second episode(2):焼けた故郷とフィアの物語/インカーネイト・スピリット

 燃え盛る村の中央に何者かが立っていた。

 それは言った。

「これは見せしめである。――お父上からの最後の伝言だ、姫」

 それは私ではなくお姉様を見ていった。

 人の育った故郷を焼くことが、そんな憎悪を伴わないこと?

 神託による助言者にして今回の脱出を教唆した私ではなく、お姉様のためにやったと言うの?

 冷静さが顔を出す前に、激情が私の口を支配した。

 それはまじないを唱えた――魔法使いの神秘なる詠唱としてというよりは、単にのろいの言葉として。

「月のエルプス、星のアストリア、夜なるネラ!そして運命なるウロボロスよっ!その三つと一つの大いなる名を以て暗黒に生きる全ての魔神、世界にあまねくエレメンタル、日輪ならぬ全ての光を束ね、絶対の破滅を齎せっ!!」

 泣きじゃくるように、懇願するように、知る限りの今即座に力を借りられうるモノの名を叫び告げる声が意識の遠くで響く――私はそれを、ずっと遠くで聞いている。

 視界の隅に暗黒が広がり、それはとても何か災いめいたものに見えた。恐るべく重厚なプレッシャーが、うねりの中に歓喜の叫びを挙げる。

 闇が敵を殺した鬨の声だ。

 私はそう直感する。口角が上がって、なんだかおとぎ話の悪い魔女みたい。私の顔を遥かな場所で見ていた。


 お姉様の声がする。


 不意に、私の自意識が限りなく拡散された。

 神霊一体でさえ倒れるのに、こんなことをすれば当然だ。

 戒めというやつは、必要なときにはいつも役に立たない。


 私は引き裂かれた。

 走馬灯がフィア以外の私を見せるのがとっても不思議で、微かに『神』を見る。

 それは言う。言った。あるいは未来に告げるのかも。

 ――お前の望む災いを、いくらでも連れてきますわ。お母様。

『神』は私から這い出てきて、細く白い腕で私の首を締めた。

 そういったものを何度も見た。

 それがときどき、まったく関係ないもの、例えばフィオナお母様だったり、妹だったり、私と血の繋がりのない誰か――その人にお母様呼ばわりされる謂れはない!――だったり。

 でもお姉様にはなれない。


 お姉様の声がする。


 その時私は遥かな宇宙、人の領域を外れて神霊たちの住まう次元ディメンションの中にいて、かわいらしいほうき星の姫と、幼くも利発な月の中性の少女、愁いを帯びた夜の花嫁に言い寄られていた。

 それらは私を含めて裸で、とぐろを巻き尾を噛む竜の王の上でのことだった。

 魅力的で淫らな夢に、しかしお姉様がいない。


 お姉様の声がする。


 私たちは悪魔に相対し、悪魔を味方につけ戦っていた。

 煮え湯を呑まされたマルバスも、味方につければ頼もしいものだ。私たち二人は神魔の軍の先頭に立ち、今や私たちは悪魔の王国デモンレルムスの支配者だった。

 装備も、戦力も整っている。

 残る最大の悪魔王サタンとの決戦に、しかし、これが過去のモザイクでしかないことを悟る。


 お姉様の声がする。


 ――大概、お母様ってマゾよね。でも、そうじゃないところもあるのを知ってる。私が選定するが、それはお前たちの選択だ。

『神』が私の首をへし折り、首から身体の中に手を入れて魂を引きずり出し、投げつける。




「フィア!」

 お姉様の声。

 なんだかひどく頭が痛い。

 あれ、お姉様、抱きついてる?

「むー、おねえさまはわたしのおねえさまだもん」

 逆側から感じるこの感触は妹。

 何があったんだろう。

「フィアよ。礼を言うのと叱るのと、お主にどちらを先に言えば良いのじゃろうな?」

 げ、マルグリットのこの出だしはやばいやつだ。

「お礼だけで、」

 お願いしますまでは付け加えられずに声が切れる。

 おかしい。

 なんでこんな弱ってるんだろう。

「では言わせて貰うが、どこであんな恐ろしいまじないを覚えた!闇の精に股でも開いたか、このアバズレ娘め!」

 杖で叩かれる。

 酷くない!?いや、確かに村娘が世界の真理に連なる神霊の名と本質を普通の方法で知ることなんてないけどさ。

 ……あ。

 そうだ。

 私うっかりエルプスとアストリアとネラとウロボロスにいっぺんに力を借りて、それで正体を失ったんだ。

 良く生きてたな。

「村は」

 大丈夫だろうか。

「無事……とは言えんが、全てがなくならずに済んだ。おかげで今はエレシアもわしの弟子じゃ。文字通りの妹弟子じゃな」

 マルグリットは言った。

 その示唆するところはわかる。

「可愛がってやって下さい。今は一緒にいられない」

 せめてもとエレシアを撫でながら言う。

「おねえさま、どこかいっちゃうの?」

 問いかけるエレシアの声は泣いていた。

「お姉さまはね、これからそこのお姉ちゃんと悪いことをした人を懲らしめにいくの」

 まあ、人ではないが。

 人も神も悪魔もそんなに変わらない――ほとんどマルバスに狂わされていたとはいえ、これは王の犯行なのだし。

「やだ、寂しいよ」

 そりゃそうだ。私だって心配だが、とはいえここにいるわけにもつれていくわけにもいかない。

「じゃあ、新月と満月の二回、魔法で夢の中に会いに来るって言ったら耐えられる?」

 新月ならネラ、満月ならエルプスの力を借りて。

 神霊一体ならギリギリ耐えられるハズ――とっても辛いが。

「それでもいや」

 うーん、こまったな。

 それ以上の魔法なら、多分持たない。

 今回みたいに正気が削れるような幻覚を見るはめになる。

「いやだけど、耐えるよ。でも、約束だよ」

 エレシアが涙目で指を指し出す。

 うん、やっぱり私の妹はとってもかわいい。

 姉妹の微笑ましい指切りっていいよね。

 私が約束を済ませ、エレシアが「遊んでくるね!」とどっか行くと、老魔法使いは話を続けた。

「しかし、お前は、自分の運命に何をしてしまったんじゃ?」

 うーむ、流石に闇の精に股を開くぐらいで真理に連なる存在を知ることは出来ないってわかるか。

 マルグリットは老いてはいたが、聡明さを失ってはいない。

「どちらかと言えば、より大いなる運命により、私の運命が変化することは最初から定められていた……ってとこかな」

 流石に全部正直に言うわけにもいかないので、かなり湾曲した表現だ。

「ふむ……フィアよ。だとすればお主、そうとう数奇な運命に好かれるタチじゃの。わしも最初知ったときはこのようなただの村娘がと思ったものじゃが……」

 マルグリットが言う。何かまずい流れだ。

「しかし、よもや『朱き月の巫女』の宿命をも越えて、さらなる運命に愛されるとは」

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