第2話 変わろうとしないお前が悪い
『もっと周囲に溶け込むよう努力しましょう。貴方に関する悪い噂を耳にします。みんなから、貴方は嫌われているかもしれないんですよ?』
うわ~。俺、こういうこと言う奴が一番嫌い。
貴方のためを思って私は言ってあげてるんです、みたいなの。
貴方、嫌われてますよ。
これ言われて、俺になにができるんですか? え? 教えてよ?
ただ俺が不愉快な思いするだけじゃん。
誰が俺のこと嫌ってんだろ……そう疑いの眼差しでみんなを見るだけじゃん。
言われなかったら、俺は知らずに済んだんだよ? みんなから嫌われてるってこと。その方が何万倍も楽じゃん。自覚させるなよ。自分が嫌われているってこと。
だって俺という人格は、一生変わらないんだぜ? 性格って、一日でできたものじゃないんだから。そりゃ変わろうと思えば多少は変わるかもしれないけど、少なからずこういうこと面と向かって言ってくる奴のために性格変わろうとは思わないわな。
ちなみに、これを言ったのは高校一年の時の担任。
俺はその瞬間、ソイツのことが大っ嫌いになりました。
『変わろうとしない、お前が悪いよ。多分、ゼッタイ』
高二の四月。クラスの親睦会? とやらで、土曜日にBBQが開かれることになった。
俺は勿論欠席に丸をする。
でもおかしいんだ。欠席に丸をしたのが、どうやら俺だけだったらしい。クラスの威張り散らしている男どもが、俺に向かって言った。
お前が悪い――――って。
クラスの奴らと仲良くなろうとしない、お前が全部悪いんだって。
そうかもな? 俺も思うよ。
俺がボッチなのは、お前らに歩み寄ろうとする姿勢が足りないからかもしれない。
でもそれのなにが悪いんですか?
お前らに俺を馬鹿にする権利があるんですか? 蔑む権利があるんですか?
世の中には色んな人間がいるんだよ。自分と同じ考えじゃないからって、すぐそうやって馬鹿にする癖、なんとかなんないの?
『君、真面目に仕事してるように見えないんだよね。明日から来なくていいよ』
コンビニのバイトで、店長から言われた言葉。俺は真面目に仕事してましたよ? 自分なりに頑張りましたよ?
レジ打ちだってしたじゃんか。品出しだって、挨拶だって、なんだって「はい。分かりました」ってやったじゃんか。
『態度が悪く見えるのかなあ。少なからず、真面目に仕事しているように見えないんだよね』
なにそれ? それが真面目に仕事した奴に言う言葉ですか?
『多分見た目で損してるんじゃない?』
見た目とか言われても! 背筋が悪いからですか? 猫背だからですか?
確かに明るくは見えませんよね! 悪かったですね! ええ俺が悪いんですよ!
そんなこと言ってくる奴のバイト、こっちから辞めてやる!
はぁ……はぁ……はぁ……。
…………。
………………。
恨みつらみ、あるよ。
俺の長い長い人生の間で、色んなことがあったよ。
まだ十六年だろ、って?
うるせーよ、十六年がどんだけ長いと思ってんだ。
もし短いと思ってんだったら脳みそぶっ壊れてるよ。
……はぁ。
でも本当は、『そんなこと』どうだっていいのかもしれない。
『そんなこと』が、辛いんじゃない。
俺は劣等感を常に覚えている。
決して消えることのない卑屈が、なにより自分の心を蝕んでいる。
その根源は、他人に理解されないからじゃない。
ムカつくこと言われ続けたからでもない。
俺のこの感情の根源。
それは――――。
「……なんだ。夢か」
ちゅんっちゅんっ。
鳥が元気よく鳴いている声がして、急に現実に引き戻された。
てか、朝っぱらから世間への恨みつらみで起きるってどうなの。
まぁ、そんなの前から分かっていたけどさ……。
俺はもう、気づいている。
世間の大半の人間が、世間への恨みなんて一切持たずに生きているってこと。
羨ましいよ、本当に。
でも、少数派として、俺みたいな人間も存在するってことを世間様には理解してほしい。
俺みたいに、世間を責めたくなる気持ちを抱えて生きている人間もいるんだってことを。
――――変わろうとしないお前が悪い。
お前が、悪いんだ――――。
そんな言葉、何回も言われたし、自分でも考えたことがある。
きっと世間の大半の人間が抱えたことのない感情を持っている自分は、世間でいう『根暗』って奴になるんだと思う。
あー。
今日、目が覚めたら、学校爆破されてねーかな。
こんな阿呆なことを高校生になった今でも考える。
そして当たり前だけど、そんなことは起こらない。
『おはよー名城(なしろ)!』
ベッドの上に置いてあったスマホがバイブする。
見ると、Twitterで『☆』っていうアカウントの奴が俺のアカウント『名城』に話しかけてきていた。
この☆と無意味なDMを送りあうようになったのは、もう三年くらい前からのことだ。毎日というわけではないが、週に三日くらいは話している。
『おは』
俺が送ると、すぐに既読がつく。
『今日はね! 好きな人に思い切ってアタックしようと思うんだ!』
『あっそ』
なんだこのキャピキャピDM。
『冷たい~! 名城が夢ちゃんに告白したいって言った時、私は応援したのに! まあ結局、名城は告白できなかったけどさww 意気地なしだもんねー!』
『うるせえ!』
『まあまあ! 見てて! 私は絶対に成功すると思うから!』
はぁ…………。
「だから見れねえっての。ただTwitterだけで繋がってる仲なんだからさ……」
俺はため息を吐きながら、パジャマを脱いで制服に着替える。
どうでもいいけど、☆って、ブスなのかな。それとも美人? いやまさか!
☆って、高校生になってからやたらキャピキャピし始めて、所謂高校生デビューってやつだ。中学時代はコイツ、めちゃくちゃひねくれていたから。
文化祭だって、球技大会だって、学校の行事という行事は全部ボイコット。周囲に悪口を言われたら、そいつに面と向かって言い返すような度胸はないけど、俺によくそいつの悪口永遠と言ってきたりして。
まあ、根暗なのだ。☆は。
でも、俺はそんな☆が、結構気に入っていた。
だって、心のどこかで、思っていたんだ。
☆と俺は似ているな――――って。
それが俺に安心を与えてくれた。
仲間がいるって、思わせてくれた。
「でも、最近の☆はうぜえなぁ。もうDM返すの止めようかな……。どうせリア友じゃないからブロックしたって害ないし……」
最近の☆は変わった。変わってしまった。
俺は変わっていないのに、☆は変わったんだ。
変わろうとしない、お前が悪いよ――――。
この言葉を思い出す度、胸にぐさっと見えない刃物が突き刺さる。
☆ですら、変わったのに。
俺は、これっぽっちも成長していなければ、変わってすらいないんだから。
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