第5話 私の恋人になっていただけませんか?

ようやく放課後になった。


 今日は散々な一日だったと思う。久しぶりに学校で誰かと話したけど、人と話すことがこんなに疲れることだなんて……。


もういい。当分は人と話さなくていい。


 でも、金沢は特殊だよな。アイツ、かなりの変人だぞ?

 正直、あの性格で友達がいることが少し考えられないんだが……。俺の方が常識人なんじゃないかなって思ったんだけど、世の中ってよく分かんないな。

 てか、俺もしかして、金沢に目をつけられた?


 え~。面倒くさいんですけど。


 俺は昇降口を出て、校門に向かう。ようやく、放課後という嬉しい時間になった。

今日は家に帰ってなにをしよう。俺が生きている実感を得られるのは、この時間だけだ。



「あ、名城くん」



 俺は校門を出る。

いやあ、この閉鎖空間から一歩出る時の解放感。たまらない。


「あの! 名城くん!」


 俺の背中に、大きな声がぶつかる。


「あ、俺のことですか?」


 誰かに話しかけられる。本日二度目。

今日は一体どういう日なんだ?

 俺は面倒ながらも振り返る。

 そこには、同じ地球人とは思えないほど、美人な方が立っていて。


「そう。名城くんは、貴方です」


 あまりにも当然のことを言った彼女は、俺の目を見て、にっこりと微笑んだ。


「な、なんですか?」


 銀髪ロングという俺の大好きな髪色。蒼い瞳に真っ白な肌。人形のような顔立ち。

 薄化粧でも美人なのだから、相当な美人だ。鼻はとても高く、彫りの深い顔をしている。身長は百六十前後か。スタイルも抜群で、出るとこは出てて、細いところは細い。


 アイドルみたいだな――――これが初見の感想。

 そんな少女は、耳に髪をかけながら、言ったのだ。


「お願いがあって、名城くんのこと、待ってました」


「?」


 お願い? こんな美人が、俺にお願い?

 意味が分からず困惑しているところに、追い打ちをかけるように、彼女は言った。



「私と、お付き合い、していただけませんか――――?」



 …………。


「ん?」


 お付き合いって、なに?

一緒にコンビニにでも行ってほしいのか?


「あ、ごめんなさい。分かりづらかったですかね」


 少女は、改めて言い直した。



「名城くん。私と、交際してくれませんか?」



 こうさい? コウサイってなに?


「えと、だから、なんて言えばいいのかな……」


 少女は、再度、言い直した。



「私の恋人になっていただくことは、できませんか?」



 恋人ですか。

なるほどね、そういうことか…………って。


「ええええええええええええええええええええええ!」


 絶叫する。意味が分からなすぎて、頭が真っ白になる。

 なんで、見ず知らずの可愛い女の子に、俺みたいな底辺ドクズが告白されたんですか!?

 っていうか、今、俺告白された!? 

ありえない。俺みたいな奴が好きなんて、そんなの、そんなの……。

 そうか! そういうことか!


「……罰ゲームだな?」


 金沢も罰ゲームだったしな、そうだろう。

 今は俺という底辺ドクズをおちょくる罰ゲームがそこら辺で流行っているんだ。

Why? それは悲しくなるから考えない。

でもきっと、だからこんな意味の分からないことが立て続けに起きるんだな。うん。


「違います。罰ゲームじゃありません」


「んじゃ詐欺?」


「そんなわけないじゃないですか!」


「じゃあウソ、ですよね?」


 少女は少し、ムッとした表情で眉間に皺を寄せた。


「返事、していただけないんですか?」


「いやだって、本気じゃないでしょ?」


 俺のことが好きだなんて、ウソも甚だしいよ。もっとマシなウソ吐こうよ。



「……ずっと、好きだったのに」



「え?」


「ずっと、中学生の時から、好きだったのに。名城くんのこと」


 俺は、彼女の顔を見る。その瞬間、体が硬直した。


「名城くんは、なんにも覚えていないんだね……!」


 だって彼女は、泣いていたのだ。

 俺の心ない言葉に、ぼろぼろと涙をこぼしていたのだ。


「ちょ、ちょっと。泣かないでよ……」


 ここ校門だし。たくさん人通ってるし。みんなこっち見てるし……だから……。


「じゃあ、付き合ってくれますか?」


 上目遣いに俺を見てくる。懇願する瞳。高揚した頬。

 なんつーか、もうどうすりゃいいんだ? これ。


「えーと……」


 もう思考が追い付かない。どうするのが正しい?

 彼女が、俺を好きだなんてありえない。

なのに、彼女は今、俺に告白してきた。

 どうすればいい? どうすれば……。


「じ、時間をくれない? ちょっとでいいから」

「え?」


 とりあえず、即答はしない。俺はそこまで馬鹿じゃない。


「返事は、明日するからさ。放課後、またここで!」


「で、でも」


「んじゃ、明日!」


 俺は目にもとまらぬ速さで逃げる。後ろは振り返らない。とにかく一目散に逃げる。


 俺に告白? ばっかじゃねーの?

ウソに決まってる。

ウソじゃないなら、なんか他に考えがあるに決まってる。


 これは罰ゲームなんだ。誰かが俺を笑っているんだ。

 ……なのにどうしてだろう。


分かってる。罰ゲームだって、頭では分かっているのに。

俺……。



 ちょっと嬉しくて、口元が緩んじゃうんだよ…………。



「名城くん。襟曲がってた。ふふっ」



 少女がそんなことを言って、笑ったような気がしたのは。

 きっと俺の、気のせいに違いない。


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