first episode(4):私たちが幸せになる物語の第一歩/リーンカーネーション・ビギニング
さて、それからのことだ。
あの後、地上に進出したマルバスの手により世界は暗黒に包まれた……と言いたいところだが、実は定かではない。
というのも、世界が静止したためである。
「ほら、これは私たちのための異世界転生ですから、私たちが二人とも死んでしまえば、その後をエミュレートし続ける必要もありませんので」
……まあ、A.N.I.M.A.の出力自体、多くを私たちの主観に依存しているために、長々とは出来ないっていう技術的な理由もあるんだけど。
困惑するお姉様にそう説明する。
世界はすでに形を失っており、互いの姿が確認できるのみであった。
「なるほど、そういうこと。……でも、ロード出来るといえば言いようにも聞こえるけど、死ぬ度にあんな思いをするなら極力死にたくはないかな」
あの一件でどのような苦しみを感じたのかはわからないが、お姉様は沈痛な顔を浮かべて語った。
私?ほら、私は即死だったし。
「お姉様がそう望むなら」
死んでも、こうして霊体になる――当然だ。どれほど感触がリアルでも、私たちの精神は肉体ではなく、あちらの世界の衛生軌道上のコンピュータの中なのだから。計算上、無限にも等しい時をいくつもの転生を繰り返して過ごすことができるはずだ――だけとはいえ、それまでの苦しみがなくなるわけじゃない。
まあ、私は即死だったからよくわかんないけど。
「どうだった? こっちは気を失っててよくわかんなかったんだけど」
これは、私たちが見たがった状況についてだ。
「まず、これは良いニュースと悪いニュースが同じ意味です。お姉様のお父様はすでに肉体をマルバスに差し出しており、その力を得ています。マルバスの精神が加わってもそれほど強くはならないでしょうが、逆にいえば、あれぐらいは覚悟した方がいい」
王に対して、私たちは無力だった。
「次に、これは状況によります。世界そのものであるから当たり前なんですが、それほど平等な世界ではありません。これはつまり、王族のお姉様はもうすでに十分そこそこ装備や能力が強いってことですし、それこそ今回みたいにレベルバランス無視で勝てない相手が来るってことでもあります」
どちらかといえば有利な条件だ。
お姉様単体で程度の低い幻獣ぐらいには勝てるだろう。
普通に暮らす分には、一生戦力を心配しなくていい。
「あと、これも状況次第なんですが、マルバスがああいうことを出来る以上、私たちの出来ることもかなり多いはずです。NPC専用って概念は特にないですから」
単に戦闘の魔法ばかりではなく、空間を湾曲させたりといった多くの魔法を開発出来るし、馬鹿正直に練習した技だけでなくなんでも使える。
相手もそうだが、相手の方がこの状況に柔軟で、そう言った部分ではやや不利。
「まあ、なんにせよ、今より強くなる必要があるね」
お姉様が言う。
確かにお姉様が強いと言っても、普通レベルの話で、神魔の類いやそれこそA.N.I.M.A.を相手取るには全然及ばない。
私なら尚更だ。
「はい。それでですね。ニーナローカを中継して、エルメンリットに向かいませんか?」
エルメンリットは妖精郷のひとつで、魔法都市の呼び名がある伝説上の都市だ。
「実在するの?」
お姉様は姫としての知識からそう尋ねた。
結論から言えばする。エルメンリットは私――フィアになる前の私が特に力をいれて設計した都市で、A.N.I.M.A.の介入の余地も低く、また、空間的に通常の物質界から隔てられている。理想的なロケーションと言っていい。
「お姉様。ここは異世界、伝説の大半は真実です」
最も、全てが全てそうだとは言えないが。
A.N.I.M.A.は驚くほど世界を自由に作っていた。
伝承のひとつふたつ、でっち上げることも簡単だろう。
そしてそれを真実にすることも。
「……私たちは、物語の中の住人ってことだね」
お姉様が言う。
「それも、主人公です、お姉様」
まあ、半分はシステムの都合だが。
「……『デモムス』の主人公ってさぁ」
おっと。
「それはあまり考えない方がいいです、お姉様。A.N.I.M.A.に察知されて、私たちのために悪い運命を用意されます」
もっとも、言わないだけで対策になるかは微妙だが、それは言わない。
「なるほど、フラグをたてると本当にそうなるわけだ。世界の意思で」
お姉様が言う。
その理解は正しい。
「はい、そういうことです。だから、このフレーズを常に意識しましょう。――『これは、私たち二人が、この世界で幸せになる。そういう物語なんだ』ってことを」
これは、大事なことだ。
挫けると、それがA.N.I.M.A.にバッドエンドを望んでいると思われて、どんどん不幸になる。
だが逆に。勝利を信じるなら運命は私たちの味方だ。
「……わかったよ、フィア。私たちは勝つ。それを信じればいいんだね」
その時、鐘の音が鳴った。
手短にお姉様に説明を済ませる。
「おっと、死んでいられる時間のタイムアウトですね。詳しくは説明しませんが、仕様上の問題でここに滞在できるのは約30分ですから。そろそろ、直前のセーブへと飛びます。手はず通りに」
そして、私たちの時間軸は戻る――
そこからは早かった。
お姉様が私を抱き抱えると、間髪いれずあらかじめ用意されていただろう旅道具を掴み、窓を破って口笛を鳴らし、そこから片手で剣を呼ぶ。
戸惑っているうちにお姉様(と抱き抱えられた私)はいつの間にか馬に跨がり、一直線にニーナローカの方角へ向かう。
あ、柔らかい。
……じゃなくて。
「……なんでこんな直前になるまで逃げなかったんです?」
覚醒する前だとしても、戦力はそう変わらないはずだ。
この世界のパワーバランスは知識はともかくとして体感的にはわからないが、十分逃げおおせただろうに。
「恥ずかしいんだけどね、どこにいけばいいかわからなかったの!」
その返事は、お姫様らしいものだった。
見れば、ちらりと後方を確認するときのお姉様の眼は寂しそうで、残してきたものを心配しているようでもあった。
……お姉様と私は確かに転生者だが、それはその事実を知る前の私たちがなくなったということではない。
お姉様は、己が何者であるかを知ってなお、やはりメリアボラスの姫なのだ。
「……また、マルバスをどうにか出来るようになったら、もう一度戻りましょうね」
生け贄に捧げられるというのは今日をおいて機がないが、それを逃してマルバス関係が全部解決とは思えない。
恐らく、やはり契約の不履行とかなんとかで、王はマルバスに支配されるはずだ。
そのマルバスをいつまでも放置すればやがて自分の軍団を呼ぶかも知れないし、それはこのメリアボラスにも世界にも危険だ。
それに、最初に追われた故郷に後から戻り平和をもたらすのはなかなかよい展開ではないか。
「……ええ、いつか、マルバスに借りを返し、
姫としてのお姉様の言葉が、いつかの再戦を確実なもの足らしめた。
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