第3話 罰ゲームを行います

 俺は準備を終え、学校に向かう。


学校は嫌い。大嫌い。朝、家の扉を開くたび憂鬱になる。


 でも俺の偉いところは、それでも学校に行くことだ。


素直に褒めてほしい。そこだけは。

俺は死ぬほど行きたくない場所に、毎日遅刻せず行くんだから。


 バイトだったら、嫌なら辞めちゃえばいい。

でも、学校は、軽々と転校できるもんじゃない。

義務教育じゃないけど、義務的に行ってる。



毎日死ぬほど嫌な思いしながら、嫌な思いをしに学校に向かう。

 これが、俺の日常。



 季節は五月。ゴールデンウィークが終わった直後の、一番嫌な時期。

 五月って、なんかやたら付き合うカップルが多い気がする。四月に出会って、ゴールデンウィークで一緒に遊んで、一か月でゴールインみたいな典型パターン。

幸せそうな奴がたくさんいる時期って、本当に嫌だ。

九月が好きだ。花火大会終わって、「もう付き合い続ける必要もねーなー」なんて考えてブロークンする時期だから。


 電車に十五分ほど揺られ、新宿駅で降りる。

もう何度この駅で下車したことだろう。ざっと計算して十六か月ってところか。

高校二年生という今は、正直辛い。

だってまだ、『高校生』を折り返していない。信じられないことに、卒業まであと二十か月もある。それは途方もない数字だ。


――――やっぱ学校は爆破されるべきだと思う。


 南口から五分ほど歩いて、真っ白な建物の前で止まる。

 創立五年。まだ新しい、なんの進学実績もない学校。

それが俺の通う、黎明高校。

 偏差値だってそんな高くない。勉強ができないのだから通う高校の偏差値が低くて当然だ。それなりに頑張った記憶はあるが、俺程度の頑張りでは所詮、たかが知れているらしい。

 俺は真っ白な高校のだだっ広い校庭を横断して、昇降口に向かう。わいわいがやがや、みんなが笑顔で「おはよー」って手を振っている。

いいな、みんなは。

学校が楽しんだから。



 『義務』を楽しめる人間はいい。

それだけで、人生の『勝者』になれる。



 俺は昇降口で独り黙って上履きに履き替えると、階段を上る。

2―Bが、俺の所属するクラスの教室。

 教室の扉を開けるのは、本当に憂鬱だ。知った顔の奴らに蔑んだ瞳で見られるのは、苦痛だから。もっとも、もうクラスの誰も、俺に興味という興味がないとは思うけど。

 扉をスライドさせて、俺は教室に入る。そして机へ。

 勘違いされてそうなので言っておくが、俺はイジメられていない。

イジメられるほど、イジメ甲斐のない人間なんだと思う。

俺は空気だ。この教室に、いてもいなくてもいい存在。

欠席しても出席しても、誰も気にも留めない存在。


「名城」


 だから当然のことながら、俺は四月から三か月間、クラスメイトに話しかけられたことがない。

誰も俺と友達になりたいと思わない。それくらいの空気感。

普通ボッチってボッチとつるみたがるけど、それすらない。ボッチにすら相手にされない。


「名城」


 まあ、諦めた。諦めてしまったのだ。これが俺の人生だと。

俺は十六年で、こんなものしか築けていないんだ。きっと今俺が死んだら、葬式に来てくれる奴も、泣いてくれる奴も、親くらいだろう。

悲しい人生だな……考えただけで泣けてしまう。


「ねえ、聞いてる!? 名城ってアンタだけだよね!?」


 ダンッ!

 ……ん?


「あ、俺呼ばれてた?」


 二年生になってクラスメイトに話しかけられたのが初めてだから、反応できなかった。

 俺、話しかけられてたんだ。

今、知った。


「アンタねぇ……。この私が! 話しかけているのよ?」


 ようやく顔を上げる。

そこには、クラスメイトの金沢(かなざわ)こよみが立っていた。

 黒髪のストレート。腰くらいの長さまで髪があって、顔はツン、と澄ましている。身長は百六十五センチほど。かなり女子の中では高い方だ。鼻筋も通っていて美人顔だが、目が少しつり目で怖い印象を受ける。

あと、いつも金沢が視界に入った時は、腕を組んでいるのが特徴的だ。きっと癖なんだろう。


明らかに優等生面しているけど、この学校の生徒って時点で頭は良くないはず。仮に成績一位だったとしても、たかが知れてる。

そんな金沢は腕を組んで、俺をじっと見つめていた。その姿は、まるで問題児を叱る学級委員長みたいだ。


……しかし、確かこのクラスの学級委員長は別の奴。


なんか、雰囲気が、そうっぽいってだけ。

それに人生で久しぶりに、女の子と目が合う。こんなふうにきちんと目が合ったのは、中学の卒業式以来だ。

神崎夢、以来。

金沢はきりっとした瞳で俺を一瞥すると、少しだけ眉間に皺を寄せた。きっと俺が金沢に無反応だから、イラっとしたのだろう。

俺は答える。


「で、なんの用ですか?」


 俺が話しかけて、ようやく金沢はふふっと笑った。


「用? そうねえ。用、ねえ」


 そして、とっても嬉しそうに、言ったのだ。


「実はね? アンタに話しかけることが、罰ゲームの一環なのよ」


 ……はぁ。



「昨日、とあるゲームをやって。最下位の人間は、名城に話しかけなくてはいけなくなったの」



「うん」


「で、私が最下位になっちゃって。今、仕方なく罰ゲームを実行しているところなのよ」


「……はぁ」


 なんだコイツ。マジでなんだコイツ。

まず、どうして罰ゲームの遂行中なのに、そんなに嬉しそうなんだ?

 他人の気持ち、考えられますか? もし自分が他人にそんなこと言われたら、どう思うんですか? そういうことも考えられないんですか?


「ねえ。名城は、それでいいの?」


 金沢は、急に俺の机に手を乗せて、ずいっと顔を近づけてきた。

 しかもその時、金沢はなぜか、笑っていたのだ。


「は?」



「こんな罰ゲーム人生送って、楽しいのかって聞いてるのよ。このドクズ」



「別に……」


 すっげー笑顔で、毒吐いてるよコイツ……。

 ドクズですけど、面と向かってドクズって言われたの初めてだよ……。


「少しくらい言い返したらどう?」


「はぁ」


「ねえ。さっきから一言が短いわ。もっと長文話せないの?」


「……」


 長文で話せ、か。そうやって、俺を試しているってわけね。

 まあ、俺には守るものなんてなにもないしな。これを言ったら教室で嫌われるとかないし。もう嫌われてるから。挨拶したってみんな無視。

なのに挨拶しないと、なんなのあの子? 挨拶もできないの? って悪口言われる。

 なにをしたって八方塞がりの人生。


「……俺は、人生の敗者だ。青春の敗者だ」


 ようやく、俺は重い口を開いた。


「ええ。そうね」


 金沢もあっさり同意してくる。なんかムカつく。


「でもだから何? 馬鹿にしてる? じゃあ俺もお前らのこと馬鹿にするよ。俺はいつか異世界に転移して魔王になるからその時はお前ら全員奴隷にしてやる!」


「……」


 ちょっとだけ、金沢の目がテンになった。

 そこで俺は言いすぎたと思って、ちょっと訂正を加える。


「……あ、でもちゃんと人権は与えようと思うから、安心してくれ」


 うん、これでよし。

だが金沢は、俺の言葉にクスッと笑いやがる。


「アンタ、頭わいているんじゃないの……?」


「人の頭がわいてるとか言えた立場かよ。いいか? 俺は今からお前を呪う。で、次くる生理をどんと重くしてやる!」


「きもっ。最低」


 どっちが最低な人間ですか!?

 俺は絶対、今日からお前を呪ってやる!


「ところで、今日の昼休み、一緒にご飯食べましょうよ」


「いや、今の話の流れでどうしてそうなる!?」


「ほら。私って行き当たりばったりなところあるじゃない? 小学生の時、担任に思いつきで行動するところがあるってよく言われたわ」


「知らないから! 俺は金沢の性格なんて一ミリも知らないから!」


「あら。知らないの? 失礼な人ね」


「いや、失礼とかおかしくない!?」


 はぁあああああああ…………。

 俺は、こういうタイプの人間が、大嫌いだ。

 自信満々に歩いて、友達がいて、人生楽しんでる奴が、大嫌いだ。

 だって俺とは、正反対だから。

 常に劣等感を抱いて生きている俺と、真逆な人生を送っているから。


「とにかく、名城の昼休みは、私のものだから。そういうことで、よろしくね」


「はぁ? 誰がそんな約束」




「――――約束、よ?」




 ぴとっ。

 金沢は俺の唇に人差し指を置いて、そっと囁く。

 それに不覚にもきゅんとしてしまった俺は、硬直してしまった。

 そして、金沢は微笑む。


「じゃあ、よろしくね」


「……っ」


 金沢は背中を向けて、威風堂々と歩き去って行く。

 その背中を、俺は睨みつけることしかできない。



 彼女の第一印象は、とにかく最悪で。

 最高に苛立つ、そんな奴だった。



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