デートをすることを推奨するわ」
「それはつまり、俺が彼女とデートする約束をするってことだよな?」
金沢は同意した。
「そういうことになるわ。もう返事はしたの? 告白の」
「まだしてない。なんて答えればいいか分からなくて……」
「だったら、答えは決まってる。イエスよ。別に名城、その子のこと生理的に受け付けないとか、振る理由は特にないんでしょ?」
「う~ん……まぁ、ほとんど彼女のこと、知らないけど……」
「徐々に知っていけばいいじゃない。もし彼女が本気で名城に恋をしているのであれば、の話だけど」
「じゃあ、俺は今日彼女にイエスと言って、デートの日にちを決めればいいわけだな?」
「まあそうなるわ…………でも、必ず裏があるわよねえ? 見知らぬ美人が、こんな最底辺ドクズと付き合いたいだなんて、常識的に考えてあり得ないことだわ」
「……うん、まあそうなんだけどさ」
そこまでそうはっきり言われるとムカつくのなんでだろう。
百パーセント事実を言われたとは思うのだが。
「あっ、一応言っておくけど。デートの日にちと、プランが決まったら、私に教えてもらえるかしら? 念のためにね」
「ああ、分かったよ。んじゃ、ありがとう」
「ええ。私はここに残るから」
「あいよ」
俺はそうして、カフェテリアを後にする。
正直、金沢が相談相手っていうのが、屈辱だ。あんな変人、もう関わり合いたくなかったのに。
「でも、金沢以外相談できる相手いないし……」
仕方ない。すべては、仕方ない。
我慢だ我慢。
それにしても、俺に恋人ができるのか……。
ちょっと、想像できない。
恋人がいる気持ちって、どんなんだろう――――?
……俺はこの時、分かっていなかったんだ。
『恋愛』のことなんて、なに一つ。
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